第10話 春の決意とお父さんの仕事
鳴りやまないスマホをあんぐりと口を開けて見つめる。
さっきの記者会見の内容に驚きすぎて、柴田さんにどう対応していいのか分からないから電話に出る事ができない。
本当に春ちゃんは何を考えているのだろう。
こんなに電話が鳴ってるって事は、春ちゃんは多分柴田さんに何も言わずにこんな記者会見を開いたんだと思う。
「ただいま~」
玄関からお父さんの声が聞こえる。
「おかえり~」と返事をして、今だ鳴り続けるスマホをマナーモードにしてソファーに置いた。
記者会見が終わった後にお父さんが帰ってきて良かった。記者会見を見てる時だったら上手くおかえりすら言えなかったと思う。
とりあえず、ご飯にしよう。
もうどうしていいのか分からないからとりあえず電話は無視する事に決めた。
「お~今日はカレーかい?」
「そうだよ、お父さん早く手を洗ってきて」
「分かったよ」
お父さんが洗面所に向かう。
ご飯を食べ終わってから見る事になるスマホに恐怖しながら席に座る。
私が席に座って直ぐに手を洗ったお父さんがやってきて私の正面に座る。
「うん、美味しそうだ」
「でしょ?」
「それじゃ、いただきます」
カレーを食べ始めるお父さんは美味しい美味しいと連呼する。
少し照れ臭いけど一生懸命作ったからそう言われると嬉しい。手抜きだけどね笑
カレーを食べ終わり、お父さんにコーヒーを作って出す。
「春、ありがとね」と言ってお父さんはコーヒーを啜る。
私はお父さんの正面に座りさっきの記者会見の事を思い出す。
春ちゃんは事務所移籍するって言ってたけど柴田さんとこはどうなるんだろう?
柴田さんの事務所はタレントがHaruを含め、三人しかいない。
一人はHaruに楽曲を提供している作曲家だからタレントとは言えないし、もう一人は全然売れていない女性アイドル。
事務所はほぼHaruの収入だけで成り立っていると言っていい。
それなのにHaruが抜けてしまえば事務所はたちいかなくなってくるだろう。
私はHaruだけど本当のHaruじゃない。だから私が頑張ればいいって話しではない。
確かに私の出演した映画で主演女優新人賞を取った事もあるけど、それは実際の私の容姿ではなく、Haruに変身してからの容姿だし、偽りの自分だ。
私には出来る事はないけど、柴田さんの助けになりたい。
(どうしたら……)
このままだと柴田さんや事務所の皆、それにHaruに関わってくれた人達に迷惑をかけてしまう。
Haruを支えてくれたファンの人達の笑顔、田辺さんのお腹を叩く仕草、準備をしてくれたスタッフのやりきった笑顔も全てがHaruの為に向けてくれた物で、その全てを無くしてしまってもいいのか?
人気タレントのHaruにすぐさま何か影響があるかは分からないけど、婚約発表までして何の影響もないとは考えられない。少なからず何か影響があるはず。
我が道をゆく春ちゃんは多分そこら辺の事を何も考えていないと思う。
自分のやりたいように動いてるだけで後の事はどうにでもなると考えている節がある。
でもそんな事はない。きっとしっぺ返しをくらうと思う。
私はHaruじゃない。
でも、Haruに関わってくれた人達の笑顔は守りたい。
葛藤する私はコーヒーを啜るお父さんに全てを打ち明ける事にした。
自分の考えだけではどうにもならないと思ったのと、お父さんに何かアドバイスがもらえればと思ったからだ。
「お父さん……私ね、秘密があるんだ……」
「秘密?秘密ってなんだい?」
「あのね、私、特殊能力があるの……」
私の言葉に驚いた表情を一瞬見せたお父さんは「それで」と言った。
「私ね、春ちゃんになれるの」
「春ちゃんって川端さんとこの春ちゃん?」
「そう、その春ちゃんだよ、容姿から声まで全く同じになれるの。でもね、私の能力は春ちゃんにしかなれないの」
「そっか、春ちゃんにしかなれなくてもそれはすごい能力だ。でもどおして秘密にしてたんだい?」
「それは……」
上手く答えられない。
どうして秘密にしてたのか?
一応春ちゃん達と話し合って決めたけど何でお父さんに秘密にしてたのか分からない。
お父さんに秘密にする理由が出てこない。
「どうしたの春?しんどかったら無理に答え無くていいよ」
「うん……」
何で答えられないんだろう。
お父さんに春ちゃん達と話し合って決めたと言えばいいだけなのに、そう答えようとすると頭にモヤがかかって言葉に詰まってしまう。
「春、お父さんの仕事知らないよね?」
お父さんの仕事?
