19. 東方医療システムズ 零とジェフとエリカ
ある日のことだ。ドルフィンは母親である京香からの電話で召集命令が下った。なぜかエリカとジェフもだ。
エリカたちが連れて行かれたのは研究所の奥深く。ジェフは携帯端末を取り上げられた。
「念の為、録画は禁止よ。もちろん音声も」
「ここ、東方医療システムズの建物だろ? また生身の身体関連?」
「察しがいいわね、さすがうちの子。ま、実際見た方が早いわね」
京香はそう言いながら秘書と研究者数名を引き連れて廊下を進んでいく。
「重工製のサイボーグシップの援助をするって話をしたわよね。未だに何機かはうちで預かってるでしょ? でも無報酬ってのは流石に厳しいわ。うちもブラボーⅡ社を潰されてるし懐に余裕はないの。だから、あなたたちに治験に付き合ってほしいってわけ」
エリカは己の心臓がうるさいほどに脈打っていることに気づいた。
「東方工業改め東方エンジニアリングと医療システムズの共同研究よ。ブラボーⅠでは一時期故人を再現するアンドロイドやセックスワーカーの代わりをさせようとしたセクサロイドの開発で大騒ぎしてた。これはみんな知ってる?」
エリカもちらりと耳にしたことだけはあった。質のいい人工皮膚の開発に成功し、それを昔のSF映画で見るような人と見まごうほどのアンドロイドに搭載するという計画だ。反対に遭って頓挫したと聞いていた。
(もしかして……)
自由に動く身体があったなら、今彼女は手に汗を握っていたことだろう。
「これが素体。これに人工皮膚を張るの。これは女性体ね」
棺のようなケースの中に横たわっていたのは人工物で作られた人型のロボットだ。
「はぁ、朝倉総裁の言いたいことがだんだんわかってきたな……」
ドルフィンがケースの上に飛び乗った。
「てなわけで、零の身体を先に作っちゃったの」
「はぁ? 聞いてないぞ!」
「言ってないもの。企業秘密よ。いくらあんたが株主でも言えることと言えないことがあるわ!」
「え、もしかしてその隣、俺?」
「あら察しがいいわね!」
素体のケースの隣にも布を被った四角いものがあったからだ。
「エリカ……なんか俺たちすごい世界に連れてこられちゃったな」
「そうね、でも私ワクワクしてきたわ」
ジェフが動揺を隠しきれない様子でこちらに視線を向けてきた。
「てなわけで、とうっ!」
京香は大袈裟な動作で布をめくった。
「……俺だ! 精巧すぎる……でも、一つだけ文句言っていい?」
「いいわよ」
「なんで裸なんだよ!」
ドルフィンは心底不満そうに訴えた。
(そこなの!?)
そこに横たわっていたのはドルフィンの肉体そのものに見える身体だった。寝ているようにしか見えない。
あまりにも精巧にできている。動いたらどうなんだろう、違和感はないのだろうか。
「気にするかと思ってパンツだけ履かせたから感謝しなさい」
「パンツ一丁……それ隠したと言えない」
「水着と一緒でしょ! 何が違うって言うのよ? あんたしょっちゅうプールで半裸だったじゃない!」
「全然違う……ブラジャーとビキニも違うだろ! わかれよそのくらい!」
「パンツと海パンは一緒でしょ。わかんないわね!」
「だからビキニとブラジャー違うだろって! 下着姿で海水浴場歩けるんかよ! プール行けるんか!?」
親子はなおも不毛な親子漫才を続ける有様である。
仲のいい親子だなと思わずにいられない。
いいコメントも思いつかず、ジェフにカメラを向けると、彼もこちらを見た。
彼は口元に隠しきれない笑みをたたえていた。
「ってか俺聞いてない。肖像権の侵害だ!」
「肖像権は親告罪よ。アンタ私を訴えるの? いい、機体の世話あれだけしてやったんだからこれの稼働確認に付き合いなさい。というのは冗談で、フル・サイボーグの希望者に人としてのリアルの肉体を得られる選択肢を与えるのはどうかって話になったの。で、うってつけだったのが二人。もちろん二人以外にもオファーはしてあるけど、自分の足で走ったり動いたりした経験のあるフル・サイボーグは圧倒的に少ないでしょ? 二人には是非協力してもらいたいの。結構リハビリ大変だと思うけど、サイボーグシップとして第一線で活躍できるくらいなら乗り越えられるんじゃないかってのが専門家の意見」
ドルフィンは一瞬何かを考えているかのように黙りこくった。
「俺は配属も決まった。そっちはどうするんだ?」
「フィリップ君も含めてみんなアンタほどケーニッヒに慣れてないわ。最初は訓練メインになるわ、その分時間があるでしょ」
なんと言うことだ、配属も含め手を回していたと推測できる。
そこまで口を出せるだなんて、とエリカは言葉を失った。
(ブラボーⅠはアサクラファミリーの手の上ね……)
「リハビリ後はどうするんだ?」
「長期でデータを取りたいからそのまま生活に使ってくれると嬉しいわね。いらなきゃ皮膚張り替えて別の人に使ってもらうから返却も受け付けるわ」
そこでキョウカはジェフを見た。
「二人がうんと言ったらジェフ君にも色々協力してもらわないとと思って呼んだの。状況は飲み込めたかしら?」
「はい……まさかこんな……」
そこまで技術的に進んでいたなんて、と突然名前が上がったジェフは掠れ声で続けた。
「すごいでしょ? 頑張ったのよ」
エリカにこれを拒否するという考えはなかった。
これがあれば、普通のカップルのようにジェフとデートだってできる。
夢か何かだろうか。
「零。あんたの身体は残念ながら現代医療じゃどう頑張っても治らない。だから私ができるのは別の身体を作ってあげること。気に食わなかったら返却してくれていいわ。とりあえず試すだけ試さない?」
「……通信遅延とか色々心配だが、試させてほしい」
「京香さん、自分から一つだけいいですか? 元々セクサロイドだったってことは……」
「もちろん、機能として搭載されているわ。性行為も可能」
「その辺治験するにしてもプライバシーだとか色々とあります。二人とも担当者とよく話し合った方がいい。どこまで何をやらされるのか。契約はもちろんそれからということで。俺は二人の担当医です。メンタルケアも俺の仕事だ。それじゃなくてもエリカは医療事故に遭ったばかりで……」
そこには医者の顔をしたジェフがいた。
「そこは任意よ。とりあえず日常生活に耐えうるか否かの動作チェックが目的。感覚確認のプログラムは仮想現実空間が実装された時、アバターで感覚チェックしたものと同じはず。じゃあ、詳しくは私のオフィスで。もちろん今日は話だけ聞いて帰ってくれて構わないわよ。無理強いは本意じゃないわ」
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