最終話 鈴蘭の花言葉

時間は少し遡り、鈴蘭が精神世界で鬼と戦っている中。


現実世界では暴走する鈴蘭をカイが足止めしていた。


「くっそ、バカみてぇに強え。俺も強くなったハズなのによ!!」

黒い影に飲み込まれた鈴蘭と戦いながら、カイは苦しい表情を浮かべる。


周りを見渡すと大勢の妖怪の大軍とジンの両親である那月と恭が戦っている。


「ダメだ!この子達、完全に悪意に飲み込まれてる!!私の術が効かない!!」


「完全に天邪鬼の作戦通りってことかよ!!大妖怪もあいつの前じゃコマ同然か!」


恭は半分の肉体を妖怪化させて戦っているが体力の消耗が激しいらしく一体の妖怪にかなり時間を要しながら戦っている。那月の方はどうやらぬらりひょんの力を使えないらしく苦戦を強いられている。


一方その頃カイを手伝おうとしていた鈴蘭の母親である果伊菜、月花、陽太は、琴上寺の老人たちに道を阻まれている。


「おじぃちゃん達道避けてよ!鈴蘭を何とかしないと!」


「何をぬけぬけと。貴様が鬼の元凶。封印をといたのじゃよ。琴上寺において百合野一族と繋がった貴様をまずは始末しないとな。長年、シノブが、守っていたようだが。今回に限り百合野一族と意見があってな。ワシらはお主たち、鬼の力を分け与えられた貴様らを殺す。そして百合野・幌先は鈴蘭を封印するそうじゃ。」


