ダム
高黄森哉
記憶にある光景
地元のダムの画像を調べていた時のこと。目を瞑ると淡い光に包まれている。ここは記憶の中の世界。それは余りにも遠い記憶で、霞掛かっている。幼少期の追憶か。
廃虚の中だ。室内は涼しく薄暗い。照明はないが、玄関やタイル張りの壁に嵌められた分厚いガラスから、光が注がれる。玄関は、まるで白く輝く板が張り付いているように輝いて、外の景色がはっきりしない。
―――――― いつの間にか外に出ている。
タイルが見える、夏色のタイルだ。青色でもある空色のタイル。タイルの橋が、小島と岸との間に架かっている。水面とほぼ同じ高さの橋だ。水の音が聞こえる。ダムは、深い翡翠色の水を湛えている。水面が風で騒いでいる。
ああ、湖上に浮かぶ島の廃虚までタイルで出来た橋が架かっている。その橋は、直角で曲がりに曲がって、まるで幾何学模様のような線として、水面に浮かんでいる。その向こうに、和風とも中華風ともとれる、背の高い建物がある。それが例の廃虚で、きっと塾に違いないが、どうしてそれを思ったのかまったくの謎である。
橋の左側、水面下には、植物のワラビのような渦巻きが這っている。それは、アスファルトに描かれているようだ。そうだった、思い出した。夏に水位が下がると地面が顔を出すのだ。今は浅瀬になっている、しかし夏である、ということは、今は梅雨明けだろうか。アクリルのような透明度の水を隔てて、地面がある光景は、ジオラマのようであり神秘的でもある。
記憶中にある夏の景色は淡く、パステルに変色している。記憶が古すぎて、退色を起こしたのか、子供の自分にはそのように見えたか、そのいずれかだが、確かめるすべはない。自分は暫く、そのダムに行っていない。今は遠いところに住んでいる。
―――――― 眼を開く。
画像をスクロール。一枚、記憶の中の建物と思わしき、物体が収められたものがある。その橋は記憶と一致する。ダムの中の小さな小さな無人島と、そこへ至る、あみだくじな橋。しかしその先はまるで違っていた。鳥居が立っていて、その先には展望台がある。おかしいのは自分のほうだろう。大風が来れば水位が上がって、使えなくなってしまうような橋、そんな不安定なところに誰が、塾をつくるのか。でも素敵だな、と思った。そんなところで勉強を出来たら、どんなにいいだろう。夏にだけ開かれる、湖上の学び舎。
いや、ひょっとすると、今もあるのかもしれない。写真には写らない、鳥居の結界で守られた塾。自分はきっと何かをやらかして、記憶を消されて、凡人として暮しているのだ。ははは、とんだ中二病だ。卒業したんじゃなかったのか。でも今もそこに行けば見える気がするのだ。鳥居を挟んで、向こう側の世界が、夏空に透けて、湖上の上に。
ダム 高黄森哉 @kamikawa2001
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