プールの怖い噂
いよいよ勝負開始。あたし達はプールサイドで、向かい合って立つ。
さあ、まずはやっぱり、アレからいってみようか。
「それじゃあ、よろしくお願いします!」
あたしは元気よく挨拶をして、深く頭を下げた。
これは古来より伝わる、カッパに勝つための方法。
こうしてお辞儀をしたら、カッパもつられてお辞儀をし、そしたら頭のお皿に入っている水がこぼれてしまうのだ。
お皿の水がなくなれば、カッパはたちまち弱くなる。これが、カッパ退治のセオリーなんだけど。
お辞儀をした状態で、そっとカッパに目を向けると、なんと奴はお辞儀をするどころか、腕を組んで仁王立ちをしながらふんぞり返っていた。
「おい、まさかとは思うが、俺がつられてお辞儀をするって、思ってるんじゃないだろーな?」
「あれ、しないの?」
「するか! 今時そんな手に引っ掛かるカッパがいるか。そんなのでどうにかできるなんて思ってるのは、時代遅れのアホな人間だけだっての」
バカにしたように、ふんと鼻で笑ってくる。
コイツ、言ってくれるじゃないか。
まあいい。そう言うことなら、もう小細工は無しだ。正面からギッタギタにのしてやろうじゃないか。
「それじゃあいくぞ。はっけよい、のこった!」
掛け声とともに、カッパはあたしに向かってくる。
けど、甘いよ。
あたしは素早く左右の手を開き、向かってくるカッパ目掛けて、柏手を打った。
パンッ!
「うおっ!?」
静かな夜のプールに、手を叩いた音とカッパの驚く声が響く。
これは猫だましと言う、大きな音を出して相手を驚かせる、子供だましな技だ。
けど真剣勝負の中、いきなり大きな音を出されたら案外ビックリするもの。
カッパはビクッと体を震わせ、一瞬動きが止まった。
よし、今だ。
あたしはその隙をついて身をよじり、クルリとカッパの背後へと回った。
「なっ!?」
予想外の行動に、カッパは反応できていない。けど、攻撃はここからだ。
あたしはカッパの頭に両手を伸ばすと、しっかりとそれをロックし、締め上げた。
これは相撲と言うより、プロレスで使われる首を絞め落とす間接技。スリーパーホールドだ。
「ぎやああああっ! 痛ててててっ!」
「オラオラ、まだ終わりじゃないよ!」
あたしはカッパの頭を押さえたまま、そのまま首を横に90度傾ける。
「ギャアアアアッ! く、首が—!」
カッパの首は、完全に横に傾いている。
技の威力は絶大だけど、実は狙いはそれだけじゃない。傾いた頭のお皿から、溜まっていた水がジョボジョボとこぼれ始めた。
「ああっ、俺の水がー!」
「さあ、これでもうアンタに勝ち目はないよ。うりゃあ──っ!」
「うわああああっ!」
頭から手を放すと今度は体を掴み、そのまま弱ったカッパをプールに向かって投げ飛ばしてやった。
頭からまっ逆さまにプールに落ちたカッパは、大きな水しぶきを上げる。
ちょっとやりすぎちゃったかな? まあいいか、溺れるってことはないでしょ。
しかもコイツは花も恥じらう乙女と相撲を取りたがるセクハラカッパなんだし、少しくらい痛い目見た方がいいんだ。
するとカッパは水面からぬっと、怨めし気な顔を出す。
「お、お前。無茶苦茶しやがるな!」
「大丈夫だった? まあとにかく勝負はあたしが勝ったから、もう悪さはしないってことでいい?」
「ふざけるな! 卑怯な手を使いやがって。俺は死んでも、ここを動かねーぞ!」
「おいおい、約束が違うじゃないか」
いるんだよねえ。勝負に負けると駄々をこねだす、小さな男って。
「アンタ、あんまりわがまま言うんだったら、力付くで追い出すよ」
「はっ! やれるもんならやってみろ。言っておくが、俺はプールからは出ねえ。さっきは卑怯な手に負けたけど、水中戦なら俺は無敵だ。カッカッカッ!」
コイツ、どうやら陸地では勝てないと踏んで、水の中に籠城するつもりか。
まあいいさ。自信満々なようだけど、本当に無敵かどうか、試してみようじゃないの。
