変態カップルの恐怖体験談

ぶざますぎる

変態カップルの恐怖体験談

「僕たちがセックスするところを観て欲しいんです」


 過日住んでいた部屋の近くに、大きな霊園があった。私はある晩、その霊園へと単身乗り込んだ。一時間くらい探索したあたりで尿意を催した私は、霊園内の公衆トイレに寄った。

 そこに奴らは居た。男女二人組、ともに20代前半くらい、二人とも軽装だった。

「今から、僕たちは愛し合います。あなたには目撃者になって欲しいんです」

 男の方が言った。それに合わせて女がうんうんと頷く。

 最初、私は断った。どこかで隠し撮りでもされているのではないか。後になって二人とも「こいつに脅されて強制的に性行為をさせられた」と、揺すってくるのではないか……。そのような不安があった。

「絶対に信頼を裏切るようなことはしません。これは僕たちの愛に必要なことであって、あなたさえよければ、その愛を一緒に分かち合いたいんです」


 それまでの人生で変わり者はたくさん見てきたが、このタイプは初めてだった。しかも、つがいだ。私は興味をそそられた。こんな経験は滅多にできるものではない。 

 それから仔細はあとで述べるが、その時、私は捨て鉢になっていた。そうしたこともあって、私は彼らの頼みを聞き入れたのだった。


 男がズボンを下ろし、陰茎を露出した。女がそれを口に含む。男はすぐにソレを屹立させた。始まって数分くらい、男が低く呻き声をあげ体を痙攣させた。それと同時に女が咳き込んだ。男が暴発したのだ。

「セックスする前に逝っちゃってるじゃないですか!」

 私は彼らを詰った。

「すみません、気持ちが入りすぎちゃって……」男は悄気ていた。

 女の方も手洗い場で口を濯いでから男の側に戻り、これまた申し訳なさそうな顔をして私に謝罪するのだった。深更の霊園のど真ん中にある公衆便所、露出狂二人と私を、気まずい沈黙が包み込んだ。

「お詫びと言っては何ですが……」男が口を開いた「お食事でもどうですか……?」


 二人は車で来ていたらしい。立派な車だった。私は車について詳しくないが、この変態カップルが、しかもいざ本番を迎えるにあたって不甲斐なさを露呈した情けない彼らが立派な車に乗っているという事実に、少々苛立ちを覚えた。車は霊園から少し離れたところにあるファミレスへ向かった。


 机を挟んで、私は自身がオカルト好きであること、色々あって今日は自棄になったので霊園に突撃したが、心霊体験はしなかったことを話した。

 彼らは暴発の情けなさと私に対する幾分の申し訳なさもあったのだろう、二人して真面目な様子で私の話に相槌を打っていた。彼らの神妙な顔を思い出すと、今でもおかしくなって笑ってしまう。


 私は、二人に心霊体験の有無を尋ねた。

「あ、そういえば」女の方が、男に確認をとるような仕草をしながら言った「一度、二人で怖い思いをしたことがあります」

「ああ、ハメ撮りのやつ?」男が答えた。

「よかったら、話してもらえませんか」私は水を向けた。


「ハメ撮りしたんですよ、ラブホで」と男。

「ハメ撮り自体は初めてじゃなかったんですけど」と女。

「何度か使ったことがある所だったんですよ。で、カメラを回してセックスしたんですけど」と男。

「カメラは二つ用意したんですよ。手持ち用と固定撮影用で二つ」と女。

「両方とも写ってたんだよな」と男。

「何が写ってたんですか」と私。

「なんか沢山」女は男の方をチラっと見て、男はそれに応えるように頷いた。

「沢山ってなにが」私は仲睦まじい二人の掛け合いに嫉妬し、苛立ちながら訊いた。

「裸の人たちです」女が言った。


 やることをやってホテルを出た二人は、同棲部屋へと帰った。

 男は撮影した映像を確認するため、二つのカメラを起動させた。女は男の肩に頭を乗せて甘えていた。

「僕らがセックスしてるじゃないですか」男が言った「その周りを裸の連中が取り囲んでるんですよ」

 前戯で二人がいちゃつくところから撮影はスタートした。その始めの時点から、沢山の裸の男女が二人を取り囲んで見つめていたのだという。二人が愛撫し合うその様を、裸の連中がしげしげと眺めている。