確かに知らない。お父さんは家に帰ってきても仕事の事は話さないし、私も聞かないようにしている。
あれ?何でお父さんに仕事の事は聞かないようにしてたんだっけ?
なんだか変だ。
「春、ちょっと待ってて」
そう言ってお父さんは何処かに行くと、直ぐに何かの箱を持って戻ってきた。
その箱は直径十センチ程の大きさの白い箱で真ん中に穴が開いている。
「春、この穴に手を入れてみて」
私は頷くと穴に右手を入れる。
しばらく、うんとかなるほどとかお父さんが呟いていると、「よし分かった」とお父さんは声をあげる。
「あのね春、春には特殊能力はないよ」
「はっ?特殊能力はな…い?」
特殊能力がないってどうゆう事!
私は春ちゃんになれる。それが特殊能力じゃなくてなんだと言うのか!
「春は春ちゃんになれるって言ったよね?」
「うん……」
「それは春が春ちゃんなれる能力じゃなくて、春ちゃんがなにかしらの能力を春に使っているんだと思う」
「えっと……よく分からない」
「そうだよね、よく分からないよね。あのね、まず、お父さんの仕事について話すね。お父さんの仕事は特殊能力研究所で特殊能力について調べている。一応、国家機密だから仕事の事は家族どころか、誰にも言えない秘密なんだ。だから今まで春にも言ってなかったんだ。でもね、この箱で春を調べた結果、春には特殊能力がない事が分かったけど、何かしらの特殊能力にかかっている事が分かったんだ。本当は仕事の事は話しちゃいけないけど、春が害を及ぼされているなら話さなければいけないし、何とかしなければいけないと思う」
お父さんが特殊能力研究所にいたのには驚いたけど、私が何かの特殊能力にかかっていたのにはもっと驚いた。
「詳しく調べたいから、明日は学校を休んで特殊能力研究所に行かないか?」
私は直ぐに頷いた。首を横に振る選択肢はない。
だって、自分に何かしらの特殊能力にかかっているならそれが何なのか知りたい。
でもその前に───
「お父さん、まだ秘密があるんだけど……」
「まだ秘密があるの?」
「うん、実は、私、Haruになって春ちゃんの代わりに芸能活動を手伝ってたんだ」
「そりゃまた……」
お父さんは頭を抱える。
「それでね、今日、春ちゃんが記者会見で事務所移籍と婚約発表しちゃったの」
「……」
「私、その話し聞いてなかったし、多分春ちゃんは柴田さん、あっ柴田さんは事務所の社長さんね、その柴田さんにもその事を話してないと思うの」
そして私は一度言葉を切り、ソファーに置いてあったスマホをお父さんに見せる。
着信と連絡ツールの通知が恐ろしい事になってた。
「それで春はどおしたい?」
「私は……何もできないかもしれないけど柴田さんの力になりたい」
本当に何もできないと思うけど、心からの思いを力強く口にした。
「そっか……」
お父さんはそう言って少し考えてから、机の上に置いた私の手を握った。
「春、よく聞いて、春の考えはよく分かった。だから、自分の思いと、これまでの事をちゃんと柴田さんに伝えるんだ。柴田さんには怒られるかもしれないけどそれでも大丈夫?でも、たとえ何があってもお父さんが春の事守ってあげるから心配しないで」
「お父さん……」
お父さんの言葉に涙が出そうになった。
私の事を考えてくれて支えてくれるお父さんに勇気を貰った。
こんな私を否定する事なく力になってくれるお父さんの気持ちは私の心に響いた。
「お父さん私、柴田さんに電話するね」
「うんうん、側にお父さんがいるから何か言われたらお父さんが代わりに説明してあげるからね」
「……ありがとう」
お父さんの優しさに堪えていた涙が込み上げる。
私は、スマホを手に取り、柴田さんに電話をかける。
『ちょっと春どうゆう事よ!!』
直ぐに電話に出た柴田さんは怒っていた。
この怒り具合から春ちゃんは柴田さんに何も言わずにあの記者会見を開いたと確信した。
本当に春ちゃんは身勝手だ。
心配そうに私の手を握るお父さんを見つめて頷く。
『柴田さん、お話があります。今から事務所で話せませんか?』
不細工少女は、本当の自分を取り戻して幸せになりたい 兼見 パイン @kanemi_pain
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。不細工少女は、本当の自分を取り戻して幸せになりたいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます