第5話 旅の成長

 熊本に帰ってきた俺たちは荷物を針川さんの家に置いて近くにある山に登ることになった。

 針川さんの家に行く途中で彼女はすることがあるからと別れた。

 今日は晴れていたためそこの頂上からは熊本の多くを眺めることが出来た。

 今まで見ようとしてこなかった景色がこんなにも明るいものだったことに俺は驚いていた。

「生きることは苦労が多すぎる。でもその先には必ず幸福が待っている。そのために頑張って一歩を踏み出し続けることが幸せに生きる秘訣なのかもしれないね」

針川さんの言っている意味が今の俺にはしっかりと理解することが出来た。

「針川さんありがとうございます。こんな俺のために」

「君が将来俺を旅行に連れて行ってくれたらそれで許してやるよ」

そう笑いながら話せていた。

 山を下りて針川さんと別れた俺は家に帰る前にある場所に立ち寄った。

階段を上りその場所に立った俺は

「こんなにもきれいな場所だったのか」

そう人一言つぶやいていた。

「あの時、自殺しようとしたあなたを止めて本当に良かったよ」

後ろから急に声がした。

「よくこの場所に来ると思ったね」

「そりゃあね。あなたのことだから来てくれると思ってたよ」

彼女は俺が来ることを予想して待機していたようだ。

「どう、あの時と比べてこの場所は」

俺は彼女から太陽が沈もうとする景色に目を移して

「ほんとうにきれいに見えるよ。あの時の灰色なんて今はない。これもすべて君と針川さん、そして旅で出会った人たちのおかげだよ。これだけ面白いことがあるのに今死ぬなんてもったいなくてしょうがない。本当にありがとう」

彼女の方を向くとそこには誰もいなかった。

 辺りを見回したが人の影すらない。

 ふと足元を見ると彼女が立っていた場所に一枚の紙が落ちていた。

 それを拾うとそこには少しの文が書かれていた。

「死なないでくれてありがとう。生きる希望を見つけてくれてありがとう。私の分まで頑張って生きてね」

と、つたなく震えた字でそう書かれていた。その最後には

「千歳」

と、名前のようなものが書かれていた。

 俺は言葉も出せずに固まっていた。

 彼女はもう死んでいた。

 そしてこの名前は昔に生まれる直前で死んでしまった俺の妹になるなずだった子の名前だ。

「ありがとう」

空を見上げながら俺はそう一言言い残してこの場所を去った。



 夏休みが終わり、俺は旅で出会った人たちに手紙を出した。

 この旅で知ったもの、分かったもの、それを教えてくれた人たちに感謝しかない。

 俺は随分と変われた。

 死のうとしていたあの時の俺はどこにもいない。

 人に迷惑をかけたと思うのなら笑顔で感謝を伝える。

 成績は今も変わらず低いがそれで絶望することも無くなった。だって成績なんて学校を出たら関係がないのだから。

 普段の生活も学校も部活も楽しくなり、次は何をしようかと楽しみで仕方がない。

 あの時、現れてくれた妹。死んでもなお俺を気にかけてくれた彼女には感謝しかない。

 妹のことを久々にあった親に聞いた。

 するとなんでお前が妹を知っているんだと驚かれた。

 無理もない、妹が死んだのは俺が一歳を少し過ぎたくらいなのだから。

 妹は死ぬ直前の最後の最後まで生きようとし続けていたらしい。

 だからあの時現れてくれたのかと納得がいった。

 きっと彼女はずっと俺を見ていてくれたに違いない。

 いや、昔の俺だったから心配で天国にも行けなかったのだろう。

(俺はもう大丈夫だ。だから安心してお休み)

俺はそう心の中で祈るのだった。

 


 それから俺は学校を卒業して日本の各地を回った。

 一人でも多く人生に希望のない子に希望を与えるため。

 あの時、俺を助けてくれた人たちの様に。

 

 


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