「さっきも言いましたけど、それ、両方のカメラに写ってたんですよ」女が言った。

 手持ち用と固定撮影用の二つのカメラの両方に、謎の裸の集団は写っていた。そいつらは、ただ突っ立って二人のペッティングを見つめていたのだが、

「僕が彼女に挿れた瞬間、そいつら拍手喝采しやがったんです」

 先ほどまで黙って立っていた集団は、性交が始まった途端に手を叩いたり、両手を突き上げて大喜びしだした。

「サッカーの試合とかで、歓声がワーってなるじゃないですか」女が言った。

 謎の集団の歓声は、音割れせんばかりの大音量だったという。そいつらは二人を取り囲んで歓声を上げ続けた。

「そのうちに、そいつら乱交し始めたんです」男が言った。

 

 男が私に伝えた様を正確に描写するだけの筆力は私にない。なので読者諸賢には、謎の集団が乱交を始めたこと、そしてそいつらはカップルの性交が終わった瞬間に、まるでチャンネルが切り替わったかのように一瞬で消えたということをお伝えするに留める。二人はそれを観てすぐにデータを消してしまったらしい。


「しかし、そのような体験をしておきながら、よく真夜中の霊園で露出プレイをしようと思いましたね」私は言った。

「まぁ、それはそれですし……」と答えにならないような返事を男がした。

「データを消した後、怖くって二人で震えてたんですけど」女が照れるような素振りをして言った「少し経ったら、なんか燃えてきちゃって……」

 二人は愛の営みを開始したのだという。


 このカップルとの会話は始終、この調子だった。話しの進みが遅い。隙あればイチャつく。これでもコンパクトにまとめて書いた方。実際はもっとデレデレしながら話していたし、すぐに脱線して二人の愛について語りだした。もしかしたらこいつらは、このままここでおっ始めるつもりじゃなかろうかと、私は疑いを抱いたのである。


 ファミレスの代金は男が払った。家の近くまで送りますよと、男は言った。私は断った。我々は解散した。今思えば、連絡先を交換すればよかった。あれほど愉快な人物は滅多に出会えるものではない。だが往時、私はカップルに対する嫉妬で狂っており、解散の際にはそれが憎しみへと変わりかけていたのである。

 

 一人暮らしの部屋へと、私は帰った。部屋は真っ暗。私を待ち受けるのは暗闇だけ。私は生まれてこの方、恋人ができたことがなかった。そして友達もいなかった。

 なぜだか脚に力が入らなかった。私は玄関で、膝から崩れ落ちた。あいつらは帰って一発おっ始めるのかな? 今日出会った童貞野郎、つまりおれのことをネタにしながら燃え上がるのかな?

 ドン、と壁が叩かれた。私は自分が泣いていることに気づいた。私の嗚咽がうるさくて、隣の住人が抗議をしたのである。私は、暗闇のなかでそのまま動くことができなくなった。

 色々あって私は捨て鉢になっていたと、曩に述べた。

 その日、私は誕生日だったのである。

 そして、私は誰にも祝福されなかった。平生から続いた艱難辛苦に誕生日の孤独がとどめを刺し、私は捨て鉢になったのだ。

 幽霊でも何でもいいから、おれを殺せよ! そう思って深更の霊園へ突撃した。

 頽れた私の頭に希死念慮と、以前に読んだ聖書の一節が浮かんだ。


「だれでも、持っている人は更に与えられ、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう( マルコによる福音書4:25)」


<了>

 






 

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