第3話 逃げられない戦い
一見無敵だが、弱点はある。
盗賊の男が話していたように、
冒険者のテントの側に戻ってきた時、僕の尻尾の
割れたらどうなるか——以前「
どうやら僕らと
「ねえ、これからどうするの?」
僕から
あの後僕らは途中何度か人間と
「人間の街まで行って食糧庫を漁れば……」
「そんなのリスクが大きすぎるわ!」
「
「それだって限界がある! よその平原に引っ越した方がましじゃないかしら」
「でも他の平原には強いモンスターがすでに縄張りを持ってる。僕らじゃとうてい敵わないよ」
「じゃあどうすれば……!」
議論は平行線のまま、時間だけが過ぎていく。
「とにかく、当面のぶんだけでも食糧を集めなきゃ。僕だけで行ってくるから、キャシーは休んでいて」
「だめよ! 私はあなたの身を心配して——」
その時だった。
巣穴の上方で空気を裂くような激しい音がした。たぶん、人間の爆発魔法だ。衝撃で巣穴全体が揺れ、家族たちがざわめく。
すぐさま巣穴の外へと向かった僕は、そこで見た光景に言葉を失った。
何組もの冒険者のパーティがずらっと巣穴を取り囲んでいる。
そのうちの1人が、僕を指して「
ぎらつく人間たちの視線が一斉に注がれる。
「本当だ!」
「噂通り、ここが巣穴だったんだ!」
「
なんでだ。いつ僕らの巣穴がバレた?
いや、そんなことより先に家族たちを逃がさないと——
考えている間にも、冒険者の一人が剣を振り上げて斬りかかってきていた。
「見せてやる! この日のために習得した剣技! "
(その……できちゃったみたい)
僕は再びあの時に戻ってきた。
尻尾の
それまでに僕は家族を救えるのか?
……無理だ。
僕はキャシーの手を引いて無言で疾走した。
そう、失踪とも言える。
逃げた先は住み慣れた巣穴ではなく、平原を超えた先、木が
「ねえ、いい加減説明してよ。どうしてこんな場所に? その、駆け落ちだっていうんなら、私は別に構わないけど」
「……もう、嫌になったんだ」
木陰に座り込んで俯く僕に、ただならぬ事情を悟ったのかもしれない。キャシーは黙って僕の隣に座って、背中をさすった。
もうすぐ夜明け。
太陽がてっぺんに昇る頃には、冒険者たちが巣穴に押し寄せてくる。
何も知らずに僕らの帰りを待つ家族たちのことを思うと、胸が張り裂けそうだった。
「僕は、リーダー失格だ」
「そんなことない。あなたは頑張りすぎなくらいよくやってる。むしろこうやって弱音を吐く方があなたらしくてホッとするわよ」
裏表のないキャシーの言葉が今はじんと染みる。
彼女の言う通り、僕は一人ですべてを抱え切れるような包容力のあるオスじゃない。
僕は彼女に1回前のことを打ち明けた。
一通り話を聞いて、彼女は怪訝そうに首をかしげる。
「どうして巣穴の場所がバレたのかしら。今の巣穴は先祖代々一度も見つかったことがないって、オババ様に聞いたことがあるけど」
「
「それはないでしょう。巣穴に戻る時はいつも迂回するようにしていたから。人間たちの言う『噂』ってやつを確かめてみた方がいいかもしれないわね」
「『噂』……街に行くしかないか」
だとしたら街とは反対側のこの森に来ている場合ではなかった。今から街へ向かえば日が暮れてしまう。
僕は自分の尻尾を再度確認した。やり直しができるのは残り3回。といっても3回目をやったら
「……行くの?」
立ち上がった僕を、キャシーが心配そうに見上げてくる。
黙って頷くと、彼女はふっと小さく笑った。
「そっか。私は別に、駆け落ちでもよかったのに」
「それは最後のお楽しみにとっておくよ」
「分かった。でも、一つ約束して。街に行くなら、私も連れて行ってね」
「うん。約束する」
キャシーと頬を擦り合わせると、僕は彼女に背を向けた。
すぐそばに切り立った崖がある。
彼女がそっと目を伏せる。
その瞬間、僕は崖からひと思いに飛び降りた。
4回目の今日。
僕はキャシーと共に街を訪れた。
『噂』は案外早く見つかった。街の中央広場の掲示板にどんと貼り紙があったからだ。
