第13話 白銀の髪の魔法使い

*****


 魔法具の包帯がまばゆい光を放った、その数分後。


 施設の上空から、一人の魔法使いが降り立った。黒い革靴に、黒いズボン。黒いコートを纏った女性は、建物の目の前にくると、ボロボロに劣化したその姿をじっと見つめた。

 数か月前に訪れたときは、まだ真新しい施設だった。だが今は、何十年、いや数百年、人間に手入れされないまま放置されたかのように朽ちている。


「……」


 いくつかの柱が壊れているせいか、建物は半分潰れていた。この状態でなかへ入るのは危険だが、彼女はエントランスがあったであろう場所に立つと、入れる場所を探して躊躇ためらいなく入る。


「空間はまだあるな……」


 魔法使いはそう呟き、自分の指を振り「浮け」「動け」「入れ替え」などと命令しながら、白銀の髪を揺らしながら施設のなかを進んでいく。

 建物の中は、天井が落ちていたり、壁ががれるなどして危険な状態だったが、彼女が命令し、魔法が発動すると、瞬時にして通る場所の瓦礫がれきが避けられ、もろくなった建築物の一部が空気に混じっていたものも、流れて来る風のお陰で入れ替わっていく。


 彼女は一度エントランスから裏口のほうの廊下まで進み、状況を確認した後、再びエントランス側に戻ってくる。そして、出入り口にかすれた文字で「一号室」と書いてある部屋へ入った。

 そこが魔法具が限界を迎えた場所だったのだろう。何もかもが。人間だったものは骸骨化し、それも形をとどめているのは頭蓋骨だけである。


 だが、たった一人だけ、肉のある状態で生き残っていたものがいた。

 魔法使いの目線の先には、瓦礫のなかにはいるものの、かすり傷程度にしか怪我をしていない看護師が横たわっていた。


「持ち主だけは助けたか」


 深い青を湛えた瞳を細め、魔法使いは呟く。

 彼女は看護師の傍によると、「浮遊」と魔法をかける。すると看護師は横たわったままふわりと浮き上がった。


「移動」


 魔法使いが再び魔法の言葉を放つ。すると、彼女の歩みに合わせて、浮いた看護師が後ろにくっついていった。


*****


「……」


 レネアは重いまぶたをゆっくりと開けた。体の全てが重い。


「……」


 自分の視界には青い空が見えた。そこにゆっくりと白い雲が流れて来る。

 何があったのか分からない。急に目の前が明るくなって、それ以外のことはさっぱりである。

 彼女は遠くにあった意識が徐々に戻ってくるのを感じると、傍に誰かが座っていることに気が付いた。


「……」

「起きたか」


 声からするに女性だろう。そして彼女は、レネアのことを抱えた。


「水だ。飲んだ方がいい」


 そう言って、口に水を含ませてくれる。レネアは自分の喉の奥を冷たいものが流れていくのを感じ、喉が渇いていたのだと思う。そして水によって、口のなかに潤いが戻ってくるとほっと息をついた。


「あ、りがとう……」


 しかし声は酷かった。まるで年老いた老婆のようだ。自分では気づかなかったが、相当喉が渇いていたのだろう。


「どういたしまして」


 すると彼女はそっとレネアを横に寝かせる。下に何か敷いてあるのだろう。また、頭には布を丸めたようなものを置いてくれていたおかげで、外で寝転がっていても体は痛くなかった。

 横になったレネアが顔を上げると、自分を介抱してくれた女性の顔に見覚えがあった。そして思い出す。あのときの薬屋だったことを。


「あの……あれ? あなたは薬屋さん?」


 女性はつばのある帽子をどこからか出すと、白銀の髪の上に載せて不敵に笑った。


「その節はどうも」

「やっぱり……! そうだ、私、あなたにお礼を……!」


 レネアは頭をもたげる。


「お礼?」

「そう……お礼、だったんだけど……あの……」


 その先の言葉が見つからない。感謝をしていたはずなのだ。沢山の患者を救ってくれる道具をくれたことに。だがレネアは自答した。


(だったら、どうして私は外で仰向けになって横になっているの?)


 体もひどく重い。何故なのかを思い出そうとしたが、最後の記憶がまばゆい光を見たところで終わっている。


(そういえば……、皆はどこにいるのかしら……?)


 レネアが話すのを止めると、代わりに女性が言った。


「私があげた魔法具の包帯のことだろう?」

「そう! あれ! あれって……何だったの……?」


 すると彼女は不敵な笑みを浮かべながら言った。


「愚かな魔法使いたちが、犠牲を払って作り出した、時間を戻す装置さ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る