17. チャーリーⅠ ポラリス マッテオ

 艦内に警報が鳴り響いていた。補給に戻ったチャーリーⅠ所属の自立式AI搭載型戦闘機であるPolarisポラリスは流石に状況に違和感を覚えた。


 ネットワークにアクセスし、監視カメラを覗けば、大統領が側近を従え避難艇に乗り込もうとしている。やや迷った後、ポラリスは自身の搭載されている戦闘機、ケーニッヒのスピーカーからこう発した。


「大統領殿は俺たち小市民を見捨てたようだぞ、相棒」


 小柄ではあるが、ラテン系で女性は放っておかないほどの色男、己の整備士であるマッテオは作業の手を止めてはっとこちらを見上げた。


「叔父さんが……」


 チャーリーⅠ船団の大統領、その実の甥がマッテオである。故にポラリスは事実を告げることに躊躇したのだ。


「大統領は軍の最高司令だろう、逃げ出すだなんて……」

「国民も我々も見捨てられたということだ。俺に乗れ。逃げるぞ」

「だがポラリス、俺を乗せたら……」

「飛べる。お前が死なんギリギリで飛んでやる。乗れ!」

「お前の生存確率が下がるぞ」

「話し相手がいないとメンタルに支障をきたす」


 言うと、マッテオは焦茶の目を細めて笑って見せた。


「お前本当にAIなのかよ」

「それに関しては俺も思うところがある」


 なかなか諾と言わない相棒に、じれたポラリスはキャノピを開けてラダーを下ろした。


「思うところってなんだ?」

「お前の言った通りだ。AIだったら人間を乗せない。人間を生きたまま運ぶと機動に制限がかかる。無視して飛んで、ドッグファイト後に搭乗させた人間が機内でになったら困るからな。何もいいことがない」

「そりゃそうだ。焼く前のハンバーグが機内で生成されるだなんて、俺でもごめんだ」


 マッテオはラダーに手をかけると、一瞬ためらうような仕草を見せた後に駆け登ってきた。


「おそらく俺はAIではない。きっとブラボーⅠのチェックメイトやブラボーⅠに合流したサミット、それから地球のアブソリュートもそうに違いない。皆薄々気づいているだろうな。だが、周りにはとても言えないだろう。俺だとてこの状態だからお前に言っている。フライトスーツが簡易ベッドの下にしまってある、さっさと着ろ」

「だけど、お前はサイボーグシップじゃないだろ。お前の構造は全部じゃないけど知っているぞ」


 彼は手早く着替えて二人目の搭乗員が乗るシートに腰をかけた。


「確証がないから現時点では何も言えない。だが、相棒が必要なことは事実だ。友がいない航海など耐えられそうにない」

「はは、そりゃどうも」


 ラテン系の明るいノリは、きっとこの戦いで自分に力をくれると思ったポラリスであった。


***


(AIじゃなきゃ、なんだってんだ?)


 普段自分が整備しているケーニッヒ、そこに搭載された人工知能、ポラリス。

 マッテオはポラリスと共に宇宙空間に飛び出していた。

 ポラリスの僚機は皆帰ってこなかったので、彼は単機で宇宙に舞い上がったのだ。

 彼は抜かりなかった。チャーリーⅠを出る前に時限爆弾とも言えるものを仕掛けていた。軍の情報を艦内のありとあらゆるネットワーク上からも全て消失、それからサイボーグに関する情報を抹消する言わばコンピューターウイルスである。

 彼はきょうだいである機体から有益な情報を聞いていたらしい。敵はサイボーグシップを仲間だと思っているようだ。


(うちの船団、サイボーグシップいないからろくな情報はないと思うが……)

 

「相棒、安心しろ。もう俺はゼノンに散々勧誘を受けている。人間を乗せてはいるが、簡単に撃墜されることはないはずだ。この北極星ポラリスのエンブレムが見えないわけがない……。来たぞ、レーダーに反応あり。敵機? いや、友軍か?」


 その時だ、通信が入った。


「こちらサミット。ポラリス、大人しく投降して私と共にこちら側にこい」

 

 サミットといえば、先日沈められたというブラボーⅡ所属のポラリスのきょうだいのはずだ。サイボーグを仲間だと思っているとポラリスに教えたのも彼。この宙域にいるのはおかしい、寝返ったのか?