「今だけ! 『
早速そのアイリーンとやらの家の近くまで行ってみると、中で見覚えのある冒険者と、もこもこの羊毛の服に身を包んだ可愛らしい少女が話をしているのが聞こえてきた。
「へえ、あなた"
「ああ、
「あ、うん。知りたかったら270
「高っ!? ワンランク上の武器が買える値段だぞ!」
「えー、それだけ価値がある情報だと思うけどなあ。なんたって、巣穴だよ? 最低でも5匹……大量発生してるって目撃情報とも照らし合わせると、もっとお買い得かも」
冒険者は金貨の入った麻袋の中身を見てしばらく唸っていたが、やがて意を決したように「買った!」とテーブルに麻袋を置く。少女は「やった!」と目を輝かせて麻袋をぶんどった。
そして彼女が冒険者に伝えたのは……確かに僕らの巣穴についての情報だった。
「しっかし、お嬢ちゃんはどうしてこんな情報を?」
「ほら、あたし
「ってことは、もしかして
「うん。せっかくだから紹介するね。おいで、リオちゃん」
そう呼ばれて部屋の奥から出てきた
少女の趣味なのか、ふりふりの白い服を着せられているその
僕も、キャシーもよく知っている相手。
冒険者に襲われて行方不明になったはずの、父さんだった。
父さんは少女に背中を撫でられ、心地よさそうに彼女の膝の上で丸くなると、差し出された高級そうな種を寝そべりながらほおばった。
僕たちの知っている姿とはかけ離れた、堕落しきった姿。
「なんで……なんでだよ、父さん……!」
拳が震える。今すぐ目の前にある窓をかち割って、父さんを問い詰めたい。
なんで巣穴の情報を漏らしたんだ。
なんで生きているのに帰ってきてくれなかったんだ。
なんで、なんで、なんで!
その時、部屋の中の父さんと目があった気がした。
ハッとした表情を浮かべ、少女の膝から飛び降りる。
「ちょっと、リオちゃん!?」
逃げる気だ。
僕とキャシーはすぐさま家の裏に回った。ちょうどそこから逃げ出そうとしていた父さんと鉢合わせる。
「エルヴィス、キャシー……! どうしてお前たちがここに」
「それは僕らのセリフだよ、父さん」
以前の父さんなら僕らに追いつかれることなく逃げおおせただろう。だが、甘やかされて蓄えた腹の脂肪に、人間のエゴで着せられた服がそれを邪魔しているのは一目瞭然であった。
「仕方ないだろう……! 彼女は冒険者から救ってくれた恩人だ。拾われた以上、彼女にすがっていくしか俺はもう生きられない……」
「だからって、家族の巣穴の情報を売るなんて……!」
糾弾しようとするキャシーを制する。
父さんのしたことは最低だ。
だけど、少しだけ気持ちが分かってしまった。
父さんは逃げたかったんだ。
狩られ続ける
家族を率いるリーダーとしての責務から。
1回前、同じように逃げ出したくなった僕に、父さんを責める資格はない。
僕らは逃げ足だけが唯一自慢の種族だ。
だから逃げたっていい。
……でも、戦わなきゃいけない時だってある。
今がその時だ。
「父さん。今度こそ本当のさよならだ」
僕が構えると、父さんも僕の想いを理解して応じてくれた。
「見くびるんじゃないぞ、坊や。こんな体たらくでも、腕自慢だったことに変わりはない」
キャシーが見守る中、僕らの互いの存続を賭けた戦いの火蓋が切って落とされた——
父さんは強かった。
僕は勝てなかった。
……ただし、1回目だけ。
最後の
生まれた時から変わることのなかったレベルが、一気に上昇する。
1から15へ。
ここらの駆け出し冒険者であれば
おかげで好んで僕らの巣穴に近づく者はほとんどおらず、
そして僕は現在。
最後まで逃げ続けたものに、ようやく向き合おうとしている。
500個もの大量の月光草の種を持って、彼女の部屋の扉を叩く。
「……ねえキャシー。話があるんだ」
〈おわり〉
ワンターン・エスケイプ 乙島紅 @himawa_ri_e
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