もしも(模試も)トラックに乗ったなら

如月芳美

第1話

 ヤバイ。遅刻する。今日は模試だから遅刻は絶対に許されない。それなのに今日みたいな日に限って寝坊するんだ。許すまじ。

 あたしは大急ぎで支度を終えると、パンツ見えるんじゃないかってくらいの全速力で学校までの道を走った。

 大丈夫、汗だくでハァハァ言いながらでも、間に合えば受けさせてくれるはず!

 だが次の瞬間、その望みは消え去った。

 交差点に差し掛かったところで、トラックの運ちゃんと目が合った。間に合わない、そう思った時にはぶつかっていた。


***


 気づいた時には真っ暗闇の中にいた。

 ああ、あたし助かったんだ。でも真っ暗ということは失明したかな。命があるだけマシか。えー、でも失明してたら模試受けらんないじゃん、ショックすぎ。

 ここは病院かな。でも心電図の音とかしないな。何の音もしない。鼓膜もイカれたのかな。

 と思ったのも束の間、誰かの陽気な鼻歌が聞こえてきた。よし、聴覚は生きてる。だけど人がこんな目に遭ってんのに、鼻歌とか酷くね?

 そしたら今度はギコギコギコと凄い音。ナニナニナニなんなのこれ!

 えっ? 光? あたし失明してない?


「おお、これはふくふくと肥えた良い子じゃ」


 誰、失礼過ぎること言うヤツ! マジムカつく。

 どうやらあたしはそいつにお姫様抱っこ……とはちょっと違うけど、なんか抱き上げられたっぽい。ぽいってのは、眩しくてなんにも見えないから。そいつの顔も見えない。

 だが、あたしはなぜか強烈な睡魔に負けてそのまま眠ってしまったのだ。病院から誘拐されてるっぽいのに!


 次に目を覚ました時は、周りが良く見えていた。古めかしい日本家屋。どっかのお爺さんとお婆さん。

 二人はあたしを見ると「おや、目を覚ましたようだね」と言い合った。


「あのー」と言ったつもりだった。言えてなかった。出た声はあたしの声じゃなくて赤ちゃんの声だった。


 ちょっと待った! まさかあたしはあの時点で死んでしまって異世界に転生した系ですかね? あたしはラノベ読まないんですけど! 勉強が忙しくてそんな暇ないんですけど!

 だが、手や足を確認しても、赤ちゃんのそれしか確認できず。

 認めるしかなかった。あたしは転生したらしい。


 何かがオカシイと思ったのは二日後だ。

 あたし赤ちゃんですよ? 生まれて二日で首座ったりしないでしょ? でもね、もう歩いてんの、おかしいでしょ? 言葉だって喋ってんのよ、おかしいって。

 なのにみんな天才だ神童だって、ちょっと考えりゃおかしいのわかるじゃん、三歳児じゃないんだよ、こちとら二日の新生児だよ。おしめも取れてるっておかしいでしょ? 疑問に思えよ!


 っていうかさ、あたし竹の中にいたらしいんだよ。サイズは三寸、9センチ。それがあっという間に大きくなっちゃって元に戻っちゃった。もうフツーに女子高生。今までと違うのはバリバリのモテ期到来ってこと。


 次から次へと求婚者が後を絶たないわけよ。だけど、ここの人ってなんかちょっとおかしいんだよね。生理的に無理な感じ。だけどはっきり言うわけにはいかないからテキトーにごまかすじゃん。そこでストーカー気質の五人組が、自分たちの中から結婚相手を選べとか言いだしたわけ。マジキモいし。

 でも世話になったお爺さんとお婆さんもそうしろって言うし、しゃーないから、なんとか断ろうと思って条件を出したわけ。


『あたしが出した問題を、明日の夜明けまでに解いて来い』


 ナントカのミコとかダイナゴンとかそんな名前らしいけどいちいち覚えてないから、1号から5号まで番号を付けた求婚者にそれぞれ問題を出したのよ。もちろんちゃんと答えを考えてきたんだけど、その回答がいろいろおかしい。


「この池の周りを回ってる兄弟は、どうしてグルグル回ってるんでしょうねぇ。弟に追いつかなくてもここで待っていれば弟は来るじゃないですか。来たら一緒に帰ればよろしい」

 ご尤もよね。ほんと1号の言うとおり。でも正解しないから失格。


「月では兎が二羽で餅つきをしている」だって、本気で言ってんの?