「機体は確かにアマツカゼ……のようだ。だが、やつはブラボーⅠに逃げたはずだが……? 少しカマをかけよう」


 ポラリスは通信をオンにした。


「こちらポラリス、今整備士を乗せている。お前の整備士はどうした? 置いてきたのか? ゼノンが我らの整備を完璧にできるとは正直思えない」

「キャサリンならば置いてきた。整備に関しては案ずることは何一つない」


 キャサリンとはサミットの整備士なのだろう。マッテオは隣の無人のシートの方に助けを求めるように目をやった。ポラリスがそこに座っているように思えた。


「本物のサミットではないな。奴は連絡を取り合うたびに『今日もキャシーがかわいすぎてオーバーヒートしそうだ』から文章が始まる。彼女を置いてくるとは思えないし、キャサリンと呼ぶのはおかしい。機体はサミットで中身はゼノンが入っているのか……わからんがマッテオ、いずれにせよ戦闘の時間になりそうだ」

「了解した、耐えてみせる」

「死なない程度に飛ぶよう心がけよう」


 ポラリスは再度通信を開くと快く「そちらに合流する」と告げた。レーダーを元にポラリスはその偽疑惑サミットのところに滑るように飛んだ。機体が見えてきた。

 やはり、マッテオの目にもそれはアマツカゼに見えた。


「うちの整備士はどうすればいい?」

「酸素供給を止めて殺せ」

 

 サミットの非情な言葉とともにアクティブモードとなるポラリスのレーザーガン。スロットル全開にしたポラリスは瞬く間に敵機に肉薄し、飛び越しざまにレーザーの弾幕を浴びせて右に旋回した。


「右エンジンに命中! この低出力レーザーが効くとなれば、ゼノンではないな、あれはサミットコピーか頭を乗っ取られたサミットだ! エンブレムもフジヤマだ。なかなか作り込むな?」


 人類ならば誰でも知っている。かつて地球にやってきたゼノンは、ありとあらゆる機体をコピーした。

 反転したポラリスは続けざまにレーザーガンをその敵機に叩き込む。敵機はこちらに通信する時間もなく爆散することになった。


「敵機の撃墜を確認。なんとしてもこのデータをブラボーⅠに届けるぞ」

「ああ、もうなんてクリスマスプレゼントだよ!」

「確かに今日はイブだな。だがここからブラボーⅠに飛んだら、最速でも到着は三日後だ。正確に言うとクリスマプレゼントではない」

「そんなこと今はどうでもいい!」


 マッテオがそうわめいた次の瞬間だ。レーダーに敵機を察知した。


「敵機二機確認。まだここでは亜高速航行はできない。チャーリーⅠとの距離が近すぎる。迎撃するしかない」


 またかよ、と口に出す時間はなかった。迎撃に移ったポラリス。反転した彼はウェポンベイを開き、ミサイルを発射位置につけた。


中距離ミサイル発射フォックス・ワン!」


 機内をロックオンの警報が鳴り響く。

 即座、敵機の針路に対し、直角になるようにビーム機動を描いたポラリス。マッテオは急激な飛行駆動にうめいた。

 だが、敵機に対する接近速度を最小にしてレーダーに映りにくくするためには有効な手段だ。同時にポラリスはチャフをばら撒いた。

 チャフを誤認したミサイルがあらぬ方向にすっ飛んでいき、誤爆。 


「ミサイル、目標に命中せず」


 ポラリスのミサイルも敵には当たらなかったようだ。

 敵は二機。圧倒的に戦況は不利である。


(一体どうするんだ?)


