第41話 新たな道筋

 「誰!?」


 自分とシリウスの間に割って入る形で現れた男にアストレアは驚きながらも警戒の対象を移す。

 シリウスやレオナールとは違い、戦い慣れしているような空気は感じられない。

 だが、アストレアの本能は危険だと最大級の警鐘を鳴らしていた。 


 「「――!」」


 シリウスとレオナールの反応は異なったものだった。

 ピンと背筋を張り、直立不動で右目を手で隠す。それは教団における敬礼のポーズだった。


 「まさか――!」


 それだけでアストレアは男の正体を察した。


 「紹介が遅れたな。私は教団内で教主と呼ばれている者だ」


 「教主!?つまりは教団の首魁!!」


 大陸全土に悪名を轟かす【明星の使徒教団】。存在自体が都市伝説のような扱いを受けるそのトップが目の前に現れた。

 功績を逸る気持ちか、はたまた絶対に倒さなければならない使命感か、数名の兵が指示を待たず飛び出した。


「待っ――」


 アストレアが制止しようとするも遅かった。

 その全員が一瞬の間に鏖殺されたからだ。


 「教主様には指一本触れさせん!」

 「テメエらみてえなザコが群れても無駄なんだよバァカ!」


 立ち塞がるのはシリウスとレオナール。

 二人の『十二使徒』の存在がそれを妨げる。


 「さて――此処で会ったが百年目、と言いたいところだが私に君たちと戦う気はない」


 「なっ――」


 「もう目的は達せられたからな」


 嘲笑うように告げる教主の言葉にアストレアたちは肩透かしを食らわせられた。

 教主はそんな一同の反応を気にかけることなく、話を続ける。


 「我々の今回の目的はこの国の崩壊、そしてお前たち王国軍を誘き寄せることだ」


 「わたしたちを……誘き寄せる?」


 「そうだ。ヴァシーリーに突撃した王国軍とそこでみなごろしにされた共和国民。この状況を聞いて他国はどう思うだろうな?」


 「――!!それは……っ!!」


 その科白の真意に気付いたアストレアは戦慄を抑えきれなかった。


 教団の目的。それは王国に大量虐殺の汚名を着せることだったのだ。

 王国軍が来るよりも早くヴァシーリーを襲撃し、口を封じの意味も兼ねて根絶やしにする。

 そして、その後やってきた王国軍が異変を察知してヴァシーリーに突入。

 これで仕込みは完了だ。


 前後関係など分からない者たちが聞けば王国軍がヴァシーリーの住民を虐殺したと受け取られてもおかしくない状況だ。

 当然、共和国の同盟国やその周辺国家は諸手を挙げて非難するだろう。最悪、東側自体を敵に回ることになるかもしれない。


 「お前たちを逃すのもそういうことだ。王国軍が大した犠牲も出さずにヴァシーリーを出れば虐殺の信憑性は大きくなる」


 「――っ!!……それを聞いた上でわたしたちが貴方たちを逃すと思う?」


 教主の言っていた作戦は教団が一切の証拠を残さないことが大前提。下手人自体が捕らえられた場合、その前提は崩れ去る。しかし――、


 「いや、君たちは私たちを逃さざるを得ないさ」  


 教主は余裕げに笑った。


 「そもそも何故、教主である私がわざわざここに訪れたか分かるか?私の能力がこの都市を崩壊させるのに必要だったからだよ」


 「それはどういう――」


 「この作戦で重要なのは我々が証拠を残さないということだ。故に少数精鋭で事を進める必要があるのだが、生憎都市中の人間を殲滅するなんて『十二使徒』でも難しい。そこで能力だ。私の《憤怒の疫病ラース・プリージュ》はウィルスに感染した者を自我を無くした化け物へと変貌させる。これを都市中にばら撒いたんだよ。ちなみに症状として発熱、体の倦怠感、恐水症みたいなあらゆるものに対して恐怖を感じるようになるのだがこれに聞き覚えは?」


 「!!――まさか……」


 シンはヴァイオレット家での出来事、そして王都で流行一歩手前までいった感染症の件を思い出した。

 その症状のいずれもがシンが治療した患者のものと一致している。

 ベレロフォンの症状は比較的軽症だったが、王都で治療にあたった者の中には発狂して暴れ出す者もおり、大変だったことを覚えている。


 「そう。共和国軍の中に感染者を混ぜて戦争の折、王国軍の兵に感染させた。私の計画では既に王国では多くの感染者が出ている予定だったのだが、現在は沈静化しているようだ。何故だろうな?」


 そう言いながら教主がシンに目を遣る。

 その目だけで察した。あの男はシンが疫病を抑制したことを知っていると。


 「それが……わたしたちが貴方を倒せない理由?」


 「そうだ。ここで私と戦おう者ならウィルスをばら撒きお前たちに感染させる。高濃度のウィルスに晒されれば潜伏期間など待つまでもなく即時発症する」


 「でも、わたしたちを殺したらさっきの作戦が成立しないんじゃないの?」


 「確実性が減るというだけで策が破綻するわけではない。それにここにいる王国軍を全滅させることが出来るなら釣りは来る」


 その言葉にアストレアは押し黙る。

 確かに教主の言葉は筋が通っているが、それらが全て真実であるという確証もない。

 そもそも教主が本当にその能力を持っているのかは不明なのだ。

 だが、真実だった場合あまりにも危険過ぎる。

 故にアストレアは情報を探ろうとするが――、


 「あと十秒後、攻撃を開始するそれまでに決めろ」


 「なっ――!」


 しかし、そんな猶予は与えてはくれない。

 教主が無慈悲にカウントダウンを開始する。


 「アストレア様!」

 「アストレア殿下!」

 

 周囲の兵達が不安げに目を向けてくる。

 自分は彼らの命を預かっているのだ。軽率な行動は許されない。

 アストレアはそのことを改めて自覚すると早くも長い、無慈悲に過ぎゆく十秒間の中で決断を下す――


 ◇


 

 市壁の上に立ったシンはその目下に広がる崩壊したヴァシーリーの街並みを見渡す。

 そこに美しさを誇った景観はどこにもなく血と暴力で彩られた地獄の残滓だけが残っていた。


 「シンくん、ここにいたのね」


 そこへやって来たのはアストレアがシンの横へ並ぶように立つと一緒に街を見下ろした。


 「大丈夫? 辛くない?」


 「いえ……大丈夫です」


 一応は共和国民だったシンだがその立場故愛国心と言ったものはなく、黍離の嘆に暮れると言ったこともない。

 ああ、これが戦争と言うものかぐらいの感想だ。

 ただ、王都が同じようなことになったら悲しいなとぼんやりと思う。


 「それで、生存者はいましたか?」


 シンの問いかけにアストレアは黙って首を横に振る。

 結果としてアストレアは戦うことを選ばなかった。

 その決断をシンは間違いだと思っていないし、臆病だとも思わない。これはあの場にいた全員の総意だった。

 だが経緯はさて置き、今回の件は失態には違いない。

 目撃者である生存者を発見出来なかった以上、虐殺の疑いを晴らすのは難しいだろう。

 東側諸国との関係の悪化は避けられない上、アストレアをよく思わない者たちがこれ見よがしに付け込んでくるだろう。


 「わたしも厳しい立場に置かれるでしょうね。女王になるって決意したばかりなのに情けないわ……」


 己に失望したようにガクンと項垂れるアストレア。


 「一回の失敗くらいで挫けちゃ駄目ですよ。失敗なんて誰にでもあります」


 そこにシンは励ましての言葉をかける。


 「シンくん……」


 「言ったじゃないですか。おれを頼って欲しいって。何なら今回の件で何か言われたらおれを使って脅せばいいんです。『これ以上わたしを責めるならシンくんへの便宜を図らないぞ』って」


 そう冗談めかして言ったシンにアストレアもつられて笑った。

 本当に実行に移すかは要検討だが、そう言ってくれるだけで気が楽になったような気がした。


 「シンくんはこれからどうするの?」


 シンの頭に浮かぶのは別れ際シリウスに言われた言葉。

 あの人は間違いなく自分の正体を知っている。

 だからそれを知るためにシリウスと再び会わなくてはならない。

 しかし、彼は【明星の使徒教団】の【十二使徒】。殺し合わなければならない明確な敵だ。

 放っておけばいずれシンの大切なものに牙を向けるだろう。

 ならば倒すしかない。

 例え彼が自分にとって大切な誰かだったとしても。


 「おれは必ず【明星の使徒教団】を倒します。そのために貴方の側にいさせてください」


 自分が何者か知るために、自分の大切なものたちを守るため、シンは修羅の道を進むと決めた。

 膝付き、臣下の礼を取るシンにアストレアは柔らかに笑うとその手を取った。

 その光景はさながら物語に描かれる騎士への受勲だった。

 これは終わったはずの物語。

 それが再び動き出すまでの物語。


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捨て駒にされた奴隷ですが、敵国の王女様に助けられました〜今更戻ってこいと言われても絶対に戻りません。さようなら〜 終夜翔也 @shoya_shuya

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