第6話 生きたかった思いを次に繋ぐために

 私は死んでしまった。

 それはもう十四年も前のことだ。

 幼くして死んだ私はずっと兄を見守り続けていた。

 死んで霊となり兄を見ながら成長し続けてきた。

 兄がある時から段々とすさんでいってしまった。

 でも私には何もできない。兄を助けるためにはどうすればいいのだろうか。

 そう考え、公園で一人座っていると一人の男性が私を見て

「こんな夜遅くにどうしたんだい」

時間は午後十時を回っていた。

 でも私には関係ない。

 それよりも驚くべきは霊である私がこの男性には見えているということだ。

「私が見えるんですか」

「見えるも何もあなたは人間じゃないですか」

「いえ、私は霊です」

その言葉に男性は驚いていた。

 当たり前だろう。こんなことを急に言われたところで変なことを言っている変人にしか思われないだろう。

 しかしその人は

「びっくりした、君はなんでこの世に残り続けているんだい」

 今度は私が驚かされた。

「私が霊だって信じるんですか」

「まあ僕、昔から霊感があってね。昔友達と心霊スポット行って本物の霊を見たことがあるからね」

「そうなんですね」

私は嬉しくなった。この人なら兄を助けてくれるかもしれないと。

「私がこの世にとどまり続けている理由ですが兄のことが心配なんです。今の兄は今にも自殺してしまいそうなんです。兄を自殺させないために兄に希望を見つけてあげたいんです。お願いですどうか手伝ってくれませんか」

こんな妄言ともとれる言葉にこの男性は

「いつの時代にも周りが見えずに死のうとする子供っているんだね。いいよ。お兄さんを助けよう」

「ありがとうございます」

私は涙を流していた。

「ああでも、僕の家は此処じゃなくて熊本にあるからどうにかしてお兄さんを連れてこなきゃいけないな」

「ならそれは私に任せてください」

「いいけどどうやって接触するの」

「黄昏時って知ってますか」

「黄昏時ってあの太陽が沈んで光がなくなるまでの数分間のこと」

「そうです。その時間なら私が他の人に接触できるんです」

「でもその後はどうするんだい」

「兄にこっちに来るように伝えて一人で来てもらいます」

「まあそれができるならそれでいいかな」

「ああそれと私が妹だってことは言わないでください。お願いします」

 針川さんは「分かった」と理解してくれた。

 そこから私は動き出した。

 兄が自殺せずに楽しく生きてもらうために。

 夏休みに入り兄は廃ビルの屋上へと向かっていた。

 兄が屋上の端に立って飛び降りようとした。

 私は兄に声をかけた。聞こえるはずもないその声を。

 しかし兄は私を見ていた。

 兄が飛ぼうとした時間、それは太陽が沈みかける時だった。

 偶然だったが私はまた見えなくなる前に兄を旅に出かけさせた。

 でもなぜか私は消えることはなかった。

 理由はわからないが好都合だった。

 無理やり兄を熊本にいる針川さんの下へと連れて行った。

 その時も兄はずっと人の顔を見てはいなかった。

 三人で北海道に行ってる間も兄には希望が見えているようには見えなかった。

 でも漁港で一人の漁師さんと話してから少し悩んでるように見えた。

 東京でも何かを考えている様子だった。この時から少しずつ話すことが増えたように感じた。

 伊藤さんと話した後から悩みが大きくなったようだけど兄の目には少しずつ光が戻っているように見えてきた。

 大阪ではずっと考えごとしていてはぐれてしまった。

 再会した時には兄は生きる希望を、楽しみを見つけてくれていた。

 この旅は無駄にはならなかった。

 しっかりと兄に生きる意味を与えてくれた。

 熊本に帰るまでの兄は旅行を心の底から楽しめていた。

 熊本に帰ってから私はすることがあるからと二人と別れた。

 私は一枚の紙に初めて書く文字で書いた。

「死なないでくれてありがとう。生きる希望を見つけてくれてありがとう。私の分まで頑張って生きてね    千歳」と、短く書いた。

 私が兄へ送る最初で最後の手紙だった。

 手紙を書いた私はあの時兄が飛び降りようとしたビルの屋上で兄を待った。

 兄は予想どうり来てくれた。

 兄は一人沈みゆく太陽を見ながら笑っていた。

 兄はもう死のうとはしないだろう。

 だから私は最後に兄に聞いた。

「どう、あの時と比べてこの場所は」

 兄が沈んだ太陽を見ながら答えを言ってくれた。

 もう見えなくなった私に。

「「ありがとう」」

私が聞こえない声を兄に言ったときその声は重なっていた。

 それからの兄は楽しそうだった。

 普段の生活も学校も部活も知らないことを知り続けていた。

 ある時、兄は私のことを親に聞いていた。

 話を聞き終わった兄は一人祈っていた。

(俺はもう大丈夫だ。だから安心してお休み)

 その祈り聞いて私は白い光に包まれた。

 私の心残りが消えた。

 もうこの世に残り続ける理由はなくなった。

「だって私の生きたかった思いは兄が繋いでくれた。そして兄は必ず次へつないでくれる。絶望に飲み込まれる人に希望として。繋がり続けて途絶えることは決してない。ありがとう」

そこにあった光は消えていった。

いずれ誰かが拾ってくれる思いを残して。

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夏休みの日本旅 白い扉 @tokibuta325

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