第3話

  歩くこと数分、リオは息を切らしながら簡素な柵で区切られた簡易墓地についた。

 墓地の入口に一人立っていた見張りの男がリオに声をかけてくる。



「一人か……ほれ」



 見張りは死体を視線だけで確認した後、リオに水が入った小さな小瓶を慣れた様子で渡す。

 渡された小瓶の中に入っているのは聖属性の魔法がかけられた聖水で、これを死体にかけるとアンデット化を防ぐことができる。

 リオは死体が落ちないように気をつけながら小瓶を受け取り、微笑をうかべお礼を言う。



「――ありがとうございます」



 見張りに軽く頭を下げ、リオは墓地の中に入る。

 墓地には大きな石を置いただけの簡素すぎる墓石があり、墓石が置いていない地には、人が十人は入れるであろう穴が等間隔で掘られていた。

 一つの墓石の下には十人ほどの死体があり、そんな墓石の数はすでに三十近くあった。

 既に三百人程の奴隷が、この地で死んでいる事実にリオは改めて危機感を抱いた。



(明日……いや、今日死んでもおかしくない――)



 今までの労働場所より群を抜いて危険な場所だと実感しているうちに、四人の死体が入った穴までたどり着く。


 頭が割れている死体。四肢が欠損している死体など、凄惨な屍が入っている穴の横に、背負っていた奴隷を寝かせる。

 

 リオは奴隷の頭からつま先まで丁寧に聖水を振りかけ、ガラス玉のような何も映していない瞳を閉じた。

 最後に、名前すら知らない奴隷の死体を穴の中にそっと下す。


 リオとこの奴隷との思い出は悪いものばかりだった。それでもリオは、死体を雑に扱おうとは思えなかった。

 それは、この奴隷も自分と同じ被害者で、奪われ虐げられる側の弱者だったからだ。

 そう思うと、自身に酷いことをしてきた奴隷にも同族意識が芽生えた。



――せめて安らかに……



 数秒目を瞑って祈った後、リオは駆け足で墓地から出る。

 早く作業に戻らなければ、折檻されるのは間違いないだろう。


 折檻されないよう、急ぎ仕事に戻ろうと走るリオの視界に二人の男が入ってきた。二人が身に着けている装備品はどれも一級品で一目で一流の探索者だと分かった。

 特に目立っているのは前を歩く、短くカットされた金髪の男で、身長は二メートルを超えて筋骨隆々、足取りは堂々としており素人が見ても強者と感じ取れる雰囲気を発していた。



――最悪だ……



 その男を認識したリオは心中で一言呟く。それと同時に男の鋭い金眼がリオを見据える。



「――おいおい、お前みたいなザコがまだ生きてんのか……」



 リオを認識した金髪金眼の一流探索者――アレクは、口元に嘲笑を浮かべながらずかずかと距離を詰めてくる。もう一人の赤髪の男もため息を吐きながら、アレクの後ろに控える。

 アレクは、奴隷の中でもとくに弱い自分に頻繁に絡んでくる。リオからすれば、この拠点で最も会いたくない人物の一人だった。



「あ……アレク様。お疲れ様です――」



 リオは内心を隠し、微笑を浮かべ頭を下げる。

 頭を下げているリオの目の前まで来たアレクは、リオの銀髪を掴み、力で顔を上げさせる。



「――ッ」

「相変わらず、ネズミみたいにコソコソと生きてんのか? 目障りなんだよお前みたいなザコは……」



 アレクはリオの顔を覗きながら嘲笑う。リオは痛みに耐えながら癖になった微笑みを浮かべ、許しを請う。簡単に自分を殺すことが出来る探索者にできることは少ない。



「――も、申し訳ありません……」



 アレクはリオの謝罪に顔を歪め、舌打ちする。

 アレクからすれば、侮辱されようが、理不尽に暴力を振るわれようが、誇りを捨てて生に縋るそのリオの姿は不快でしかなかった。



「ヘラヘラしやがって……。そんな風に生きるぐらいなら、死んだほうがましだろうがっ。なんなら、俺が殺してやろうか?」

「――おい、もういいだろう。さっさと換金に行くぞ」

「チッ――。わかってるよっ」

「――ぐっ」



 アレクの後ろにいた赤髪の魔導士が、アレクの肩に手を置き宥める。アレク置かれた手を払い、リオを地面に放った。

 換金所に向かうアレクは地面に投げ捨てたリオを一瞥する。



「――てめぇは何のために生きてんだ」



 最後に一言リオに吐き捨て、アレクは換金所へ向かった。

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