第4話

「――お前、なんであの奴隷に絡むんだよ?」



 赤髪の魔術師――ルークが前を行くアレクに首を軽くかしげながら問いかける。

 アレクは探索者らしく乱暴なところがあっても、一人の奴隷にあそこまで難癖をつけることは今までなかった。



「なんで、か……」



 アレクはあの奴隷が嫌いだった。弱いものが嫌いというのもあるが、それだけが嫌う理由ではなかった。

 アレクには、あの奴隷がどの奴隷よりも死にたがってるように見えた。

 にも拘らず、どの奴隷より意地汚く、苦しいこと辛いことにも耐え、生きることに執着している。

 それが気持ち悪く、なによりも不気味だった。

 それな思いを素直に口に出すのは抵抗があり、アレクはルークからの疑問を顔を顰めながらはぐらかす。 



「別に、気に食わないだけだ……」

「はぁ……そうかい」



 明らかに何か隠しているアレクからの応答に、ため息でこたえたルークはそれ以上アレクを追求することなく換金所に向かった。



----------------------------------------------------------------------



「いった……」


 

 リオは投げられた時に、ぶつけた所のケガの度合いを確かめながら立ち上がる。

 痛みはまだ続いているが、幸いなことに動きに支障が出るほどの怪我でなく、安堵する。



「――何のために生きてるか、ね……」



 リオは、最後にアレクが自分に吐き捨ててきた言葉を口内でなぞる。

 何のために生きてるかと言われればそれは――



(――帝国を滅ぼすため)



「はっ」



 胸中で呟いた無謀な目的に、リオは思わず苦笑する。

 そんな事は不可能だ。それはリオが一番よくわかってる。力も知恵もない弱者に、そんな大それたこと出来るはずがない。自分は弱者で大陸に覇を唱えようとしている帝国は圧倒的な強者だ。

 自分は遅かれ早かれ死ぬ。帝国を滅ぼすどころか、帝国になんの痛痒も与えられず死ぬだろう。そんなことはわかっていた。

 それでも、生ある限り足掻く。リオはそう決めていた。それがリオに生きることを望んだ家族へ報いることになると信じているからだ。

 何度も死にたいと思った。今でも心の底では死を願っているのかもしれない。でも自分から死を選ぶのは、大切な人たちの献身に泥を塗る行為だ。

 復習したいのは嘘じゃない、本心だ。それでも生き足掻くのは、復讐心よりも義務感が強かった。



「――はやく戻らないと……」



 リオは思考を断ち切り、急いで作業に戻った。




 幸いなことに監視官に目を付けられることなくリオは労働に戻れた。

 労働に戻ったリオは、ほかの奴隷五人と一時間ほど運搬作業に精を出していた時――



「――ん?」



 リオの耳が悲鳴のようなものと誰かの怒号を微かにとらえた。

 魔物の襲撃や見せしめの懲罰が日常的に行われいるため、悲鳴や怒号を聞くのは珍しくなかった。

 大分距離もあるため、リオはそのまま作業を続ける。

 魔物の襲撃であれば、探索者がすぐに駆け付けるだろうし、懲罰もじきに終わる。

 そんな状況に慣れていたリオは作業を続けていたが――



――長い?



 いつもなら収まっている時間に達しても、悲鳴や怒号が止まない。

 それにリオが疑問を抱いた時、明らかに魔物のものだとわかる咆哮が耳をつらぬいた。



「ッ――」


 

 周りにいた五人の奴隷は、突然の咆哮に身を硬直させる。

 リオはすぐに背負っていた石材を地面に落とし、騒ぎの場から距離を取ろうとするが。



――どこに?



 リオは既に拠点の外周に近い位置におり、魔物の咆哮は中心地から聞こえる。

 これ以上外側にでれば、魔物の生息地だ。

 魔物の生息地に入り込むのはただの自殺行為になる。

 リオはどうしようかと考え、周りにいた五人の奴隷は顔を見合わせていた時に、拠点の中心地から一人の男が息を切らして走ってきた。



「はぁっ――はぁっ――おいっ、おまえ達も魔物の鎮圧を手伝え!」



 商人の部下を務めていた長身痩躯の男が、リオを含めた奴隷に唾を飛ばしながら命令を下した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

醜悪の魔女と無力な奴隷 yama @kjfinsanfi135

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