ジョナサン・モンローは何度か死ぬ

尾八原ジュージ

与太話をします

「ジョナサン・モンローという男がいてですね、そいつか何でかわからないけどバスタブにドライヤー持ち込んで感電死したんですよ。それでそいつの住んでたとこの電気系統がやられちゃって、大家が修理工を呼んだんですね。で、修理工が来るでしょ。そしたらその男の名前がまた、ジョナサン・モンローだっていうんですよ。こんな偶然があるもんだねぇなんて言ってたらしいんですけど、修理工のジョナサン・モンローがそのうち仕事が終わって帰るじゃないですか。それを大家が送り出すじゃないですか。そしたら目の前の通りで、そのジョナサン・モンローが車に撥ねられて死んじゃった。現場検証に来た刑事がまたジョナサン・モンローって名前だったらどうしようって大家は震えたらしいんですけど、さすがにそこまでは被らなくってほっとしたっていうことで、まぁその何かっていうと、現実にも奇跡みたいな偶然ってのはあるもんだなっていう、そういう寓話じゃなくてこれは実話なんですけど、まぁ私も見たわけじゃなくて聞いた話なんでアレなんですけど、ジョナサン・モンローという男がいてですね」

「待って待って待って、またループしてる!」

 キツネは慌てて制止に入った。小さなテーブルの対面に座っているジュージの目が完全に座っているのが、バーの薄暗い照明の下でもわかる。目の縁が描いたように赤い。

 偶然会ったのをいいことにこの店に引っ張り込んだのは確かにキツネの方だ。ここのところ手元不如意である。古巣の暗殺組織のことだの教会の仕事だの神父と喧嘩しただの、何でもいいから面白い情報がとれたら金になる。どうせひとりでいたって飲むのだから、同じ飲むなら投資になった方がいい。そう思って半ば強引に付き合わせたのだが、まさかビールをグラス二杯飲ませただけで、近接戦闘の猛者が壊れたレコードみたいになるとは知らなかった。おかげでさっきからジョナサン・モンローが二人死んだ話を五回は聞かされている。

「だってなんか面白い話しろって言ったのキツネさんでしょう」

「まぁその、言ったけども――大丈夫かなコレ。自力で帰れる?」

「自力ってどこまでが自力なんですかね。たとえばそこの通りを象が通ったとして」

「これ大丈夫じゃないやつだ。なんか面白いっていうのはたとえば、『大蜈蚣オオムカデ』で昔何かあったとか――」

「サービスです、どうぞ」

 突然従業員がやってきて、テーブルの上にロックアイスと半分に切ったレモンを置く。各テーブルに配っているらしいが、カルーアミルクとビールしか載っていないテーブルに置いてどうするのかと問いたい。と、やにわにジュージがレモンをとって、キツネのかぶっているキャスケットの上に載せた。何の前振りも断りもなく、キツネはスツールに浅く腰かけた状態のまま動けなくなる。

「『大蜈蚣』でねぇ、酔っぱらうとナイフ投げしたがる男がいてですね。なんかサーカスで? 昔働いてたみたいな? そういう奴」

 どうやら急に昔の話が始まったらしい。

「そいつが酔うとね、近くにいる人間の頭にリンゴとか乗っけて、ナイフ投げするんですよ。観客とかいなくてもやるんで多分頭おかしかったんでしょうね。私その頃十二か三だったと思うんですが、何で頭にリンゴ載せられることになったんだっけな――覚えてないですね。まぁそのアレだ、私結構嫌われてたんで理由とかないんじゃないですかね。ただ刃物投げつけたかっただけみたいな」

「ちょっとちょっと待って」

 キツネはギョッとする。ジュージはロックアイスの中からアイスピックを抜き出して、電話の片手間にボールペンを弄ぶみたいに回している。アイスピックの尖った先が電灯を反射して光り、キツネは(なにか取返しのつかないところへ突き進んでいるような気がする)と思った。

(オイラが何したっていうんだ――いや、したな。結構してるな。だってコトリお嬢様が「そういう情報」は高く買うっていうから)

 散々腐海の供物に差し出しているので、それを考えると分が悪い。仕返しされる心当たりが十二分にある。頭にレモンを載せたのも、アイスピックを握っているのも、もしや酔っているのではなくてわざとではあるまいか――そう思って相手を見ると、やっぱり目は座っているし目の縁は赤いし、言葉の端々もフワフワしていて(いやこれ本物の酔っぱらいだな)とキツネは思い直す。

「このくらい離れるんですよ。動くなよーって」

 ジュージがふらふらと席を立ち、何歩か反対側へと歩く。

「二、三回こうフェイントかけて、パッと投げるんですよ、そいつが。そしたらそのナイフがね、どう考えてもこの」と言って、アイスピックを持っていない方の手で自分の眉間を指し、「この辺に刺さる軌道なんですよ。とっさにしゃがんだら頭の上をピュッと通りすぎてって、後ろの壁に刺さったんですよね。その刺さった高さを見たらやっぱり眉間でね、リンゴになんか当たりっこないんですよね」

「カジュアルにそんなことやるの? マフィア恐いね……」

「ね、危ないでしょ? ドキドキしてたらそいつが、動くなっつったろって怒鳴ったんですよ。でも顔見たら笑ってるんですよ。腹立つじゃないですか。で、落ちてたそいつのナイフを拾って投げ返したら、それがそいつの喉に刺さっちゃって。周りに何人かいた奴らが、抜くな抜くなって言ったんですが、そいつ慌ててたみたいで抜いちゃったんです。で、また抜き方が悪くって、ぱーっと血が出てそれっきりになっちゃったんですね。で、そいつの名前がジョナサン・モンローっていうんですけど」

「さすがに嘘でしょ!?」

「はい嘘です〜ふふふふ」

 ジュージは笑いながら掌を振った。

「何だよ! 今の何の話だったの!?」

「あとで掃除が大変だったのと……ナイフ投げるんなら相手に気づかれないうちに投げる方が自分は好きだなという話……」

 と言いながらフラフラと席に戻ってくると、突然テーブルに突っ伏して眠ってしまった。その手にはもうアイスピックがない。

 半分のレモンはいつの間にかキツネのキャスケットから落ちて床の上に転がっており、アイスピックが突き刺さっていた。キツネは急いでキャスケットを拾い上げ、寝ているジュージは置いてもう帰ろうかと思ったが後難が恐ろしい。泣く泣く勘定を済ませて車を呼んだ。

 翌日、酒代と交通費を取り立てに行ったキツネは、冬眠から覚めたばかりの爬虫類みたいな顔をしたジュージに「記憶にありません」と言われて懐と胃が痛んだ。とりあえず二度とこいつとサシで飲むまいと決めた。

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ジョナサン・モンローは何度か死ぬ 尾八原ジュージ @zi-yon

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