第6話『会社からの逃走』

 走る走る。


 必死に走る。


 社長も、殺し屋も、警察も。


 みんな、必死な形相で走る。


 社長はトイレにでも隠れれば見つからないだろうに必死に走る。


 これが見たくて教えなかった。


 今まで俺をこき使ってきたのだ。これぐらいは役得だろう。


 社長は上階にいたアドバンテージを消費しながら登っていく。息も絶え絶えで根性だけで登っていく。その甲斐あってか、この調子ならば屋上までなら殺し屋より先に到着しそうだ。


 殺し屋は警察よりも早い。鍛え抜かれた脚力をもって、圧倒的速度で駆け抜ける。


 警察は遅いが一つ一つ殺し屋の逃げ道を潰して登っていく。追い詰めるように登っていく。


 屋上には既にヘリは到着していた。プロペラの回転は弱く保ったまま、扉を開けて、社長が来ることを待っていた。到着すればすぐに逃げられるということだ。


 社長が屋上まで残り三階に至る。


 殺し屋との差は五階。


 ここまで登ると社長、殺し屋、警察どれらも疲弊の色が隠せない。スローペースな逃走劇になっていた。


「社長、ほらほらあと少しですよ。頑張ってくださいよ」


 心にもないエールを送る。


「……なんで僕が……こんな目に……っ!」


 足を止めない社長がそんなことを漏らした。


 殺し屋を雇った奴はどんな奴だろう。


 いや、きっとこんな会社への恨みつらみが溜まった奴だろう。


 俺のように。


 気持ちは分かるぞ、同士よ。


 けれど人の命を奪ってはいかん。


 やるならばこういう風に人の命を弄ぶ程度に抑えなければならない。


 そんなことを考えていたら、社長が屋上への扉を開ける。


 ヘリで待ち構えていた人らに護衛されて、乗り込み、上昇する。


 それから数秒遅れて、殺し屋が到着する。ヘリが上昇しているのを見て、諦めたように煙草を吸い始める。そこからさらに遅れて警察が到着し、抵抗するわけでなく取り押さえられた。


 任務達成である。


「オペレーターくん」


 ヘリの中にいるであろう社長に呼ばれる。


「なんでしょうか」


「君のおかげで無事、逃げられたよ。僕の権限でできることならなんでもするからさ」


「……では二つお願いを聞いてもらってもよろしいですか?」


「なんでも言ってくれたまえ。僕は社長だからね!」


「今まで未払いだった残業代と休日出勤の給料、耳を揃えて払ってください」


「う、うん、わかった。なんとか叶えてみせるよ」


「ありがとうございます。ではもう一つ」


 向こう側で息を吞む音が聞こえる。


「今日限りで仕事を辞めさせていただきます。さようなら」


 インカムを外す。外す際、向こう側から「僕の右腕になってもらおうと思ってたのにぃ!」と聞こえた気がするが、幻聴の類だろう。


 今度は携帯電話に電話がかかってくる。


「オペレーターくん。よくやってくれたね。素晴らしい仕事だった」


 俺に休日出勤を命じたクソ野郎であった。


「給与に変化を与えない評価ありがとうございます」


「辛辣だね。まあ、君のそういうところも評価しているのだがね」


「何が言いたい。こっちはもう仕事終わって帰るとこなんだ、早くしてくれ」


「あの殺し屋を雇った人物はうちの会社の待遇に恨みを持つ人物でね。今後も妨害してくると思われる。待遇改善しようにも私たちでは信頼関係がないから、君にその役目を担ってもらいたい。無論、待遇は保証しよう」


 やはり、待遇に恨みを持つ人物が雇っていたらしい。


「俺が答えるまでもないですね。ご自身で答えを言っているじゃないですか。俺とアンタの間にも信頼関係なんてないんですよ。それに役目を担ってほしいとか言っているけど、単に体のいいスケープゴートが欲しいだけじゃないですか」


 一息置く。


「クソ喰らえ」


 通話を切る。


 携帯電話の電源を切り、ネクタイを外し、仕事場から去る。


 こうして俺は今までこき使われた会社から逃走を果たした。


 無職となって浴びたビル街の風は、得も言えぬ充足感を煽る自由の風のようであった。

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社長、早くお逃げください! 宮比岩斗 @miyabi_iwato

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