あたしはスカートのポケットから、数枚のお札を取り出す。
あたしが書いて霊力を込めた、ありがたいお札だ。
それをプールで泳ぐカッパ目掛けて、投げた。
「心に風、空に唄、響きたまえ──滅!」
「ギャアアアアッ!」
お札に当たったカッパがまたも悲鳴を上げる。
このお札に当たった妖怪は、強力なスタンガンを食らったような激しい痛みに襲われるんだよねえ。
水の中に入ったらアタシも思うように動けないけど、だったら陸の上から攻撃すればいいだけの話。
プールに入ったくらいで、あたしを出し抜こうだなんて考えが甘いよ。
あたしはそのまま休むことなく、第二第三のお札をぶつけていく。
「心に風、空に唄、響きたまえ──滅! 滅! 滅!」
「や、やめろ!」
「心に風、空に唄、響きたまえ──滅!」
「もうやめてくれ! 降参、降参するから!」
なんだもう終わりか。もうちょい粘るかと思ったのに、カッパって案外根性無いんだね。
カッパは疲れきった顔でプールから上がってくると、あたしに向かって勢いよく頭を下げた。
「参った。姉さんには敵わない。もう俺の敗けだよ」
うんうん、素直でよろしい。
けどどうでもいいけど、下げた頭からまた水がこぼれてるぞ。大丈夫か?
「まあ、悪さしないって言うなら、あたしもこれ以上は何もしないよ。それより、あんたの住み家ってどこ?」
「東川だ。町外れの大橋の辺りだが、それが?」
「ゴミが捨てられて困ってるって言ってたよね。だったら上に報告して何とかしてもらうよ。元々人間が川を汚したのがあんたがやって来た原因なら、ちゃんと掃除しておかないとね」
「本当か!」
ああ。祓い屋は何も、一方的に妖怪をいじめるわけじゃない。
目指すのは共存。問題があるなら、もっと根本から解決していかないとね。
「ありがとう。姉さん、あんたいい人だし、それに強い。どうか俺を、子分にしてくれ!」
「カッパの子分かい? いいよ。美少女JK火村悟里の名前を、よーく覚えておきな」
「へい、喜んで!」
この様子なら、もう悪さはしないだろう。
かくして、プールの幽霊騒動(犯人はカッパだけど)は無事幕を閉じた。
…………かに見えたが。
次の日。
「ねえねえ知ってる? 今朝プールに、大量のお札が浮いてたんだって」
「なにそれ、こわーい」
「足引っ張られたっていう先輩もいるらしいし、やっぱり幽霊がいるんだ」
学校では朝から、プールで見つかった大量のお札の話で持ちきりだった。
しまった。カッパをこらしめた後、回収するのを忘れてた!
幽霊の噂が流れてるプールに大量のお札が浮いていたら、そりゃ騒ぎになるわな。
もう幽霊もカッパもいないってのに、なんかえらいことになってる!
あたしは自分の席に座りながら、お札から足がつかないか悶々と考える。
ヤバいヤバいヤバい!
筆跡から、犯人があたしって分かったらどうする? いや待てよ。お札は水に落ちて字はにじんでるだろうから、おそらく大丈夫だろう。
どうかバレないでくれよ。夜の学校に忍び込んでプールにお札を撒いたなんてなったら、罰を受けるのは確実だろうからねえ。
ただでさえあたしは遅刻したり、男子トイレに入ってお喋りをして怒られたり、不良の先輩とケンカしてぶっとばして停学をくらったりしてるから、先生に目をつけられているのだ。
まったく、男子トイレでお喋りするくらいで、怒るなっての。
不良の先輩だって、今は立派にあたしの舎弟になってて和解したんだから、別にいいじゃないの。
なのに先生たちときたら、あたしを問題児扱いしてる。
これ以上刺激するのは、さすがにマズイって。
どうかバレませんようにと思いながら、あたしは今日もJKと祓い屋の二重生活を送るのだった。
完
自称美少女祓い屋JK、火村悟里の事件簿(笑) 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます