第60話 新しい年

「あら、リリーはスフェリのブリュネル公爵家のお屋敷には戻らないの?」

「はい。お義父様が年末年始に強硬スケジュールで帰国をする予定なのです。どうやらお母様とお二人で過ごしたいようで。せっかくなのだからディアモーゼ宮殿の年越し夜会を楽しんできなさいと」

「要するに、帰ってくるな、と」

「端的に申せばその通りですわ」

 リリアージェは苦笑を漏らした。

 長年のすれ違いを解消すべくブリュネル公爵は努力に努力を重ねている。すぐに仕事を辞めることはできないが、少しでもこれまでの溝を埋めようと、あの手この手で妻へアピールしているのである。

「ですが、わたくしにとっても王都で過ごす初めての年末年始。特にディアモーゼ宮殿では夜会が催されますもの。結婚式を挙げれば羽目を外す機会もそうもありませんし、わくわくしていますの」

 宮殿勤めだからこそ楽しめる催しもあるというものだ。クラウディーネの側に侍るようになって、華やかな宮殿生活に触れることになった。

 やはり宮殿での生活は活気と刺激に満ちていて。十八歳のリリアージェにとっては全てが新鮮で、経験できることは何でも経験してみたい。

「この国では新年に赤いものを身に着けると一年を幸福に過ごせると言われていますでしょう。年越し夜会では皆さん赤い衣装を身に纏うのだと聞いて、楽しみにしているのです」

「そうねえ。確かにあれは圧巻ね。男も女もみーんな赤い衣装なのだもの。この日ばかりは衣装の色かぶりも無礼講よ」

 国民皆が何かしらの赤いものを身に着けるのだ。

 リリアージェも領地で新年のお祝いをしていたが、赤いドレスを着せてもらっていた。ヘンリエッタはその年によって様々だった。赤いドレスの時もあれば、赤い扇子を持っていたり、髪飾りが赤だったり。

 楽しみ方は人それぞれだ。ただ、裕福な市民や貴族は赤い衣装を新調する傾向が強い。

「クラウディーネ様も赤いドレスをお召しになられるのですか?」

「ええ。そろそろできあがってくる頃じゃないかしら」

「わたくしもお母様が新しいドレスを作ってくださいました」

 最近届いた手紙には、一度くらい宮殿の年越しも味わっておきなさいと書かれてあった。きっと彼女も今年はリリアージェを宮殿に残したままにするつもりだったようだ。

「では当日は思い切り楽しみましょう。深夜零時に花火もあがるのよ」

 宮殿の奥にある庭園から上がるため、ここは特等席である。

「とっても楽しみにしていますわ」



 大晦日のスフェリはどこか浮足立っている。貴族も平民も関係ない。来たる新年に人々は表情を明るくしている。

 それは宮殿内も同じだった。

 リリアージェは届けられた赤いドレスを着せてもらい、姿見の前に立ち最終確認を行う。スカートの裾に縫い付けられたビーズと輝石が動くたびに明かりを反射する。まとめた金色の髪につけているのは蝶々を模した髪飾り。

 お祭り騒ぎなのだから、装飾品は派手な方がいいらしい。中には赤い羽根飾りを何本も付けるご婦人もいるとのこと。

 こういういつもと違った出で立ちも非日常感が満載でわくわくする。

「リリー。迎えに来た」

「エル!」

 今日はエルクシードも一緒に参加する。というか、リリアージェ一人きりでの参加など、彼がさせるはずがないのだ。

「エルも今日は真っ赤ですわ」

「……」

 真っ赤な上着を身に纏い、クラヴァットも赤である。ズボンは黒だが、控えめな色を好む彼にしては十分派手だ。

 エルクシードは照れを隠すように視線を斜め下へやった。

「いつもと違うエルは新鮮ですわ。とっても似合っています。ちなみにわたくしはどうですか?」

「リリーも今日はいつもより……元気そうだね」

 どうやら派手という言い方を彼なりに変換したらしい。

「うふふ。これはこれでお祭り感があって気に入っていますのよ」

 リリアージェはその場でくるりと一回転してみせた。

「可愛いよ」

「!」

 不意打ちは反則だ。

 リリアージェは両頬に手をやる。ああもう、悔しいがこういう彼のことも大好きなのだ。

 二人は揃って部屋を出た。

「今日は大晦日で、羽目を外す輩も多いから知らない人には絶対についていかないように。特に、仮面をつけているような男など論外だ」

「まあ、仮面舞踏会ではありませんでしょう?」

「年越しだから、無礼講なんだ」

「なるほどですわ」

 もちろん過度な演出はいけないが、仮面くらいなら許されているらしい。招待状を受け取るのは身元のしっかりした者ばかりだから、というのもあるのだろうが。

「ふふ。エルに嫉妬をされると嬉しいものですわね。でも、エルの方こそ、仮面をかぶったご婦人にほいほいついていってはいけませんわよ?」

「もちろんだとも」

 二人は見つめ合いくすりと笑った。

 互いに一番はあなただと分かっているのだという安心感。両想い最高だ。

 夜会会場はすでに人で溢れていた。

 リリアージェはエルクシードと何曲か踊った。

 会場全員が赤い衣装のため、目がちかちかするのも大みそかの醍醐味なのだとか。ちなみにドリンクも赤いカクテルが大人気。新年を祝う気持ちは皆一緒なのだ。

 クラウディーネとニコライに挨拶し、仲睦まじい様子をからかわれたり。

 それぞれ知り合いに挨拶をしたり。

 そうこうしているうちにあっという間に夜も更け、もうあと十分ほどで新年だ。

 花火を見学するために人々がテラスへ集まる。 

 この場にいる人たちと新しい年へのわくわくを共有する。

 それに、何といっても隣にはエルクシードがいるのだ。

 そのことが本当に嬉しくて幸せだった。

「お母様とお義父様も今頃お二人で、ゆっくりされている頃でしょうか」

「そうだな。母上はもしかしたら父上に悪態をついているかもしれないが」

「今日くらいはきっと素直になりますわ」

 なんだかんだ言いつつ、ヘンリエッタは夫のことを気にしているのだ。

 気が付くと、二人は手を繋いでいた。指と指が絡まり、どちらからともなくギュッと握った。

 人々が固唾を飲んで花火を待つ。

 もうすぐ。年が明ける。

 ドーン。ドーン。と大きな音が聞こえた。

 夜空を明るい色が染めていく。何発もの花火が一斉に上がった。

 歓声と「新年おめでとう」の声で一気に騒がしくなった。

「リリー、新年おめでとう」

「エル、あなたと新しい年を迎えることができて最高に幸せですわ!」

「私もだ」

 二人はそっと口付けを交わした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

旦那様、そろそろ離婚しませんか?【コミカライズ配信中】 高岡未来@3/23黒狼王新刊発売 @miray_fairytown

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