醜悪の魔女と無力な奴隷
yama
第1話
「好きです……」
少年――リオは目の前にいる醜く悍ましい化け物を、優しく抱きしめる。
腕の中で化け物は、内心の激情が溢れているのか、小刻みに震えている。
リオは化け物を抱きしめつつも、ムカデやゴキブリに包まれた方がずっとマシだと思える程の生理的嫌悪感に苛まれる。
それでも、嫌悪感を内側に隠し、目を見つめ精一杯の笑顔を浮かべる。
「――ずっと一緒にいてください」
化け物は震えながら、恐る恐る、ゆっくりと毛が生えた触手のような何かでリオの身体を包み込もうとする。
この化け物は人に拒絶されながらも、人を恋しく思っている寂しがり屋だ。
恐ろしいのだろう、拒絶されるのが、触れた瞬間に嫌われる可能性が。
「――――初めてあなたから触れてくれましたね……」
リオは出来る限りの嬉しそうな微笑みを見せる。愛されるために、最高の戦力を手に入れるために。
必要だ。腕の中にいる化け物が、この厳しい世界を生き抜くために。すべてを奪ったあいつらに復讐するために。
そのために、この悍ましくも愛おしい化け物に愛される必要がある。
代わりに一生君に尽くそう。君の望む態度をとり、君の望む言葉を吐き、君だけの僕でいよう。
だからさ……
――――――すべて壊してくれよ?
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――夢を見る。
それはリオにとって忘れることのできない、幸せだった何でもない日常が壊れた時の記憶。
リオの住んでいた村が帝国との戦争により、戦火に包まれた。
毎日一緒に遊んでいた幼馴染達や顔は怖かったが優しかった隣人の爺さん、よくお肉をお裾分けしてくれた、狩人のお兄さん。
そういった親しい人たちが剣で斬りつけられ、魔術で焼かれ殺されていく所が目に映る。
村のあちこちで泣き声や苦痛に喘ぐ声、叫び声が耳にはいる。
血や人の焼ける吐き気を催す臭いが鼻につく。
どうしようもなく無力な少年は、それを見て咽び泣くことしかできなかった。
そんなリオを生かすためにリオの大切な家族たちが戦い傷ついていく。
やめてほしかった。自分なんかのために命を削る様なことをしないでほしいとリオは思った。
願いは叶わず、父と兄と姉はリオを逃がすために死力を尽くし死んだ。
そして、だけが生き残った。大切な人達がいなくなった世界で。
もう死んでしまいたかった。だか、許されるのだろうか?
大切な家族が命を賭し、生きながらえたこの命を捨てていいのだろうか?
――いいはずがない。
リオにとってそれは、家族の命と意思を蔑ろにする行為だった。
大切な家族の献身を無駄にするようなことは自分自身が絶対に許せかった。
生きなければいけない。何をしてでも。それが家族の命と引き換えに生き残った義務だとリオは思った。
――何をしてでも生き残る。
生き残って……いつか、いつか必ず――――
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「――ぅん」
意識が夢から現実へ戻ってきてリオが最初に感じたのはカビと埃と汗が混ざった臭いだった。
ゆっくりと目を開けると、筋肉質な男の背中が見える。身に纏っている服はお世辞にも上等な物とは言えない。使っている布の質は最底辺、さらに所々穴が開いている。
頭を振り眠気を払いながら、胸にかかった悪臭漂う布をどけ上体を起こし周りを見渡す。
雨風がギリギリ防げるボロボロの小屋に、さっき目の前にいた男と同じ衣類を纏った男達が十数人いる。
ここにいる男達はリオを含め商人に買われた奴隷だ。
リオはあの日、逃げた先で山賊に捕まり奴隷商に売られ奴隷として生きてきた。もう二年になる。
「いい夢を見させてくれてもいいのに……」
頬に伝った涙を拭いながら小さく愚痴る。
故郷での楽しい思い出もたくさあるにもかかわらず、見る夢はいつも決まって悪夢ばかりだった。愚痴りたくもなる。
憂鬱な気分を振り払い、水浴びすら殆どできていないベタついた体を動かし起きる。
怪我の確率を下げるためその場で軽く体をほぐす。生存率を上げるためには準備運動は必須で、仮に大怪我を負い働けなくなれば奴隷である以上用済みになる。
体が強くないリオは猶更気を付けた。
体をほぐし終わったところで目覚ましの鐘の音が鳴った。
周りの奴隷が億劫そうに起き、速足に小屋から出る。もし遅れれば懲罰を受けることになり、寝坊する者はいない。恒常化すれば処分される可能性もある。
集合場所に着くと点呼があり、それが終わり次第食事がはじまる。
「さっさと食って働けよ奴隷ども!」
奴隷の主人である恰幅のいい商人の男が、リオたちに向かって怒号をあげさっさと外へ出る。
手早く食事を済ませようと黒パンに手を伸ばそうとしたときに、隣にいた奴隷にリオのパンが蹴とばされる。
リオは落ちて汚れたパンを拾い、汚れた部分を手で払う。
「――はっ」
パンを蹴飛ばした奴隷はそんなリオを鼻で笑う。周りに三人いる取り巻きの奴隷も口元に嘲笑を浮かべている。
同じ奴隷同士仲良くとはいかず、奴隷の中でもヒエラルキーがある。奴隷の仕事のほとんどは肉体労働で、力の弱いリオは奴隷の中でも立場が低い。
「ニヤニヤしやがって。気持ち悪い……」
取り巻きの一人が嫌悪で口を歪めて吐き捨てる。
リオは癖になった微笑を浮かべながらパンを口に入れる。
微笑みは怒りや悲しみなどの感情を覆い隠してくれた。何か嫌なことがあるたびに笑顔を貼り付け溢れそうになる何かに蓋をした。
そんなことを続けていくうちに、いつの間にかつらいこと苦しい事があるたびに笑顔を浮かべるのがリオの癖になっていた。
「――チッ」
隣の奴隷達を無視して食事を続けていると奴隷は舌打ちをし、自分たちも食事を始めた。
暴力は振るってこず、嫌がらせ以上のことはしてこない。奴隷は主人の所有物であるため、怪我をさせれば自分たちが罰せらるとわかっているのだろう。
主人によっては嫌がらせ行為であっても罰せられる可能性があるにもかかわらず、嫌がらせをするのはストレス発散なのだろう。
奴隷の扱いは酷く、人扱いはされない。他人に見下され、嗤われ、誰からも感謝されず、報酬もなくきつい仕事をこなさなければならない。
だからこそ自分より劣った自身をいじめて嘲笑って、悦に浸っているのだろう。
そうすることでなけなしの自尊心を保っている可哀そうな人達なのだ。
リオはそう思い、いじめてくる奴隷に対する怒りを抑えた。
「――んっ」
そんな益体のない思考をしながら、美味しくないスープを飲み込み、最後に水を流し込む。
ちょうど食事が終わったあたりで戻ってきた主人が奴隷たちに怒号を発する。
「のんびり食ってないでさっさと配置につけっ!」
まだ食事が終わっていない奴隷は急いで口の中に食べ物を詰め、食事がすんだ奴隷は小走りで指定の位置に向かう。
リオも自分の仕事場に向かう。
仕事はつらく危険で、死んだ奴隷も少なくない。向かいたくなくなる気持ちを押さえつけて笑顔を浮かる。
――大丈夫。
リオはそう自分に言い聞かせた。
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