18. クリスマスイブ 人工声帯

 イブに行われたアサクラファミリーのクリスマスパーティは思ったよりもささやかだった。

 エリカは体内に見つかった奇形種のオペ中に覚醒してしまったらしく、念の為入院中だし、ジェフもそれに付き添っている。リュウはそれを何より心配していた。

 フィリップは皆忙しいからわざわざ自分の誕生日会は結構と言って、イブで皆が一緒に集まったタイミングで一緒に祝った。


 未だ皆落ち着くことはできなかった。ミラもどこか落ち着かず、レイにこう言った。


「なんか落ち着かないね……エリカ、大丈夫かな」

「そうだな、ずっとバタバタしてるな……でもジェフがついてるから大丈夫だと信じてる」

「そうだね」


 ジェフの腕を誰よりも知っているのはレイである。今、ミラはパーティを早めに切り上げレイの部屋に戻り、彼のデスクに繋いで仮想現実空間と繋いでいた。

 ハーフボトルのシャンパンを開けて、モニターの向こうのレイと乾杯する。飲み直しだ。


「乾杯」

「乾杯。イブだな。大丈夫、正月には二人とも戻ってくる」

「うん、ニューイヤーの花火はみんなで見たいね」


 お互いにグラスを傾ける。モニターの向こうには皿の上にチーズとサラミがあったし、こちらにも同じものを揃えた。もちろん、シャンパンも同じ種類だ。

 ミラが微笑むと、彼も人懐っこい笑みを浮かべた。


「クリスマスプレゼント、そこの引き出しに入ってるよ」

「え、ほんと!?」


 驚いた、先日彼はコートやハンドバッグ、それに格好いい蛇柄のショートブーツをプレゼントしてくれたばかりだったからだ。もちろん、鳥の羽のピアスもくれた。他に欲しいものはあるか、とも聞かれた。

 ブラボーⅡでの生活を思い出し、家庭用ホロはいらないけれど4月の誕生日以降でも構わないから、可能ならばタッチパネルが欲しいと言った。彼に触れてあげたいと思ったのだ。


 狼狽えながらミラが引き出しを開ければ、リボンのかかったボックスがあった。


「開けてみて?」


 その言葉に促され、リボンを解いて外の箱を開け、それからジュエリーボックスをぱかりと開けた。


「綺麗!」


 それは光の加減でさまざまな色に輝くオレンジっぽい石の嵌ったネックレスとピアスである。

 石は小さめでシンプルなデザインだ。普段使いできるものだが、輝き方はギラギラ光ると言っても過言ではない。それはダイヤモンドを凌ぐのではないかと言うほど。


「スフェーンって石らしい。俺も知らなかったんだけど……店員に相談して決めた。これオーダーしてたのに母さんがダイヤのピアスとネックレスミラにあげててもうやめてくれよって叫びそうになった」

「被ったね」


 ミラはくすりと笑みをこぼした。

 レイは口元を覆うように頬杖をつき、不貞腐れたように言った。袖口でミラが贈ったブレスレットのイルカのチャームがちらりと光った。


「ほんとだよもう……」


 その仕草がなんだかかわいく見えた。


「レイ、ありがと。こんなにもらったら、私困るよ」

「気にしないで小鳥ちゃん、俺があげたいだけだから」

 

 ミラは彼に何をあげればいいかさっぱりわからず、ホークアイとサミーに相談をしてレイが持っていなさそうなアバター用のトレンチコートを贈った。カラーはブラック。

 とてつもなく似合った。もちろん前から見た姿もいいが、後ろ姿が抜群に格好いい。「あれですね、女性から見たらふるいつきたくなる背中ってやつですね」とサミーが言った、まさにそのままである。


 手を繋いで、寒いからそのままポケットに手を入れさせてもらって、そうしてクリスマスのイルミネーションに彩られた街を歩きたい。そのままクリスマスマーケットで一緒に飲食できたらそでだけでいい。そう、それだけでいいのに、彼にそれは望めない。


 でも構わない、レイは自分をこれだけ大切にしてくれる。ミラは貰ったプレゼントに目をやり、噛み締めるような笑みを浮かべた。


「これ、つけてくるね!」


 ミラは妄想を振り切るように席を立ち、洗面台の鏡の前でピアスとネックレスをつけた。


(ギラギラだ……でも上品で綺麗)