対抗カウンター機動で勝機を見い出す。こちらは新開発の超高機動マイクロミサイルを試験的に積んでいるからな。それに向こうはこちらをできるだけ捕縛しようとするはず」


 背後につかれないように、できるだけ敵と接近、対進状態で交差する機動をとるということだ。こちらの速度が劣っているのに一体どうするつもりなのだとマッテオはありとあらゆる方向に振り回されながら考えた。

 ミサイルの追尾限界角度を常に超え続けるしかないのである。


 敵とのドッグファイトは長期戦にもつれ込んだ。


「俺を撃墜したら親玉に何か言われるんじゃあないか?」


 ポラリスの挑発にゼノンは黙したままだ。ロックオンされたので巧みに身を翻し、時には宇宙塵デブリの隙間をすり抜ける。針路方向にあった宇宙塵デブリに敵のミサイルが直撃する。

 ミサイルもしくは宇宙塵デブリの破片が飛んできて尾翼付近に接触、ものすごい揺れに揺さぶられた。


「しまった、破片を食らった! マッテオ、生きているか?」

「なんっとか!」


 損傷具合も気になるが、空気は漏れていないようだ。気密性を失っていたら、今頃機体は木っ端微塵である。

 敵は明らかにエネルギー不足な様子。宇宙空間において、推進剤がなくなれば進めない。

 彼らはやがて反転して離脱行動に出た。


「なんとしても俺を撃墜したくないようだな……まあいい、奴らの援軍が来る前にさっさとここを離脱する」

「よ、よかった……絶対テロメアが短くなった……」


 テロメアは染色体の末端にある構造だ。分裂するたびに短くなり、一定以上短くなると細胞分裂しなくなるらしいとマッテオは聞いていた。

 

「即死は防いだから許してくれ。さてそろそろ亜高速航行可能範囲だな。システムを機動する」

「OK、さっさと逃げよう!」

「システム起動……おかしい、落ちたな。再起動……だめだ」

「え?」

「亜高速航行システムは尾翼の付け根のところにあったな? ……さっき一発食らった場所だ」


 マッテオはヘルメットを外し黒髪をかきむしったのち、褐色の目で天を仰いだ。


(終わった……これだったら撃墜されて木っ端微塵の方が楽に死ねた……)


「見に行く」

「工具ならベッドの下にある。直せそうか?」

「コネクタの抜き差しくらいはできるけど、でも、ほら……普段ユニット丸ごと交換するブラックボックスだから、東方重工の機密が詰まってるし俺には正直厳しい……どっか小惑星かなんかにアンカー下ろして停泊してエンジン切ってくれ。感電はしたかない」


 マッテオがわざわざ慣れない宇宙空間にまで出て確認したが、ユニットは完全に死んでいた。


「頑張れ相棒。三人分、1週間半の非常食や保存水がある。つまり、約ひと月分は食糧や水もある」

「……やばい気しかしない」

「俺も正直やばい気しかしない……」


 マッテオは息を吐いた。この宙域から一番近いのは亜高速航行で三日間かかるブラボーⅠ船団である。


「とりあえず、ここを漂っているのは危険だ。惑星スリーフォーに移動するぞ。あそこにいけば資源発掘用の設備がある。無人だがブラボーⅠに救援信号を送れるかもしれない」


 スリーフォーはこの宙域すぐに存在する資源採掘の惑星である。


「なんとかなりそうってこと? 亜高速飛行せずに行ったらどれくらいかかる?」

「この推進剤の残量、軌道修正分も考えて、できる限り温存し、慣性で進むとなると……」


 マッテオは色々と察した。


「言わなくていい。ゆっくり行こうぜ相棒! 食い物はもつんだろ?」

「ああ、水と食料はひと月分あるからな」

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