正真正銘の正統派架空戦記

工学畑の大学生が昭和初期のエンジニアに憑依するというところからはじまる作品だが、読み進めるとすぐそんな設定は頭の中から消えてしまう。
待ち受けるのは恐ろしいほど緻密に語られる発動機開発の工学的裏話。話が進むにつれて未来知識の割合は増してくるが、それでも情報の密度は変わらない。適度に読み飛ばすでもしないと工学の授業を受けている気分だ。しかし、それを踏まえた先にある「激闘編」は、まさに痛快で理想的な、しかし現実的で硬派な架空戦記である。
無礼を憚らず既存作品で例えるなら、『覇者の戦塵』シリーズの技術史シミュレーション的側面を大幅に深掘りしたもの、というべきだろう。重厚な背景情報に裏打ちされた実験・戦闘描写は実に圧巻。技術説明部分を読むのは大変だがしかし、がんばって読めば楽しさが数倍増すこと請け合いである。
もっとも日本の工業力については史実よりもかなり高く設定されている節はあるが、綿密に設定した技術力を遺憾なく発揮するためと考えればそのあたりは目を瞑るべきだろう。蒼穹の裏方のさらに裏方では、軍需生産を滞りなきものにするために生産改善に尽力する人がいる…など妄想するのも面白い。というかそんなことを気にする暇がないくらい情報量が膨大だ。作者はいったい何者なのだろうか。
無料で読むには勿体無い(尤も商業だとここまで工学的な小説は却下されるだろうけど)、何年かかってもいいから完結を願いたい、というかむしろ長く楽しみたいから更新は遅めでもいい、と思ってしまうレベルの傑作。ぜひご覧あれ

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蒼穹の裏方

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