「まったく、面倒な時に来ますね。散々あの子たちに辛い思いをさせて、手がつけられなくなったらこうですか。」

陽太は怒りを露わにする。自分の元生徒を侮辱され、自分勝手な年寄りに嫌気がさしている。


「私も同意見よ。あなた方お偉いさんは散々間違えてきた。過去に縛られ自分勝手に。押し付けられた、今頑張っている人たちの苦労を何も知らずに!」

1番近くで果伊菜の苦しみを見てきた月花はさらに怒りを露わにする。


「ぬるいわ!三流どもが!!!ワシらの先祖の苦しみを何も分かっておらぬわ!」

老人の1人が杖を振りかざし霊力を解放する。


「知らないわよ!今の私たちには何も関係ない!!!」

その霊力を右手でなぞるようにして果伊菜は振り払う。


「さすが鬼の継承者よのう。ジンと恭の始末を妖怪共に任せて正解じゃったわ。」


「なっ!?……お前ら、本当にクズのようだな!!!」

陽太は全身に力を込め霊力をフル解放する。


「使えるものはなんでも使わないとな。そして生き残るのは我らが琴上寺だ。ククク、ハーハッハッハッ!!!!」


どうしようもない、欲望と憎悪の塊。その姿を目に果伊菜は理解する。


「天邪鬼に支配されてるみたい。本当にどうしようもない一族なのね。」


悲しげな表情で果伊菜は呟いた。


「ったく、皆面倒なことになってんな。俺一人で頑張るしかねえか。」


刹那。肩にそっと手を置かれる。

「悲しいこと言うなよ。俺がいるだろ?」


カイが振り返るとボロボロのジンがそこにはいた。

「……お前!?九尾はどうした!」

「倒したよ。…救えはしなかったけど。」

「…そうか。でも今目の前にいる人はまだ助けられるはずだ。」


「ああ。あいつは…鈴蘭は俺が迎えに行く。待ってるからな。」

ニコッと微笑むジン。その姿に安堵するカイ。後ろから見守るモモコ。


「後はお前だけだぜ。鈴蘭!!!一緒に世界変えようぜ!!!」


ジンは勢いよく飛び出す。霊力はもうほとんど残っていない。ギリギリの状態。しかし。


「体がすげぇ軽いんだ!鈴蘭!!お前の辛い攻撃なんて今なんともねえ!!だから……長年お前を苦しみた俺に全部!ぜーんぷ!ぶつけこい!!」


ジンはひたすら鈴蘭に真っ直ぐ進む。今彼を動かしているのは正しき感情、プラスの力。人が本来持つ最強の力なのだ。


天邪鬼が放つ負の感情が徐々に浄化されていく。その様子を誰もが理解した瞬間だった。


「いっけぇええええ!ジン!!!」

後ろから援護をしながらカイが叫ぶ。


「見せてやるよ!!天邪鬼!!!てめえに俺の奥の手!!!俺に力をくれ!!!!『ぬらりひょん』!!!」


ジンは取り出した刀と共に全力の一撃を天邪鬼に喰らわせる。刹那、ジンに天邪鬼の攻撃が直撃したが、のらりくらりとジンは姿を消し何百という刀の一撃を与える。


「幻影剣・百鬼夜行!!!」


ぬらりひょんとは取り柄ようのない概念そのもの。時代と共に変化し続ける存在。例え最強の妖怪でもぬらりひょんを理解することは、ましてや捉えることは出来ない。


「戻ってこいよ!鈴蘭!術式発動!強制分離!!!」

ぬらりひょんの概念に囚われ鈴蘭と天邪鬼の心が別々になる。その隙をつき、ジンは妖怪と人を分離させる能力を発動させる。


この力は精神世界における魂がハッキリと別れている時、尚且つ本人が離れたいと思った時にしか使えない、局地的な術式であり、ジンにとって賭けであった。


刹那、鈴蘭は精神世界で叫ぶ。


『再び訪れる幸せな世界へ!!!』


その言葉がトリガーとなり、鈴蘭と天邪鬼は現実世界で別々に別れる。


それは鈴蘭の帰還を意味し、また、天邪鬼の完全なる具現化を意味する。


帰還した鈴蘭はとても美しくまるで一輪のユリの花が咲いたような様子を見せる。

髪の毛はユリノと同じように白く染まり、腰まで長く伸ばされている。また、美しい絹の着物に包まれている。


「ようやく、戻ってきたかよ、鈴蘭。こっからだぞ。」

「そうだね。まったく……散々待たせておいて、これだもんな。ジンくんは。」


「だからってあんたも毎回人騒がせなのよ。鈴蘭。でも戻ってきてくれて良かった。」


モモコは足を引きずりながら優しく鈴蘭に近寄ってくる。


ほぼ霊力を使い果たしたカイもその様子を少し後ろから眺める。


「モモコちゃん、私……ごめん。色々あって、辛い思いをさせて。」


「いいよ。結果こうやって4人揃ったんだから。……それにいつもあんたに大変なことをやらせていたのは私だから。私にも力があったはずなのに。」


「……俺もすまなかった。鈴蘭。俺が馬鹿だったから、ここまで話がややこしくなった。俺がみんなを信じられなかったばっかりに。」


「全く。ほんとだよ。どれだけ待ったと思ってるの?でも信じてて良かった。やっぱり……私の好きな人は変わってなかった。」


鈴蘭は少し顔を赤らめてジンを見つめる。


ずっと想いすれ違ってきた2人。もう2人に迷いはない。


「……お、おう。待たせて悪かったな。そっちも変わってなくてよかったよ。俺もーその、えーっと…」

ごにょごにょとなにか口にするジン。

「あ〜!ジンくん照れてるぅー!」

「おっ!チューか!チューなのか!」

すかさずカイとモモコが冷やかしを入れる。


「あーもう!!慣れねーな!いいから、あいつ何とかするぞ。」

「ふふ。そーだね。後でちゃんと聞かせてよ?」


「とは言ってもどーすんの。ゆーて、最強の妖怪。私はもちろん、みんなボロボロだよ。」


モモコが戦闘態勢に入りながらこれからどうするか、全体に確認する。モモコの言う通り皆霊力を使い果たしている。

強くなったジン、カイであってもフルパワーで時間を稼ぐのがやっと。モモコは霊力切れ。鈴蘭は霊力の大半を持っていかれている。


「どうやら、分はこちらにあるようだね。鈴蘭。観念して僕との世界にしようじゃないか。……あーそうだ。君たちの力は返してもらおうかな?今の君たちには必要のない力だろ?」


影から姿を表した少年ーーー天邪鬼は瞬時にモモコ、カイ、ジンの背後に移動し負の感情で作られた天邪鬼の力を抜き取られる。


「これは、昔大蛇、九尾、天狗に預けた力さ。君たちは元々持っている本来の力で僕を倒してくれよ。できるんだよね?鈴蘭。」


そう話しているうちに天邪鬼の力は本来の姿に戻りつつあった。身長は伸び美しい美少年の鬼に成長する。


「これってピンチじゃね?なんか策あんのかよ。」


ジンが問う。


鈴蘭は考えていた。この状況を乗り切る方法を。


「さてと、つまらない幕引きだね。ならせっかくだし、オーディエンスを盛り上げようか。」


片手にいつかの日見た事のあるエネルギーを形成する天邪鬼。


「これ見た事あるよね?ジン。もう1回妖怪の感覚を取り戻してあげるよ。」

「ジンくん伏せて!!!」

鈴蘭が大声でさけぶ。


刹那。


「なーんてね!!!!」

天邪鬼は手に集めたエネルギーをジンの父親である恭に向けて放つ。


全員が絶句した。


あのエネルギーは人を少なくとも妖怪としての本能を呼び覚ますものだ。


「っ!?ぁあああああっ!!!!!」

恭の悲痛の声が響き渡る。


そうーーー彼の半分は九尾なのだ。


「と、父さん……」

「くっははは!!!滑稽だな!!人間よ!!!一族で潰し合い妖怪に身を染め、世界を喰らうか!!!貴様らにお似合いではないか!!!さぁ最後の鍵だ。座敷童子。貴様の役目を果たし我を完全に復活させよ!!!!今度こそ僕は!!この世界を浄化するのだ!!!!」


絶望する。全員が絶望する。


これで全て終わってしまうと。


ただ一人をのぞいて。


「まだ何も……終わってない!!!!!」


「よく、諦めなかった。……はは、天邪鬼。貴様の負けだ。」


天邪鬼に引き寄せられる座敷童子がニヤリと笑った。


「もう鍵は持ってない……私は、な。」


「なっ!?……やってくれたなぁあああっ!!人間風情がァァ!!!!」


「これで全てを終わらせる。また会おうね。今度は悪意なんてない。そんな世界で!!!!」


鈴蘭は高らかに叫ぶ。


かつて、天邪鬼が天を邪魔した正しき心。


主を思う純粋な気持ち。


そして全ての妖怪、全ての感情が鈴蘭に集結する。


妖怪を愛した鈴蘭。彼女の元に。


「行け!!!鈴蘭!!」


全ての気持ちがひとつになる。


『天探女!!!!!』


それは天邪鬼の真の名前。


世界は白一色に染る。鈴蘭の諦めない心が奇跡を起こした瞬間だった。座敷童子が持つはずの最後の鍵『天探女』。それは鈴蘭が持っていたのだ。


その力は、天邪鬼の、いや、あの日の少年のこころを蘇らせる。


それに反応するかのように天邪鬼によって作られた悪意は消えていく。復讐心も、恐怖も、絶望も、全てはその先にある希望、幸せへと繋がっていく。


心を失っていた者も、己の悪に染まったものも、身体を獣に変えたものも、皆、善意へと置き換わる。




そしてーーーー。


「どこで間違えたのだろう。僕は。自分で自分の悪意に飲まれて」


彼はもはやただの少年。ただ浄化されていく。


「ユリノ。すまなかった。」


「いいんだよ。間違えたのはみんな同じだから。……これ、持って行って。」


もう顔も分からない。

誰かに白い花を渡された。


「はは、そういうことか。」

「花言葉。知ってるでしょ?」


「ああ。作ってくれ。君たちで。」


「またね。」


少年の姿は消えていく。それに呼応するように人々や妖怪の悪意が消えていく。





「……終わったな。」

「ええ。そう。終わったよ。……でも。」


「これからだよな。」


鈴蘭と人は並び立ち、昇ってくる朝日をみつながら呟く。


これが新時代の幕開けなのだと座敷童子はそう感じていた。


「最後の最後に詩歌に助けられたな。」

背後からシノブが座敷童子に話しかける。


「土壇場で思い出したのさ。詩歌は私に最後の贈り物をしていた。」


「アイツが昔からよく使っていたタンスだろ。座敷がなんであそこにとどまっていたのかようやく分かったよ。位置と方角、霊能者にとって思い入れの深いもの、そこに術式ね。」


「あぁ。私の最後の鍵としての能力を鈴蘭にとっくの昔に渡していた。あのタンス、アンタが買ってやったんだろう?初めて一人暮らしする時に。」

「さて。どーだったかな。やけに大事にしていたな。」


「まったく、アンタらから始まってんだからね。鈴蘭とジンのことよろしく頼むよ。」


「ああ。課題は山積みだがな。まあでも味方はいるみたいだしな。鬼も三大妖怪もいなくなった。頭の固い連中も、アイツらに任せるしか道はないさ。……最初は老人のワシが叩かれるだろうがな。」

「そーだな。しっかり反省してろ。」


朝焼けが鈴蘭、人を照らす。


『人と花が並び立つ時』それはきっと幸福がもう一度訪れる時。それを意味していたのではないだろうか。


「鈴蘭、俺お前のこと好きだ。お前いねーとまた間違えそうだ。」

「ふふ、そうだね。ジンくんは頭硬いから。」


「待っててくれありがとうな。俺たちで世界……変えていかないか。まだなにしたらいいか、分からないけど。」


「うん。それでいいだと思うよ。きっと正解とかなくて。幸せになるために頑張ることが大切なんだよ。」


「はいはーい。何時までもいちゃつかないで。私の鈴蘭から離れてちょうだい!」

煮え切らない二人を見兼ねてまだ時間がかかると思ったモモコが間に入る。


「ちょっ!モモコ!」

「ま、俺らは仲良く男飯行こーぜ。」

カイがジンの肩に手を置く。


「俺らの方が先越した見てーだな?」

嫌味っぽく言うカイ。

「うっせ。俺らは清い交際なの。」

「えぇえ。そうなの?てかお前ら付き合ったん?」

「なぬ!?告ったらもう付き合えるやつじゃないのか!?」

「私まだ返事してないよ。」

「おぉおい。すずらぁん。たのむよー!付き合ってくれよお!!!」

「鈴蘭怯えてるから。ほら、どっか行った!」


和気藹々とした様子。響き渡る笑い声。見守る大人たち。


こうして数年越しに平和が。


鈴蘭が守りたかった世界がそこにはあった。




ーーーーー数年後。


「おかあさん!!行ってくる!!!」

「はいはい、走らないでね。お父さん帰ってくるまでに…」

「分かってる!!帰ってくるから!!」


一人の少女が家を急いで出ていく。

そんな姿を見つめる女性は、ポツリと部屋に置いてある写真を見て呟く。


「あなたと同じで元気だね。みんな元気かな。」

その写真にはジン、モモコ、カイ、鈴蘭が写っている。


公園に着くと少女は大はしゃぎで遊び出す。

まだお友達はきていないようだ。


勢いよく走り出すと少女は思いっきり転んでしまう。


「いってててて。やっぱ走ると危ない!うん。」

「君、怪我はしてない?」


少女と同じぐらいだろうか。少年が心配そうに手を伸ばす。


「あ、ありがとう!!!あなた名前は??見たことない人!」

「えっと、そうだね。今日引っ越してきて。あはは。僕はアマノっていうんだ。天野真護。よろしくね。君は?」

「私!?私はね!琴上幸理!ユリっていうの!」

「そうか、凄い綺麗な名前だね。」

お互いに自己紹介をする。そしてユリはあることに気がつく。


「その手に持っているお花は何??」

「あぁ。この花はね。鈴蘭っていうんだ。綺麗でしょ?」

「ほんとだ!綺麗!あっそうだ!!そのお花の花言葉って??あるんでしょ!花って!!」


「うん。この花の花言葉はね……」






『鈴蘭の花言葉』完。

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鈴蘭の花言葉〜妖怪が見える少女と運命の物語〜 パスタ・スケカヤ @sukekaya

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