@syuki0000

第1話

...悠香

私の名前を呼ぶ彼の声は、恐ろしいほど鼓膜に響いた。まるで彼が運命の人だと決定づけるかのように。


キャプテンがボールを運びパスを繋ぐ。そのパスを受け取った彼がシュートを打つ。

パシュ

3ポイントラインから打った彼のシュートは見事ゴール籠に入り、心地いい音を鳴らした。

ー試合終了ー

結果は私たちの高校の勝利。見事に関東大会を優勝し、全国大会への切符を手に入れた。

[みんなお疲れ様!]

私はバスケ部のマネージャーで、疲弊しきったみんなに労いの言葉をかけた。

[いやー今日も宏輝のシュートキレキレだったな]

[キャプテンがいいパスくれるからですよ。それに、外してもうちはリバウンドが強いんで。先輩たちのおかげで安心してシュートを打てるんですよ、俺は]

[いやー嬉しいこと言ってくれるね。全国でも指折りのエースさんに言われると]

[俺なんかまだまだですよ。全国大会までにもっと仕上げてきます]

[頼もしいな。期待してるぞエース]

宏輝は、スタメンの中で唯一の1年生だ。高校はスポーツ推薦で入学した。中学時代の頃から有名な選手だったらしい。そして、1番大事なのは...

[悠香先輩。タオルもらえますか?]

[あ、うん。はい]

[ありがとう]

[うちのエースは彼女までかわいいからなー。羨ましいぜまったく]

[ちょ、やめてくださいよー]

そう、宏輝と私は付き合っている。

[あんまりからかわないでよね。宏輝がこまるでしょ]

[悪い悪い。宏輝がお前と付き合うまでの苦労を俺らは知ってるからよ。目の前で見るとなんだか感慨深くてな]

[ちょキャプテン。その話はそこまでにしてください。恥ずかしいんで]

[宏輝、その話はまた今度聞かせてね]

[そ、そんなぁ]

控室に笑い声が響く。私たち3年は後1年で卒業してしまうけれど、いつまでも宏輝とこういう他愛もない会話で笑い合いたいなと思った。

ー帰り道ー

[んじゃ、俺たちはこっちだから。気をつけて帰れよ熱々カップル]

[うるさいわね。行くよ、宏輝]

そうして私たちは夕陽を背中に感じながら駅のホームにまで向かう。

電車の中で宏輝は寝てしまった。その寝顔がかわいくって思わず見惚れてしまった。

私と宏輝は中学は違うが地元が同じで、家もそこまで離れてなかった。駅に着いて宏輝を起こし、改札を出て今度は夕陽を浴びながら自分達の帰るべき場所に向かう。

、、、

、、、

、、、

[なんか言いたいことあるの?]

[えっ]

[やっぱり。宏輝は言いたいことある時黙り込むもんね。まだ1年くらいしか付き合ってないけどわかるよ]

[うん。大事な話があるんだ]

私たちは足を止める。

[実は]

なんだろう。怖い。

[実は、俺。アメリカに行くんだ]

[えっ]

思わず声がうわずった。アメリカ?宏輝が?どうして?

疑問符ばかりが頭を駆け巡る中、宏輝は説明してくれた。

[実は少し前からアメリカのバスケが有名な大学の人に留学を勧められて。全国大会が終わったらこっちに来ないかって言われたんだ]

アメリカのバスケ、、、NBAってこと?

すごい。すごい、けど。

ー行かないでほしいー

[私は、どうするの]

[、、、]

[彼女のことは、放っておくの?]

[それは]

[私は嫌だよ。宏輝がどっかにいっちゃうだなんて。せっかく付き合ったのに。喧嘩もなく今までやってきたのに。そんな急に。急にいなくならなくてもいいじゃん!どうしてもっと早く言ってくれなかったの!どうして...]

[ごめん、なかなか言い出せなかったんだ。言ったら、悠香先輩が今みたいになっちゃうてわかってたし...]

私は、泣いていた。大粒の涙を流していた。みっともない姿だった。

[私たち、どうすんの?別れちゃうの?そんなの嫌だよ]

[俺は、別れたくない。悠香先輩みたいないい人、この先きっと出会えない。だから、お願いがあるんだ]

そう言う宏輝の目は少し涙ぐんでいた。

[2年後。悠香先輩が成人して、お酒も飲めるようになる頃に、俺は日本に戻ってくる。それまで待っていてほしい。

その間、俺は悠香先輩のことをずっと好きでいるから。だから、こんな我儘な俺だけど、待っていてほしいんだ]

その彼の提案に私は

[うん。待っているね。私、ずっと待ってるから。絶対、絶対戻ってきてね]

そう言った私のことを、宏輝は抱きしめてくれた。

[うん。約束する。悠香先輩のために、もっともっといい男になって帰ってくるよ]

[約束だよ。あと...悠香、って呼んでほしい]

[わかった。...悠香。絶対、迎えに行くよ]

しばらく抱き合ったあと、私たちは自分達の家へと帰った。その頃には、夕陽は沈み、月が私達を見守っていた。


1ヶ月後

ー空港にてー

[それじゃ、行ってくるね]

[うん、元気でね]

だんだん小さくなっていく彼の背中を私はずっと見ていた。

行っちゃったか。

私、待ってるからね。

2年後、またこの空港で。


2年後

[遅いな]

大学2年となった私は、空港ではなく地元の公園で彼を待っていた。

...ここで、私は彼に告白された。彼がここを指名したのはそれが理由だろう。

と思っていると、

[悠香]

久しぶりに鼓膜に響いたその声を聞いた私は、思わず体をびくりとさせ、声のする方へ振り返った。

[宏輝]

[久しぶり、悠香]

私たちはそれ以上言葉を交わす前に、抱きあった。

[ただいま。それと、ありがとう。俺のことをずっと待っていてくれて]

[おかえり。待つに決まってるじゃん。だって約束したもん]

これから始まるんだ、私たちの恋は。2年前に止まってしまった私たちの恋が。

しばらく抱き合ったあと、私たちは2年ぶりに手を繋ぎながら歩いていた。

久しぶりだな、この感じ。

[とりあえず、宏輝も帰ってきたことだし...]

[お、なになに?]

[お酒でも飲もうか]

[俺まだ未成年なんだけど]

雲一つない青空の下、私たちはこの世界の誰よりも幸せそうに笑った。


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