 スフェーン、すごい石である。ミラは髪も目もド派手なので、何色のアクセサリーを付けるかいつも迷うが、これは自分の目の色にとても合っていた。

 ミラは飛んで帰るように部屋に戻った。


「やっぱり似合ってる、今日もかわいいね」

「ありがと……」


 レイは画面の向こうで空になったグラスにシャンパンを注いだ。ミラもつられるように自分のグラスにシャンパンを注いだ。


「あともう一つ、お披露目したいことがある」

「え、なになに?」


 一瞬音声が途切れた。なんだ? と思った瞬間にレイが声を発した。


「最新の人工声帯に変えた。どう? 昔の声とほぼ変わらないはず」


 ミラは手に持っていたグラスを取り落としそうになった。

 レイの単調で抑揚もなかったロボットボイスが、普通の深みがあって抑揚のある人と遜色ない声に代わっていた。


「どう? ミラ、なんとか言ってよ。ミラさ〜ん……」


 は! っとミラは我に返った。

 自分を呼ぶ声があまりにも熱っぽい。顔がどんどん熱くなってきた。

 この男はこんなに甘い声で自分を呼んでいたのか。心臓が口から飛び出しそうで、ミラはなかなか言葉が出なかった。


「うん……いいと思う……」


(いいと思うって……私のバカ!)


 他にもまともなコメントがあるだろう。何も浮かばなかったが、これが何よりのプレゼントだ。ミラはそれ以上言葉が出なかった。

 思ったよりもセクシーで甘い声で、なんだか身体の奥が妙な感じだった。

 それからもレイが話しかけてきて話題も移るが、どことなく気がそぞろである。

 

「あ、日付変わった。メリークリスマス! 日系スーパーやなんやら正月の飾りつけに変わるから楽しみにするといい。あ、そうだ、正月は母さんに着物着付けてもらうといいよ。この前、私の着物ミラちゃんに着てもらいたいんだけど嫌がるかしらーってギャーギャー騒いでたから」

「その心は?」

「俺が! 振袖着たミラを! 見たい!」

「わかった着る」


 笑いを抑えきれなかった。


「似合うかなぁ? 日本人じゃないけど」

「似合う似合う! 絶対かわいいって!」


 レイがそう言った通り、正月にミラは赤を基調とした古典柄の振袖を着た。退院したエリカにもキャシーにも、そしてもちろん男性陣にも好評だった。


***

 

 年明け、ミラは正式に配属が決まった。

 第七飛行連隊、第二飛行隊。通称ブーメラン飛行隊。アグレッサー所属の飛行隊で、敵のデータ収集のみを最優先とする飛行隊だ。

 最優先とするのは、サミーの帰還。ひたすら敵機のデータ収集をするサミーを守り抜く、ある意味過酷な役割だ。

 サミーと部下が同時にピンチになっていたら、サミーを守り抜けという命令が下っていた。


「私は人間じゃないんですよ? ラプターは抵抗ないんですか?」


 格納庫。新しく己の機体となったアマツカゼの隣にサミーの機体があった。


「サミーは確かに人じゃあないんだけどさ、私の友達だよ。だから抵抗なんてない。それ言ったら私だって純粋な人間じゃない。人に創られた存在。そうでしょ?」

「……それ、ホークアイにも言われました。人造生命体だと思え、と」

「でしょ? やっぱりホークアイもおんなじこと考えるんだなぁ」


 ミラは己のアマツカゼに手を伸ばした。


「サミーから見るとさ、二回も機体失くした私はどう思うの? こんなパイロットに命預けたくないとか、思うところがあったらちゃんと主張するんだ」

「まさか、ラプターと飛べて光栄です。あなたほど我々機械を想ってくれる人はいませんよ。新しい相棒であるその機体は幸せかと」


 それは買い被りと言うものではないだろうか。ミラは新しい相棒の機体に手を這わせた。


「次こそ撃墜なんてさせない。この機体は総航行時間オーバーして退役させるんだ。絶対に」

「彼女は喜んでいると思いますよ。本当に幸せです」

「そう思ってくれたらいいな」


 ミラはサミーのカメラを見て微笑んだ。

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