あとがき――という名の簡単な解説
はじめましての方ははじめまして、そうではない方はいつもお世話になっております。
吹井賢です。
さて、あとがきでございます。
元々、こちらの『時計の街』は、『不定期連載・吹井賢』という「不定期で掌編を書いていく」という連載の一つとして書いたものです。結局、その連載は『破滅の刑死者シリーズ』の執筆や新作(『犯罪社会学者・椥辻霖雨の憂鬱』)作成の関係で(確かそんな理由)、吹井賢が忙しくなってしまって、数ヵ月で辞めてしまいました。そういったわけで、長らく非公開にしており、2022年8月現在、カクヨム内のデータを整理する際に、このエピソードも『不定期連載・吹井賢』のページごと消去しようと思ったのですが……。
どうもパソコンやHDDやUSBやその他諸々の記憶媒体のデータを見るに、僕はこの掌編群を一発書きで作っていたようです。つまり、元となるWordファイルがない。プロットも設定資料も何もない。それはカクヨムから消すと、自分でも二度と読めなくなることを意味します。それは流石に勿体ない。
そして久々に読み直してみると、我ながら面白い。
そんなこんなで再公開に至った次第です。
折角再公開したんだし簡単な解説でも書こう、というのが、このあとがきをしたためている理由です。
では、本編解説をば。
一応、ジャンルは『異世界ファンタジー』としていますが、風刺的な側面が強い作品です。
モチーフ元、と言えるものが二つあり、「大きな時計塔のある街」は、『ドラゴンクエスト7』のリートルード及び、そこに存在するバロックタワーです。
もう一つの着想元は、「宇宙人が地球人を見れば、きっと時計を神様だと勘違いするはずだ」というような文言です。星新一のSSだったかな? 覚えていないですし、あるいは、捏造された記憶かもしれませんが……。
前半は、「西洋異世界ファンタジー的世界の、『時計の街』に住む少女の日常」。
後半は、「現代日本――もう一つの『時計の街』に住む女性の日常」です。
前者においては、世界の時を示す大時計が止まってしまっており、秒針が動くのみです。
後者においては、ありとあらゆるところに時計があって、同一の時間を刻んでいます。
端的に述べるとすれば、「歴史が循環する世界と歴史が進歩する世界」の対比構造が根底にある掌編です。
哲学や文化人類学を学んだ方ならご存知かもしれませんが、西洋世界と東洋世界は、世界、あるいは時間に対し、認識が異なっていました。
西洋世界においては、始まりがあり、終わりがあり、故に時間や歴史は前に進みます。
一方で東洋世界においては、世界の存在は自明のこと(無記)であって、更に、世界の終末は存在しません。始まりもなく終わりもないわけです。
無論、例えば『仏教』と言っても、インド仏教と日本の仏教はかなり違いますし、日本の伝統的な仏教だけでも複数あるので、一概に「こうである」とは言えないわけですが……。
しかし、兎にも角にも、「そこに住んでいる人々の『世界の認識』」という視点に注目した学者達は、神や仏や世界の真理に関する伝承を踏まえ、あるいは狩猟文化と農耕文化を対比させ、「世界の捉え方には『直線的時間(直線的世界観)』と『円環的時間(円環的世界観)』がある」との結論を出したわけです。
この分かりやすい例が、キリスト教の創世記-最後の審判に対する仏教の輪廻転生思想です。
作品解説に戻ると、前半の『時計の街』は円環的時間感覚の世界です。
今日と同じような日々が明日も明後日も続き、主人公は母親や祖母と同じように結婚して子育てをして普通の人生を終えるでしょう。そこに新しさは――「新しい価値観を得るという『新しさ』」も「技術革新という『新しさ』」も全くありません。
時が止まっているわけではないのですが、変化がないわけです。
人は生きているものの、同じような日々が繰り返され、歴史が前に進まない。
秒針だけが進む時計のように。
他方、後半の『時計の街』は直線的時間感覚の世界です。
これは僕達が暮らす世界なので、説明はいらないでしょう。
弛まず時を刻む無数の時計は日々進化していく技術と変化していく文化の象徴であり、歴史はその足を止めることなく、僕達は時間通りに動くことを強いられ、それができない者は落伍者の烙印を押され、「人間の死」という一大事すら「電車が定刻通りに来ない」という時間的問題に帰結します。
……なんか、おかしくないですか?
というのが、この掌編のテーマです。
ここで終わっちゃうと反知性主義主張とか原始共産主義礼賛とか、そういうのになってしまいそうですが、そんな小難しい話ではなく、ちょっとスマートフォンを触らないようにしてみるとか、学校をサボったり有給でも取ってみたりして当てもなく歩いてみるとか、そんな感じに時計や時間から離れてみると分かることもあるんじゃない?と思う次第です。
……何も分からないかもしれませんが。
まあ、仮に何も分からなかったとしても、「分からなかった」ということは分かるわけで、それは得難い結論なんじゃないでしょうか。
この作品が、皆様の一時の楽しみになれば、それが作者にとって最高の喜びです。
それでは、吹井賢でした。
『時計の街』 吹井賢(ふくいけん) @sohe-1010
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