Last Chapter「君と、夢の続きを紡ごう」

「とまあ、意気込んだのはよかったものの」


「清々しいほどの怒りっぷりでしたわね」


 姫川の屋敷のすぐそこにある公園。沈みゆく夕陽のもと、思い出深いその地に備え付けられたブランコに揺られながら、僕らは苦笑を交わした。


「全く、父様たら旦那様があんなに熱弁を振るってらしたのにちっとも聞く耳を持たないんですもの。私、堪忍袋かんにんぶくろの緒が切れそうでしたわ」


「隣にいる僕にまで歯ぎしりの音が聞こえてくるようだったよ。よく耐えてくれたね」


「悔しかったのですから仕方ないでしょう?」


 茉莉は不貞腐ふてくされたように傍にあった石ころを蹴飛ばした。僕のためには一際ひときわ真剣に感情を表してくれる彼女に、僕の胸の中で温かな感覚が芽生える。


「勝手にしろ、ですって。なんとまあ冷たい言葉でしょうか。私たちが幼き頃より思い合っていたのはご存じのはずですのに」


「けど、絶対に認めないとは言われなかった。纏まりかけた縁談を取り消すことができたと思えば、かなり譲歩を引き出せたんじゃないかな」


「ふう、旦那様。少々呑気が過ぎますわ。ようやく父様に一矢報いたわけですが、私たちの戦いはこれから正式に結婚を認めていただくまで続きますのよ」


「戦いって……そうかもしれないけどさ。でもそれ以上に嬉しかったんだ」


「嬉しいとは?」


「あの人――父さんと初めて本音をぶつけ合うことができて」


 瞬間、そよ風が僕らの間を突っ切った。意外そうに目を丸くする茉莉に僕は少しはにかみながら続ける。


「生みの親が亡くなってから父さんには大きく世話をかけた。希望とか、意思とか、前に進む力をなくしてしまった僕を導いてくれた。受動的な僕に代わって最善だと思う道を示してくれた。それで情けなさや悔しさを感じたこともあったけど、救われている部分もあるのは確かだった。だから君との関係についても誠実でありたかった」


「そうですか……やはり、旦那様は真っ直ぐで生真面目で、それだから私もあなたのために全てを尽くしたいと思ったのですが」


「うん、ありがとう」


「けれどねぇ旦那様。あの啖呵たんかだけはいけません。急にあんな言葉を仰るなんて、少しは私の心臓の事も考えていただきたいですわっ」


「え、なんか変なことを言ったかな」


「『僕と茉莉の関係を今すぐ認めてほしいとは言いません。あなたが人情だけでなく姫川家の利益や繁栄を大事になさっているのも分かる。ですから僕は今までより一層精進します。桂さんより、何よりあなたよりも大物になってみせましょう。文句のかけらもないほどの男になってみせます』と」


「そ、それは弾みで出たというか、心構えを述べただけというか」


「はあ、それに私を惚れさせたのはもちろん、傍に控えた使用人方も色めき立っておりましたのよ? 私だけの旦那様ですのに、ずるいです。今後は慎みを持って、私だけにその寵愛ちょうあいを傾けてくださいな」


 頬を膨らまし、両の足をぱたぱたと動かして不満をあらわにする茉莉に、先ほどまで狼狽うろたえていたのが嘘のように彼女への愛しさに変わる。


「それは言われずともそうするけど。やはり茉莉は傲慢だね」


「ええ、傲慢ですわ。その言葉を聞いてもなお、少しも満足しておりませんもの」


 軽やかにブランコから飛び降りると、茉莉は僕の手を引いて敷地のある一角へと連れ出した。

 忘れもしない、あの時飛び出していった茉莉を見つけた、丁度その場所であった。


「今ここで誓っていただきます。言葉だけではなく行動で」


 それから僕の両手を包み込み、力の籠った眼差しで以て見上げてきた。


「そうか。だからこの場所に来ようと提案してきたのか」


「ここより適した場所もないでしょう?」


「違いないね、僕らにとっては始まりの地で、離れ離れになるきっかけの地でもあり、そして今は僕らの関係の再生の地でもある」


「はい。あの時は叶わなかった約束を、もう一度。今度は旦那様の方からしてください」


「ああ――」


 いざとなると緊張で口が乾くが、これは僕らにとって何より大事な儀式なのだ。意を決して、相対する茉莉の瞳を捉える。


「――姫川茉莉様。これからも僕を、その生涯の伴侶はんりょと認め、共に同じ道を歩いてくれますか」


「はい、旦那様。また誰かが私たちを縛り付けようとしても、私は全身全霊でそれに抗います。またあなたが罪悪感に囚われたとしても、私が傍でそれを否定し続けます」


「ありがとう。その献身と愛情に、僕はこの身を全てしてでも応えたい。それが他ならぬ僕の意志で、何があっても君と進む歩みを止めないこと、その揺ぎなき誓いを君の身体に刻みたい」


「はい、旦那様。喜んで私の全てを捧げます。ですからどうか、旦那様の全てを私にくださいませ」


 それ以上言葉は不要だった。五年の空白を埋めるが如く、茉莉の薄桃色の唇に僕のそれをそっと重ねた。


 繋ぎ直した絆をどこにも無くさないように。夢にまで見た互いの熱を身体の隅々にまで焼き付けるように。


 永遠を望んだ僕らの影は、日が暮れてもなお離れることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誓いのキスで繋いで、もう二度と別れぬように 鈴谷凌 @RyoSuzutani2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説