支配してるのは僕じゃなく彼女なんだよ、実際は
赤茄子橄
本文
「............でさ〜。そんで........................ってことらしいんだよ〜」
「あはは〜。そうなんだ〜」
うわ〜、嫌なとこに来ちゃったよ......。
最近は段々雨も増えて蒸し暑くなってきていて、じっとりとした夏の気配を感じさせる昼休みの廊下。
教室の外はすっかり不快な湿度に満たされていて、わずかにかいた汗が気持ち悪い。
ただ、今、僕が感じてる気持ち悪さというか、絶望感みたいな感情は、この梅雨の天候のせいでは決してない。
僕の現在地から少し離れた位置、1人向かおうとしていた食堂の前で談笑する1組の少女と少年の姿を視界に入れてしまったことこそが最悪。
少女の方は、僕の1歳年上で昔から知り合い、それから............まぁ細かいことはいいや。とにかく僕とは旧知の
男子生徒の方は............僕の知らない人だ。学年ごとに違うスリッパの色を見るに、彼は僕たちと同学年らしい。
なかなか爽やかそうな優男に見えるけど、そもそも学校で僕に近寄ってきてくれる人なんていないから、クラスも違う彼のことを僕が知っている道理はない。
知らない男子と談笑する円珠の表情は、いつも僕に見せるソレとは違って、普通に穏やかでお淑やかなもの。
僕に対しても、ああいう表情を向けてくれたら、いいのにな......。
彼女らを見てると、湿度が原因ではない嫌な汗が額と背中にじんわりと滲んでくる。
幸いにも向こうはまだこちらに気づいていないらしいし、なにはともあれ、ここで彼女らを見てたことがバレたらめんどくさいことになるのは間違いない。
感傷に浸ってる場合じゃないな。
身体を反対に向けて......すぐにでもここを離脱しないと..................あっ............円珠と目が合っちゃった............最悪............。
身体はまだ横を向いた状態で、その場から逃げようとしたのは誰の眼にも明らか。
円珠は焦った表情を僕と知らない男の子に見せた後、慌てた足取りでこちらに駆け寄ってきて、僕の胸に顔をうずめて、背中に腕を回して巻き付いてくる。
ぎゅっと強く強く締め付けたかと思うと、抱きついたまま顔を上げて声を上げる。
「せ、
はぁ〜、終わった。案の定めっちゃ声でかいし。
っていうか何が違うんだろう?
知らない彼から表情が見えなくなって誰も見てないと判断した途端、この表情だよ。
ギラギラと獲物を狙う肉食動物かのような目。三日月状につり上がった口角。
相変わらず、楽しそうな表情と焦りを含んだ声音のギャップが凄すぎる。
僕以外には、この声音だけを聞いて、この表情を想像するのは無理なんじゃないだろうか。
さて、今日はどう対応するのが正解なんだろうか。
もしも間違えたら、さらに最悪の事態に陥る可能性もある。慎重に対応しないと。
今から急にいつもみたいにキレだしたりしたら逆になんかおかしいよね。
とりあえず、当たり障りない返事を返しておこう......。それなら間違いないだろう。
「別にいいから」
「い、いやっ、お願い......っ! あの子とは本当になんにもないの! ただちょっとおしゃべりしてただけで......。だからお願いします! どうか......避妊だけは、続けさせてください........................」
お願いだから会話してよ。話が繋がってないんだよねぇ。
っていうか、はぁ。これは......今晩から......そうなのか。
それもこれも全部君のせいだよ。
ほんと恨むよ、名前も知らない同級生くん。
......はっ。余計なことをしでかしてくれた彼に若干の苛立ちを覚えてしまって、ついつい睨みつけてしまった。
あぁ、これでまた僕の評判落ちるだろうな。
いや、今更落ちるところもないか。現状最底辺だもんな。
男子生徒は一瞬オロオロと戸惑った様子を見せけど、すぐに何やら意を決した目つきに変わって叫んできよった。
「し、
怯えたようにところどころ吃りつつ調子のいいことをのたまう知らない人。
まぁ僕のこと知ってるみたいだし、自分で言うのも何だけど僕の見た目は結構ヤバい人だし、ビビられるのは今更特別気にするようなことでもない。
ブリーチした白い髪に入ったピンクのメッシュも、首筋に彫られた弓矢の刺さったハートマークのタトゥーも、運動部でもないのにごつめの体格も、生まれつき悪い目つきも、耳に空きまくったピアスも、したくてしてるわけじゃないし普通じゃなくて奇異の目で見られることくらいはわかってる。
っていうか、そう見られるために、やらされてるわけだしね。
それにしても、本当に本当に本当に、無知蒙昧なやつの勝手な正義ヅラほど迷惑なものはないよね。虫酸が走る思いだよ。
僕が円珠に酷いことをしてるって? 君が僕から円珠を救ってみせるって?
バカバカしすぎて草も生えないわ。できることならやってみてよ。僕を助けておくれよ。
「や、やめて! 扇青くんは......悪くないの! 私は大丈夫だから、何も言わないで!」
円珠は僕に抱きついて下を向いたまま彼の方を振り返らずに大きな声で叫ぶ。
まさに真に迫っていると書いて『迫真』と形容するのがピッタリ当てはまる振る舞い。
......僕はほんとになんにも悪くないはずなのに、誰がどう聞いたって僕が悪くてクズで、円珠はそんな僕に恐怖を抱きつつも庇う被害者みたいな構図ができてるよね。
嘘は1つたりとも吐いてないのにこんなにも虚偽に塗れた発言ができるあたり、本当に円珠は凄い。悪い意味で。
黒のサラサラショートカットヘアーに、くりっとした柔らかい印象を与える目、丸っこくて優しい雰囲気を醸し出す可愛らしい顔、膝丈のスカートに、留年してて正規の学年と違うのに普段からニコニコと人当たりの良い性格の生徒会役員。
円珠が普段から周囲に見せつけているそんな属性は、どれも彼女の言葉への信頼性を著しく高めてる。
見た目で判断しちゃダメとかいっても、やっぱ第一印象ってかなり重要なんだよなぁ。
「だ、大丈夫なもんか! そんな野蛮なやつに支配されて傍に居続けたら、君は壊れてしまうよ! いや、もしかしたらすでに少し壊れてしまってるのかもしれない。大丈夫、俺がなんとかするから! ほら水禊さん、こっちに来て!」
「お願いだからやめて! そんなこと言われても私は嬉しくないの! あなたが余計なことを言えば言うほど私の身体は......。また......また赤ちゃん産むことになっちゃう!」
「ま、まただって!? まさか......すでにそいつの子どもを......?」
コクンと小さく頷く円珠を見て、知らない男子の目が今にも飛び出さんばかりに見開かれる。
あ〜、そうか。高校ではまだそのこと知らない人もいるんだよな。
中学ではすっかり有名な話だったけど、高校入ってからは、そういう意味では大人しかったもんね。
「そ、そんな......。まだ未成熟な女性を妊娠させたことがあるだけじゃなく、ほんのちょっと他の男と話しただけで嫉妬心を顕にしてまた妊娠させようだなんて......。慈月くん、君は聞きしに勝る、男の風上にも置けない最低なやつなんだな! そんなこと、この俺がさせない! これ以上水禊さんを傷つけさせはしないぞ! 水禊さん、安心してよ。君がそんな酷い目に遭う必要はないんだ!」
「........................ダメなのよ。私、もう扇青くんのお嫁さんだし......。扇青くん、私が面倒見てあげないといけないから......。だからお願い、私のことは放っておいて......。それに、あなたのせいで、きっと今晩には避妊薬を取り上げられて、多分近いうちに私は3人目を身ごもることになったわ。あなたが余計なことを言ったせいで......っ!」
「っ!? ............ごめん......。わかった、今は引くよ......。何もできなくてごめん......。だけど、俺に何かできることがあればいつでも頼ってきてほしい。そ、それじゃ」
結局名前もわからないままの優男くんは僕を一睨みしてから、僕らの隣をすり抜けて逃げるように立ち去った。
一体全体、何の茶番を見せられたんだろうか?
まぁいいか。彼はプライド高そうだし、今日のことを周りに言いふらしたりはしない気がする。
これをきっかけに、僕の変な悪評がさらに広まることはないかもしれない。
いや、広がったとしても今更大して変わりはないんだけどさ。
と思ってたら......。
「あー、まぁ、なんだ、
いつの間にか僕の背後には人だかりができてて、その中にいた先生に呆れたように咎められる。
......................................................まじで最悪。
いや、これも全部円珠の策略なのかな......。
せめて弁解くらいしとこう。意味ないだろうけど。
「いや違うんで......「先生! 私は大丈夫ですから!」」
と思ったのに、僕の言い訳は円珠にかぶせられてかき消される。
「え? だけどお前......」
「本当に、大丈夫ですから..................というか、すみませんが余計なことをおっしゃらないでください......。あまり不用意な発言をなさられてしまいますと、今晩の営みが過激なことになってしまいますので..................」
「......っ! そ、そうか、それは悪かった。ま、まぁお前らの都合もあるもんな? あー、でも一応言っておくけど、女性の身体は労って大事にしてやるのがいい男ってもんだと、先生は思うぞ?」
「..................はい......」
「先生!」
「す、すまんすまん。それじゃあ俺はもう飯食いに行くわ」
「ちょ、ちょっと待っ......「ほらっ、お前らも散った散った!」」
またしても僕が口をはさむ間も与えられないまま最低の茶番を見せつけられて、集まっていた多くの生徒があたかもそれらが事実かのように誤解したまま強制的に解散させられる。
いや、円珠が発した言葉自体はすべて間違いなく事実。
ただ、どっちが強制するかってことの認識にわざと誤解を忍ばせられているってだけで......。
一部の生徒たちは汚いものでも見るかのような目で僕を見てる。
誰かわからないけどヒソヒソと話す声の中には、「ほらあのピンクメッシュの男」とか「首筋のタトゥー」とか「無責任孕ませ野郎」とか、他にも「クズ」とかいくつか悪口が聞こえる。
もうすっかり慣れたものだとはいえ、陰口を言われるのはいつまで経っても辛い。
別に仲良くしたいとは思わないけど、嫌われてるのは嬉しいはずないじゃん?
ってか、『孕ませ野郎』はそうかもしれないけど、『無責任』は違うでしょ。
責任とってるというか取らされてるじゃん......。誰も信じてはくれないけど。
「......はぁ」
周囲の視線の痛みにため息をつくと、僕のお腹に回された円珠の腕がまた一段とキュっと締まった。
*****
チゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜パッ♡
「はぁ、美味し♡」
「うん、僕も気持ちよかったよ」
長く深いただいまのキスを交わす僕ら。
可愛い円珠と掛け値なしにいちゃつけるこの瞬間だけは、いつも紛れもなく幸せなんだけどな............今日の学校でのこともあるし、どうせすぐに......。
「ねぇ、
「いや、何もふざけてなんてないよ。てか僕なんも言ってなかったでしょ」
「いやいや、何も言ってなかったこと自体がもう完全にふざけてるから。それどころか、なんか否定しようとしてたでしょ。私が割り込まなかったら何を言おうとしてたの。そもそもなんであの場面でさっさとキレ散らかさないの? 私、他の男の子とおしゃべりしてたんだよ? いつも、ああいうときはブチギレて暴れなさいって言ってるよね? なのに何? 見ないふりして帰ろうとしてなかったかしら? おかしいよね? なんとか言いなさい? ねぇってば。私のことナメてるんでしょ」
あれから数時間普通に授業を受けて、普通に帰宅して今、僕は正座させられて円珠から詰問されてる。
正直、どう考えたって自分にはなんにも落ち度はなかったはずだ。
円珠のことをナメてるとかあるわけない。むしろ最大級に危険視してるし、恐れてるし怖れてるし畏れてる。
ブチギレて暴れなさいって言われてるっていうのだって、今日はまだ逃げられると思ってたからタイミングを逃しただけなんだ。
でも、そういう口ごたえとか逃げるとかは円珠が一番嫌いなことだから。
どうせここで何を言っても焼け石に水。
余計な口を出すほど結果は悪くなるだけ。
だから。
「............ごめんなさい」
僕は大人しく謝るだけ。
本心ではなんも悪いと思ってないけど。
「それは何に対する謝罪なの?」
「それは......」
「悪いと思ってないんでしょ? 自分は何も言ってないのにこんなに責められるなんておかしい、とか思ってるんでしょ? とりあえず謝っておいたらいいんだろ、とか思ってるでしょ? めんどくさい女だなとか、思ったんでしょ!?」
めんどくさいお嫁さんだな、ほんと......。
「あーあ、私はめちゃくちゃ傷ついたよ。あなたのお嫁さんは傷つきました。先月入籍したばっかりの新婚ホヤホヤラブラブ夫婦なのに、大好きなはずのお嫁さんのお願いの1つも聞いてくれないお婿さんには失望しちゃいました」
「..................」
「もう扇青のこと、嫌いになっちゃうかも」
それは......めちゃくちゃ嫌だ。
僕にはもう円珠しかいないのに、彼女がいなくなったら、僕は生きてる意味を見失ってしまう。
「......やだ」
「そんなこと言って、ちゃんと構ってくれないし全然言う事聞かない、私のこと裏切ってくるのは扇青じゃない」
「........................」
「ふぅ。しょうがないわね。じゃあ特別にチャンスをあげる。扇青にはもう1回、私への愛情と責任の意識を思い出してもらおうと思うの。わかるよね?」
これ以上責任を背負えって、どんだけ鬼畜なの......。
意味もわからないまま子どもを2人も里子に出させられて全部自分の責任にさせられてるのに、まだ負わされるの?
もちろん自分にもある程度は責任あることはわかってるよ?
けどさ、悪いのは全部僕ってことにされるとか......あんまりじゃん。
18歳になってすぐ入籍だってしたんだからそれ以上何を求めてるんだよ。
今、これ以上責任が重くなるのは......。
「......それも、いやだ」
「ふふふ、我儘言っちゃって。自分で育ててはいないとはいえ、あなたは2児のパパなのよ? その自覚が無いから私のこと平気で裏切るんでしょ? 私のことを本気で幸せにしようと思ってたら、私以外にしっかり嫌われて、私を不安にさせないようにするのが当たり前だよね?」
いつもの意味不明な論法。毎回思うけどそんなの暴論でしかないでしょ。
だいたい、それを言うなら今日僕の知らない男子生徒とにこやかに話してた円珠はどうなんだよ。僕以外のいろんな人に好かれて愛されてチヤホヤされてる円珠だって、僕に心配かけないようにしようとは思わないのかよ。
いや、嫉妬してるとかそういう話じゃなくてね? そういうんじゃないよ? ほんとに。違うからね? ちょっとしか思ってないよ?
ただ、履行すべき義務が僕と円珠で非対称なのはおかしいじゃん、って話でさ?
なんて想いがほんの一瞬だけ脳裏をチラつくわけだけど、決して口にはださない。
円珠は絶対に僕以外にカケラほども靡くことはないことも、他の人間をゴミほどの価値もないと思ってることもわかってるし。
それに、もしもそんなことを口にしてしまったが最後、円珠の周りからたくさんの人間が消えてしまう。物理的に。現世から。
実際、中学のころに女子の友達と話してて円珠に怒られたとき、円珠だって男子と話してることあるじゃんって口答えしてしまったことがある。
その数日後には円珠と仲良さそうにしているように見えていた数名の男子生徒が行方をくらました。
円珠は何も知らないって言ってたけど、同時に彼らは一方的に円珠に話しかけてくる羽虫のような煩わしい存在で、笑顔で対応してあげてるけど、もともと心底気に食わなかったとも漏らしていた。
彼らの消息は未だに不明なまま。神隠しとして迷宮入りした事件だ。
僕だけが、ほぼ確信を持って円珠が何かしたのだろうと知ってる。
だから、言わない。
僕が傷つくのはまだしも、自分のせいで関係ない人が被害を被るとか、最悪すぎる。
「でもさ、みんなから最低クズ野郎扱いされ続けるのって、辛いんだよ......。そこまでしなくたって、円珠に指示されてやってるこの見た目だけで十分人は離れていくんだから、もういいじゃん」
僕は小学6年生ごろまでは普通の、本当に普通の子どもだったんだ。見た目も周囲の評判も。
「だめよ。それだけじゃ足りない。扇青はすぐに私を裏切るんだもの。私以外のすべての人からちゃんと避けられて、私以外頼れない環境に居続けなきゃいけないの。そうじゃないと、また勝手にどこかに行こうとするかもしれないでしょ。だって、あなたには前科があるんだものね?」
「......もうそんなことしないし、そもそもあのときだって、僕にはそんなつもりなかったんだよ............」
「なら行動で示してもらいたいものね」
「十分示してるつもりなんだけどな......」
*****
すべての元凶は、円珠のお義父さんがまだ小学校6年生だった円珠にお見合い、というか政略結婚の話を持ってきたことだ。
もともと僕らは幼稚園児のころから仲良しで、よくある物語の幼馴染同様、幼い頃に結婚の約束とかしてた。らしい。僕は正直覚えてなかった。
ただ、円珠はありえないほど凄く良いトコのお嬢さんなのに対して、僕は貧乏でDVも激しい最悪の親のもとで育てられてる底辺の人間。
円珠と仲良くしてたのだって、カス親に『水禊さんのとこと懇意にしてたら美味い汁吸わしてもらえるかもしれないんだから、ちゃんと仲良くしとけよ』と厳命されていたからって理由もあった。
もちろん、幼い僕は仲良くしてくれる年上のお姉さんに恋愛的ではないにしろ好感を覚えてはいたから、自分にとっては打算ばっかりの付き合いってわけじゃなかったけど。
僕らの関係が変わったのは、僕が小学校5年生で円珠が6年生だった年。
円珠の親が経営してる会社が新しい会社を傘下に加えるということで、血筋的な繋がりを求めた彼らは、まだ11歳だった円珠を中心とした政略結婚関係、いわゆる
先方は40歳台中盤のギッシュなおじさん。
今思えば、いい年をしたキモいおじさんが小学生の女児と結婚しようだとかシンプルに気持ち悪いけど、政略結婚と言うならそういうこともあるのかもしれない。
上流階級の常識なんて底辺で育った僕にはわかるはずもない。
だから、円珠の父親から「二度と円珠に関わらないでくれたまえ」って言われて、よくわからないまま引き離されることになっても、それはどうしようもないことだとしか思えなかった。
僕としても、まぁこれから気軽に遊べなくなるなぁっていう寂しさは感じていたけど、まだ愛とか性とか諸々よくわかってない子どもだったのもあって、大人しく受け入れて円珠から距離をとったんだよね。
それまでほとんど毎日一緒に過ごしていた円珠とぱったり合わなくなって半年くらいが過ぎたころ、僕はすでに小6、円珠は中学に進学していた。
僕は、金の卵を産むガチョウと目していた円珠との縁が切れたことがバレてキレられて、両親からのDVがますます加速していた。
家に帰ったらお腹とか背中とか、青あざだらけになるまでボコボコにされてしまうから、基本的には家に帰りたくなくて公園のベンチでぼーっと過ごしてたら、今では名前も思いだせない女の子と出会って、仲良くなった。
短い期間だけだったけど、彼女と話してる時間はその頃の僕にとっての唯一の癒やしだった記憶がある。
そんな生活をしばらく続けていた頃、事件は起こった。
水禊家に軟禁されていた円珠が息を切らして、髪もボサボサで、必死で走ってきたことがわかる装いで僕のもとに現れた。
それはちょうど例の女の子といつものように雑談してるところで。
「え、円珠ちゃん!? どうしたの!?」
「............せ、扇青、くん......? なに、してるの? お父さまは『扇青くんは二度と会わないと約束してくれた』だとか汚いおじさんと結婚させるとか意味不明なことおっしゃっていたけど、扇青くんは私と結婚してくれるって約束してくれてて......そんなの絶対ウソだって思って......私、なんとか扇青くんに会おうって、必死に準備して、お父さまを脅してようやく迎えにきて......それなのに、その子は、誰? なんで楽しそうに遊んでるの......?」
「え? あー、この子は**ちゃんっていうんだって。僕が家に帰りたくなくてこの公園にいたらたまたま会ってね、いつもお話してくれてるんだ」
二度と関わらないはずの円珠と再会したことにびっくりして素直に答えたけど、思い返してみればこれが致命的に良くなかった。
「ふーん、結婚の約束までした私を裏切って半年も放置した挙げ句、そんなどこの馬の骨とも知れない女に現を抜かしてたんだ......。私は扇青くんと一緒になるためにたくさん頑張ってたのに......。扇青くん......ううん、扇青は他の女のところに行こうとするんだ......」
当時の僕は本気で色恋とかがわかってなくて、結婚とかもあんまり意味がわかってなかった。
円珠が何にどんな気持ちになってるのかも想像できなかった。
だから、この後に続くコトの顛末も予想することすらもできなかった。
円珠は「それじゃ、彼は私のだから、もらっていくわね」と言い放ったかと思うと、唖然とする女の子を置いて僕の手を引いてその公園から人気のない廃屋に移動してすぐ、無理矢理行為を決行した。
まだ精通したばかりで全く知識のない僕は、初潮を迎えたばかりだけど耳年増だった円珠になされるがまま。
結局、意味もわからず彼女の胎の中にぶち撒けてしまった。
なんだかわからなかったけど、とにかく気持ちいいと思ったことだけ、覚えてる。
血まみれで痛々しい下半身に反して、円珠の表情は今も忘れられないほど狂気的な悦楽に染まっていて。
今でも円珠は、他の人の前では貼り付けたような、だけど自然にしか見えない普通の笑みを浮かべるのに、僕に対しては狂気を孕んだニチャっとしたイヤラしい恍惚か怒りを表す無の表情しか向けてはくれない。
それでもどうしようもないくらい可愛いんだからずるい。
この頃から円珠は、僕以外の男と政略結婚させられそうになってる円珠を迎えにも行かず、簡単に諦めて他の子と仲良くしてた僕のことを『裏切り者』として扱うようになったんだよね。
その最初の罰は、毎日交尾して......当然の結果としてデキた1人目の妊娠の責任を、僕に負わせるってもんだった。
端的に言えば、円珠は妊娠の原因を『円珠の政略結婚に納得できなかった僕が円珠を半ば無理やり襲って妊娠させた』ってことにしたんだ。
当然、大事な娘を中1って若さではらませた小6の男児に怒り心頭の円珠パパ。
今でもあのときのことを思い出したら恐怖で鳥肌が立つ。
=====
「おい、小僧。お前、まじでやらかしてくれたな。二度と関わるなと釘までさしたのに、うちの娘を傷物にしただけじゃ飽き足らず、妊娠させただと? 底辺がふざけるのも大概にしろよ!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
まだ妊娠とかよくわかってなかったから、何を怒られてるのかもわからないまま、親からDVを受けてるときと同じように、とにかく謝った。
「謝って済むような問題だとでも思ってんのか!? うちの娘は婚約の話だってまとまってたんだぞ!?」
「やめてお父さま! それ以上扇青くんをいじめないで! 確かに扇青くんは我慢できずに私を襲っちゃったけど、私も合意の上だったの! それに私、扇青くんがそれだけ私を想ってくれてるって知れて嬉しかった。扇青くんが結婚してくれるなら私、この子を産みたいと思ってるの! 私たちが直接育てるのは無理だろうから里子に出すとは思うけど......。もう里親だって見つけてるわ。だから扇青くんに責任とってもらいたいの!」
「だ、だけどな、円珠。お前はまだまだ小さい子ども......。そんな未成熟な身体で子どもを産むなんて危険すぎるし......金だってお前には捻出できないだろう? それにお前は水禊家のために......「黙りなさい」............え?」
「私たちのことを認めてくださらないなら、お父さまなど不要です。この場で死んでください」
「う、うわっ!?」
「え、円珠ちゃん!?」
===
なんてことがあった。
親として当然の猛反対をする父親に対して、結局、円珠が包丁で切りつけて、まじで命を奪おうとするように脅して、渋々合意をもらった形だった。
思えばこの頃にはすでに水禊家は完全に円珠が実効支配してたんだよね。
まだ中1だったのに、円珠は自分の小遣いで投資したりいろいろしてかなりの額を稼いでて、家の会社の社員の一部を裏で買収して味方につけてたり、裏の稼業の人と繋がってたらしい。
円珠は今では年に億は稼いでるらしい。末恐ろしい。
かくして、僕は好きな子が結婚させられると知って強姦する鬼畜野郎の称号を、小学生にして入手したのでした。めでたしめでたし。............とはならず。
円珠は裏切りを働いた僕を、そのまま許してはくれなかった。
他の女の子が近づいてこないようなチャラい見た目に改造されることになったんだよね。
これが今の僕の見た目の原点。
円珠の心を射抜いたこと、裏切ったことを象徴して、首元の目立つところにハートマークに弓矢が刺さったタトゥーを入れられて。
髪はブリーチして基本は真っ白。間にピンクのメッシュを入れるっていう、円珠の好きな仕様に改造された。
一番つらかったのは、局部に彫られた「enju only」って文字と片翼の天使の翼の彫り物。
ある日、目が覚めたらいきなりめちゃくちゃ痛いし、二度と円珠以外には見せられない情けない彫り物が入ってて絶望した記憶は今でも鮮明に思い出せる。
天使の翼は、『えんじゅ』という名前を「エンジェル」と掛けてるらしい。おしゃれだけどそんなことより気遣ってほしいところが色々ある......。
などなど、大々的な改革による円珠の策は狙い通り機能したらしく、この頃から僕の周囲からはどんどん人が遠ざかって、中学に入るころにはすっかり孤立するようになった。
別に人に執着もなかったからそこまできつくなかったけど、若干の寂しさは感じる日々で、唯一盛大に構ってくれる円珠への好意は次第に大きくなる。
人が離れる原因を作ってるのは円珠なのに、変な話だよね。マッチポンプもいいとこだよ。
そんな生活がしばらく続いて、円珠のお腹もだいぶ大きくなった頃、僕のクズ両親が失踪した。理由はなんにもわからなかったけど、僕は心から喜んだ。
多分、円珠が手を回してくれたんだろうね。
見た目を悪くした僕への両親からの暴力はさらに激しくなってたから、円珠もいい加減見てられなくなったのかも。
そうして円珠の支配する水禊家に引き取られて、僕も中学に入学。そうしてすぐのころに、円珠は健康な第1子を出産した。
この頃にはさすがの僕も、その若さで出産する危険性くらいはわかってたし、唯一の拠り所の円珠の身体を心底心配した。
最悪の元凶だった両親を葬ってくれたことへの感謝と、唯一優しくしてくれる円珠っていう存在に、僕はすっかり依存してた。
ほんとに、無事でよかった。
と、安心してしまったのがまたしても良くなかった。
ホッとした僕は、見た目だけ厳つい割に、安心から物腰が柔らかくなってて、幸か不幸かいくらかの女性にモテることになってしまった。