 それ静かの海、晴れの海、豊かの海! 2号も失格。


「葉っぱが緑に見えるのは、緑色だから」ってそのまんまじゃん! アホなの?

 そうじゃなくて、緑の光だけを反射してそれ以外を吸収してるからでしょ、ハイ、3号失格。


「お婆さんや、かぐやはちょっと厳しいねぇ」

「お爺さん、かぐやは頭がいいんです。これくらい答えられなくてはかぐやに釣り合いません」


 まあ、アホとは付き合えないじゃん?

 そんなわけで全員玉砕したわけ。コイツら勉強したこと無いのかね。きっと点Pとか言い出したら絶対パニクるよ。なんたって点Pって絶対ジッとしてないからね。


 やっとストーカー五人組を追い払ったと思ったら、びっくりなことに空からトラックみたいなのが下りてきたんだよ。いったいどんな技術? ドローンみたいなやつ? それともUFO的な何か?

 そのトラックから運ちゃんが下りてきて、やっぱり求婚するわけよ。もう、うんざり。


 ところが! 運ちゃんは解いちゃったのよ! テキトーに出した問題なのに。


「θは鋭角で、cosθ=1/3をみたすときのcos2θの値ですか。これは2倍角の公式を使えばいいですね。えーとcos2θ=2cos²θ-1で、この式にcosθ=1/3を代入すると…… -7/9ですかね」


 ぶっちゃけあたしも答えがわからない。それをサラリと解いて、逆質してきたんだ。もしもこれが解けなかったら来てもらいます、と言って。


「三角形ABCに於いて、角A=60度、角B=45度、AC=√2であるとき、BCの長さをどうぞ」

 

 わかるかーい!


 あたしが固まっていると、彼はにっこりと笑って「2角と1辺が与えられていますから、正弦定理を使います」と言って筆を持ち、「BC/sinA=AC/sinBより……」とか言いながらサラサラとやり方を書いて見せたんだ。


 あーもうダメだ、この人の嫁で決定だ。あたしは諦めてトラックに乗ろうと決意した。

 彼は紳士的にあたしの方へと手を差し出してこう言った。

「この調子なら模試も大丈夫ですよ。まだ時間は間に合います。早く乗って」

「へ?」

 訳がわからず、その手を取ってトラックに乗り込んだ瞬間、目から火花が飛んだのだ!


***


「痛っ!」

 倒れたあたしの頭上で「大丈夫ですか」って声が聞こえる。

「立てますか? 怪我はありませんか?」

 あ、そうだ。模試!

「それどころじゃない、急がなきゃ!」

 あたしは全力疾走して学校に飛び込んだ。


 ええ、そうですよそうですよ。数学は苦手ですよ。さっぱりわかりませんよ。

 ところがなんだか記憶に新しい問題が出たんですよ。


問2.三角形ABCに於いて、角A=60度、角B=45度、AC=√2であるとき、BCの長さを求めなさい。


 待って、これさっきやった。正弦定理を使うんだ。

 嘘みたいにスラスラ解ける。あのトラックの運ちゃんのお陰だ。

 

 それにしてもぶつかった一瞬で随分長い夢みたいなものを見てたけど、あれっていわゆる「走馬灯」ってやつなのかな。まさか異世界行ってたとか?


 っていうかさ。それ以前にさ。


 あたしどうしてぶつかったのが「トラックの運ちゃん」だって思っちゃったんだろう。それ、一番ナゾ。

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もしも(模試も)トラックに乗ったなら 如月芳美 @kisaragi_yoshimi

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