20. セントラルタワー エリカとジェフ

「……なるほどな」


 人工皮膚の下はリアルな人工血管があり、人工血液が流れているので、時折栄養分の入った液体を摂取する必要があるらしい。

 口から水分補給と同じように摂取するようだ。

 痛覚などの神経伝達は簡単には切れないという話も聞いた。気づいたら切り傷を負って人工血液が流出していましたとか、指がちぎれていましたとかそんなことがあったら困るからだ。

 まあその辺はいいとして、彼にとっての問題は食事ができないことである。


(せっかくこっちでは食事ができるってなったのにこれじゃあなぁ……)


 零は時間をくれと言った。

 その身体で満足できるのかと言うのもあったし、彼なりの懸念というものもあったからだ。

 食事はできない。そして聞く限り、あの身体で運動してもおそらく疲れることはない。

 だとしたら人間はストレス解消する為にどこに走るのだろう。

 きっと、性欲解消に走るに違いない。特に男の場合は。


(検証がいるな……だが、家族のいる中途障がい者なんかはこの身体、喉から手が出るほど欲しいだろう)


 そこまで期待できるものではないだろうが、仲間たちのためにも自分が実験台になるのはやぶさかではない。そう思った零であった。


***


 一方、エリカは違った。即答以外の選択肢はなかった。


「ぜひお願いします!」

「おい、エリカいいのか? そんな即答して。仕事だってあるのに、結構リハビリきついぞこれは」


 ジェフが驚いたようにこちらを見た。


「頑張りたいの。昔みたいに歩いたり走ったり……」


 いや、本心は違う。ここはジェフの故郷だ。幼馴染だって知り合いだって、大学や研修医だった頃の同期だってたくさんいる。自分はそれを見ていることしかできない。彼を信じていないわけではない。でも、彼が旧友と話しているのを外から見ているだけだなんて、そんなのは嫌だ。

 それに、彼が自分に触れたのがあれっきりだなんて絶対に嫌だ。ブラボーⅡのドルフィンの部屋の壁にあった皮膚感覚の接触用パネルだってあんなのは気休めでしかない。


(私は私のやれる最善を尽くす)


「今すぐ解答はいらないみたいだし、せっかくだから二人ともあそこに見えるセントラルタワーでデートでもしてこいよ。上からの眺めはいいし、仕切りのあるカフェとかあるからゆっくり話ができるぞ」

「え、セントラルタワーの上ってそんなことになってるのか? 上まで登ったことない」

「ああ、せっかくだから見てくるといい」


 ドルフィンの勧めもあり、エリカとジェフはタワーの展望台に移動した。すぐ目の前というわけではないので送ってもらったが、車だとすぐの距離であった。


「俺まで割引でいいんか?」

「いいんじゃない? ドローン飛行禁止だから抱えてもらうことになっちゃってるし」

「まあ、運ぶのは別に造作もないが」


 エリカとその同伴者なので、もちろんジェフも割引になった。

 レストランもあるが、そこまで腹は減っていないとジェフが言うのでドルフィンが言っていたカフェに入る。バーカウンターもあり、カフェバーといった趣だ。

 一面のガラス窓に面した席を確保した。

 ギンザもカブキチョウも一望できる。どのビルよりも高く天に臨むように聳え立つ、重工のビルも見えた。


「なるほど、スナイパーライフルでは撃ち抜けない絶妙な距離にあるわけだ。重工側の防弾ガラスも凄そうだし」

「まずこの中にライフルを持ち込めないからなんとかして外からってことになるわけだけど……」

「まあ気づかれずにこの高さを登るのも、ヘリか何かで乗り付けるのも無理だわな」


 二人とも景色を見ながらロマンチックな会話をするカップルではなく、その思考回路は残念ながら冷静沈着に分析思考する二人の軍人であった。


「ところで、何飲む?」

「そうだなぁ……」


 エリカが問いかけると、彼はメニューを手に取った。そしてエリカの方をちらりと見た。

 

「気にしないで。休みなんだから、気晴らしにお酒でも飲めばいいのよ?」

「シャンディ・ガフと……唐揚げ」


(小腹は空いてたわけね)


 遠慮がちに言ったその声に、ジェフがちょっとかわいく見えたエリカだった。


「あそこに見える建物が、ブラボーⅠ中央大学、右の建物が医学部の棟」

「東西南北と中央に大学があるのよね?」

「そうそう」


 中央大が一番難関大学で、規模も大きい総合大学らしい、付属の大学病院もあるようだ。 

 しばらくしてオーダーしたものが届いて、ジェフは喉を潤した後、おもむろに口を開いた。


「さっきの義体のことだけど、合わないと思ったらちゃんと拒否してくれよ? 俺のこととか余計なことは考えなくていいから」


 東方グループの叡智を注がれて創られたあの機械の身体は、義体ギタイと呼ばれることになった。


「……うん、でもね。この前のあれ……あれは事故だけど」


 エリカは先日の成熟奇形腫の摘出手術のことを思い出していた。

 精密検査の結果思ったより大きさがあり、開腹手術せざるを得なかった。成熟奇形腫とは胚細胞が腫瘍化し、内部で髪や歯などの異常組織が成長してしまうものだ。

 術中覚醒こそあって大学病院では大騒ぎとなったが、予後は悪くない。もう身体はなんともなかった。


 だが、あの時頬に触れた体温を、思っていたよりも大きな手を、彼女は忘れることができなかった。


「もっと早く気づいてやれたらと……」

「いいのよ、多分ね、フローもそうなんだけど処置中に覚醒しちゃったし、多分うちの家系、みんな薬が効きにくいの。ああそれで……その、私、あれを最後にしたくないのよ」

「あれ?」


 ジェフはグラスをコースターの上に置き、不思議そうにこちらを覗き込んできた。


「ジェフの手って大きいのね」


 そう言うと、彼は察してくれたようだ。


「確かに、俺もあれが最後は嫌だな。せめてノー手袋を希望する」

 

 彼は少し困ったように笑った。


「また、ここに来たい。今度は歩いて来て、隣に座ってここから外を眺めるの、でね」

「ん?」

「手を繋ぎたいだけなの、だから頑張りたい」


 そして、あの執刀医の前にも行って、ジェフの隣に並んで言ってやるのだ。自分の彼は幼児性愛者じゃないんだと。

 ジェフは口元に柔らかい笑みを浮かべた。彼はこちらに手を伸ばしてきた。感覚もないドローンだと彼もわかっているし、エリカもわかってる。

 でも、とても嬉しかった。


「ああ、またここに来ような。今度はエリカ、自分で歩いてくるんだぞ」


〜〜〜

覗いてくださる皆様、いつもありがとうございます。

ヤコウは出張に次ぐ出張でなんとか書き溜めている分を予約投稿するので精一杯な日々を送っており、また少々お休みをいただきたく思います。

次の章はひたすら敵との戦闘に次ぐ戦闘な章です。よろしくお願いいたします。

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オウギワシのキルコール 矢古宇朔也 @sakuya_yako

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