ちょうどチョイ悪な男子に惹かれる子がでてくる時代なのかもしれない。
僕自身はとりわけ仲良くするつもりとかなかったけど、普通に女子生徒と話してた。話してしまってた。
円珠が2人目を計画しだしたのは、そんな僕の姿を見てられなかったからなんだろう。
僕が中2、円珠が中3の終わりごろ、妊娠が発覚した。
そのころには円珠はいつも低用量ピルを服用していて、生でやらせてもらってたつもりだったんだけど......。
いつのまにか服用をやめていたらしい......。
結局円珠は高校に入って半年くらい休学して、子どもを産んだ。
その結果、出席日数が足りなくて留年して、今僕と同学年にいるってわけ。
*****
なんていう背景があって、僕は円珠に尽くしてるつもりだし、円珠の仕事とかいろいろ手伝ったりしてるし、先月の僕の18歳の誕生日には入籍して責任も取ろうとしてるつもりなんだ。
それなのに、足りないというのは円珠の言。
今日の学校での出来事を鑑みるに、円珠は今日から避妊薬を飲むのをやめるつもりだろう。
僕らは家にいる間はずっと合体してる。
基本は僕が彼女を抱える駅弁スタイルで挿れっぱなし。
ご飯もお風呂も寝るときもそのまま。
高まったら我慢せずにそのままぶち撒けるっていうのが円珠との約束。
そんな生活で避妊薬を飲むのを辞められたら、すぐにでもできてしまうのは想像に難くない。
ただでさえ、円珠はデキやすいのに、だ。
僕ら2人とも高校3年生。今はまだ6月だけどもうすぐ受験も本腰を入れるころだ。
今妊娠なんかしたら、受験どころじゃない......。
「よりにもよって大学受験も控えてるこんな時期に3人目を作るなんて、いろいろ取り返しつかないよ?」
「なんだ、扇青ってば、まだ大学に進学できるつもりでいたの? だめだよ? 大学なんて、盛のついたメス猫だらけなんだから扇青を行かせるわけないじゃない。あなたは私とこのお家で引きこもっていちゃいちゃしながら暮らすのよ」
「............仕事とか......」
「今だって十分なお金が入ってきてるじゃない」
............まぁ、いいか。
僕としても、いつも僕を心身ともに、内外ともに支配してる円珠が、無様にも快楽に身体を震わせて絶頂を迎えてる姿を見るのは狂おしいほど好きだし。
世の中のみんなは僕が円珠を無理やり支配してるって思ってるみたいだけど、違うからね。真逆だからね。
僕が、円珠に、彼女の魅力と権力で支配されてるんだ。本当はね。
「............あぁもう、わかったよ。じゃあ、さっさとパンツ脱いでよ、円珠」
「あはっ、今回こそは本当に扇青の意思で私を孕ませることになるんだよ? なんにも言い訳できないんだよ? 今孕んだら私、もしかしたら高校も卒業できなくって、将来がめちゃくちゃになっちゃうかもね。ちゃんと責任、取れるのかしら?」
ニチャっといやらしい挑発的な笑みを浮かべる円珠。
確かに。今まではなんだかんだで無知なところを襲われたり、勝手にクスリ飲むのやめられてたりしてたから、ある意味言い訳の余地はあった。
でもここでやるってことは、もう僕自身の意思で円珠の人生を滅茶苦茶にする決断をするってこと。
いや、今更でしょ。
っていうか、それこそ僕はなんだかんだ自分の中で言い訳してたけど、今日円珠が知らない男子生徒と談笑してたの結構怒ってるんだよね。
「いいよ、僕が一生掛けて責任取るから。そもそも僕はもう円珠だけのものなんだし。そんなことよりも、円珠が今日他の男子としゃべってたこと、円珠はなんで介入しなかったのって怒ってたけど、僕だって普通に怒ってるからね? なんで僕以外の人とあんなに楽しそうにしてるの? 許せないから、円珠のお腹をまた僕のモノにしてわからせないと」
「ふふっ、扇青ってば、可愛いね。じゃあ、一生私を支配して幸せにしてね♡」
支配してるのは僕じゃなく彼女なんだよ、実際は 赤茄子橄 @olivie_pomodoro
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