第2話
昔々、人類を滅ぼそうとした邪神がいた。
その邪神は強く、いくつもの国々が滅ぼされた。
そんな邪神の暴挙を阻止しようとする一人の剣士がいた。
彼女は不死身である邪神に唯一傷をつけることができた。
剣聖――人々は彼女をそう呼び、希望であった彼女に縋った。
彼女は人々の期待に応え、彼女を中心に世界から集められた強者とともに邪神へ挑んだ。
激戦の末、彼女は邪神を追い詰めた。
死期を悟った邪神は自身を追い詰めた剣聖を憎悪し、呪いをかけた。
彼女は邪神が自らの命を生贄にささげた強力な呪いに蝕まれた。
呪いによって彼女の姿は醜く変化した。それだけでなくその身を認識した相手に強制的に極大の嫌悪を抱かせる呪いにも苛まれた。
人々は助けられた恩を忘れ、呪われた彼女を『醜悪の魔女』と呼び忌み嫌った。
彼女はそんな人々から離れ、人のいない森へむかった。
彼女はその森で死のうと思った。生きている理由も意味もなかった。
だか彼女は死ねなかった。
邪神がかけた呪いが死を許さなかった。
邪神は彼女を未来永劫苦しめるために、その肉体を不死身に変えたのだ。
その事実に絶望した彼女は今もその森で生き続けている。
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リオは現在『魔女の森』と呼ばれている森林で奴隷として仕事に従事している。
魔女の森とは一千年以上前から存在するとされている、醜悪の魔女が住んでいる森で、その魔女の魔力により変質した人を襲う植物や強化された魔物達が生息している世界有数の危険地だ。
変質した植物や魔物から取れる素材は従来のものと比べ効果が強化されていて、並の物よりもずっと高く売れる。
そのため、腕に自信がある探索者や、野心のある商人が後を絶たない。
リオはそんな商人によってつれられ、伐採された木や土、水を指定の位置まで運ぶという作業繰り返していた。
「はぁ……はぁ……」
炎天下の中、重い荷物を何度も運んだせいで呼吸が荒れ、足が重くなる。額からは大量の汗が流れ、喉が渇く。
それでも、体にムチを打って歩く。
休みたいが許可なく休めば、職務怠慢とみなされ殺される可能性もある。実際つい五日前にサボった奴隷が見せしめとして殺された。
奴隷の気を引き締めるため、サボれば殺されることも少なくない。
リオたち奴隷なんていくらでも替えがきいてしまう。
だからこそ殺されないよう忠実に働かなければならない。
「ふぅ……」
背負っていた砂袋を指定の位置に降ろす。
一息つきながら額の汗を腕で拭い、見咎められないようすぐ小走りで次の場所に向かう。
次は拠点と森の境界線に伐採された木を取りに行かなければならない。
拠点は森に囲まれていて、木々の間からいつ魔物が現れてもおかしくない。
警戒しながら森のほうへ進んでいくと、ちょうど武器と防具を血で汚した四人の探索者が森から出てきた。
「――チッ。奴隷が死んじまったせいで無駄に金がかかるっ」
「……まぁ。素材を売れば余裕で黒字だし、いいんじゃないか?」
先頭を歩く背中に大剣を背負った大男が渋面を浮かべながら吐き捨て、後ろにいた細身でローブを羽織った魔術師であろう男が大男をなだめる。
その後ろからついてきていた二人の探索者の内一人が誰かを背負っていた。
「――あっ」
思わず声が漏れる。
背負われていた男は今朝、僕のパンを蹴飛ばした奴隷だ。
口からは血が漏れ、瞼は開きっぱなしで宙を眺めているその奴隷は明らかに死んでいた。
「――ん?」
奴隷の死体を背負っていた探索者は、思わず足を止め目を向けていたリオの視線に気づきリオに声をかける。
「――そこの奴隷っ、ちょっと来てくれ」
呼ばれたリオは走って探索者のもとに向かう。
探索者からは思わず顔を顰めたくなるような、血や臓物の臭いが漂っていたが、もちろん顔には出さない。
荒れた呼吸をそのまま、機嫌を損ねないよう呼んできた探索者へ丁寧に話しかける。
簡単に自分を殺せるであろう力を持った探索者に対する対応は慎重にしなければならない。
「――な、何か御用でしょうか。探索者様」
「これの処分を頼む」
探索者は奴隷を指さし、死体の処理を頼んでくる。
まるで壊れた道具に対する扱いだった。
リオに対しても比較的丁寧な言葉遣いをしているが、その目は人に対するものではなかった。
そのことに対しリオは憤りを覚えたが、表には出さず、笑顔を浮かべ了承する。
「――お任せください」
頭を軽く下げながら死体を受け取る。
探索者から受け取った男の奴隷は左胸から右の横腹まで大きく、深く裂けていた。
抜けた血と溢れた臓物が多かったのか、リオよりも大きな体をなんとか背負うことができた。
リオに死体を任せた探索者は、こちらに見向きもせず仲間の背中をスタスタと追う。
それを見届けたリオは、簡易墓地へと歩く。
道中、まだ生暖かい死体から流れ出た血が、服を通して自分の背中に染みてくるのをリオはずっと感じていた。
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