幽霊の意外な正体

 時刻は夜の10時。

 学校内には生徒はもちろん、先生の姿もなく、辺りはシーンと静まり返っている。

 そんな中あたしは、問題となったプールの、シャワー室へと続く通路の陰に隠れながら、息を殺していた。


 理由はもちろん、昼間聞いたプールの足引っ張り事件の真相を確かめるため。

 だからと言って、夜の学校に残ってて良いのかって? 細かいことは気にしない。バレなきゃいいの。


 美伊子から聞いた、プールで立て続けに起きている足引っ張り事件。

 あの後あたしは被害に遭ったという人達と、プールをよく使っている水泳部員から話を聞き、そしてある予想を立てた。

 一連の騒動の犯人は、今夜このプールに姿を現すんじゃないかって思ってる。だからこうして、夜遅くまで張り込んでいるんだけど、いつになったら現れてくれるかねえ。


 だけどそんなことを思っていると、不意にプールを囲っているフェンスの方から、カシャンと言う音が聞こえてきた。


 来たか!


 見るとプールサイドに、さっきまではなかった影が見える。

 あたしは隠れていた通路から飛び出して、その影に向かって行った。


「除霊キーック!」

「ギャアアアアァァァァッ!?」


 飛び出したと同時に飛び蹴りを食らわせてやると、やって来たソイツは大きく吹っ飛んだ。


 除霊キックなんて言ったけど、とどのつまりはただの飛び蹴り。そして通常、実態を持たない幽霊は、誰かに取り憑いてでもいない限り、蹴っ飛ばされるなんてあり得ない。

 それじゃあ姿を現したコイツは、どうして吹っ飛んだか。答えは簡単。


「グエー。な、なんだお前は?」

「なんだじゃないよ。最近このプールで悪さしてるのはアンタだね。このカッパ野郎!」


 蹴飛ばされてプールサイドに尻餅をついていたのは、幽霊じゃない。

 緑色をした体に、黄色いくちばし。手には水掻きがあって、背中には甲羅。そして頭の上にはお皿があるソイツの正体は、紛れもなくカッパだった。


 やっぱりね。そうじゃないかと思ってたよ。

 最初美伊子から話を聞いた時は分からなかったけど、その後出た四人目の被害者に実際会って、掴まれたと言う足を見せてもらってピーンときた。

 その被害者の足には、手形がアザになって残っていたんだけど、それには人間にはない、水掻きがついていたのだ。


 それを見て確信した。

 コイツは幽霊の仕業じゃない。何らかの理由でプールに忍び込んだ、カッパの仕業だって。


 あたしは腕を組んで仁王立ちしながらカッパを見下ろしていたけど、カッパは何かに気づいたみたいにまじまじとあたしの顔を見てくる。


「ん、ちょっと待て。姉さん、俺のことが見えるのか?」

「ああ、バッチリとね。アンタねえ、イタズラするなら、場所をわきまえな。ここは祓い屋、火村悟里の通う学校。言わばあたしの縄張りだ。あたしの目の黒いうちは、悪さなんてさせないよ」

「こいつは驚いた。姉さん祓い屋なのか? でも縄張りなんて言っときながら、今日まで俺のことに気づいてなかったじゃねーか」


 うっ、細かいことをつつく奴だねえ。


「ふん、悪かったねえ。けどアンタ、見た感じ学校に住んでるって言うよりは、住みかは別にあって、遊びに来てるんだろう。そんないたりいなかったりするから、今でアタシの目を逃れてたんだよ」


 まさか川からふらっとやって来て、プールで泳いでるカッパがいるだなんて思わないじゃない。さすがにそんなイレギュラーまでは分からないっての。


「だいたい、アンタなんでプールで泳いでるのさ。カッパなら、川で泳げばいいじゃん」

「それがよう。最近はゴミを捨てるやつが多くて、川が汚れちまったんだよ。そのくせ人間は、自分達が泳ぐプールだけは、綺麗な水を使ってやがる。俺だって泳ぐなら、汚れた川よりきれいなプールの方がいいっての」


 うっ、なるほど。川を汚されて、新しい泳ぎの場を求めてプールに来たってわけか。

 無断でプールを使うのはどうかと思うけど、元々人間が川を汚したせいとなると、強くは言えないね。


「けど待った。泳ぐだけならまだいい。けどアンタ、時々泳いでる生徒の足を引っ張って、溺れさせてるでしょ」

「そりゃそうだ。カッパはそういう妖怪だからなあ。昔はよく、川で泳いでる人間の足を引っ張って、遊んでたんだぜ。なあに、俺もヤバい事にはならないよう気をつけているんだから、別にいいだろう」

「ふざけるな。生憎そんな悪さをするような奴を、これ以上野放しにしておくわけにはいかないね」


 コイツが本当に気を付けていたとしてもだ。泳いでる時に悪ふざけするなって、学校で習わなかったのか。

 習わなかったんだろうね。だってカッパだもの。学校になんて行ってないだろうし。


「それにここなら、若い女の子の水着姿も見放題……痛っ!」

「この変態カッパ。頭の皿を叩き割ってやろうか」


拳骨を食らわせると、カッパは痛そうに頭のお皿を擦る。

見えないのをいいことに、セクハラなんかするんじゃないよ。やっぱコイツは、放っておくわけにはいかないねえ。


「分かったよ。それじゃあ姉さん、俺とひとつ勝負しねえか」

「勝負?」

「そう、姉さんが勝ったら、俺はもうここには来ない。そのかわり俺が勝ったら、その時は好きにさせてもらうぜ」

「構わないよ。けど、なんで勝負するんだ? まさか水泳対決なんて言わないだろうねえ」


 いくらあたしでも、何の策も無しにカッパ相手に泳ぎで勝つのは難しい。それにそもそも水着を持ってきてないから、泳ぐのは無理だ。


 するとカッパは意地悪そうな顔で、ニヤリと笑った。


「なあに、俺も鬼じゃねえ。そんな勝つと分かりきった勝負なんて、吹っ掛けねーよ。勝負ってのは、相撲だ」

「相撲?」


 出された提案に、目をパチクリさせる。


 何が鬼じゃないだ。

 相撲と言えば、カッパの特技の一つじゃないか。

 コイツさては、ハナからまともな勝負なんてする気なかったな。


 けど、こんな風に自信満々の奴を見ていると、伸びきった長っ鼻をへし折ってやりたくなるんだよね。

 天狗になったカッパを、へこませてやろうじゃないか。


「分かったよ。それじゃあ、相撲で勝負しよう。まあ、あたしが勝つけどね」

「カッカッカッ。姉さん、面白いこと言うなあ。後で吠え面かいても知らねーぞ」


 その言葉、そっくりそのまま返しておくよ。


 と言うわけで相撲勝負をすることで合意したあたし達は、ルールの確認をした。

 土俵がないから、押し出しは無し。先に地面に足以外がついた方の負けという、シンプルなルールだ。

 負けても文句言いっこ無しの、一発勝負だ。


「カッカッカッ。人間と相撲取るだなんて、何年ぶりだ? しかも相手が美人のねーちゃんだなんて、今日はツイてるぜ」

「うむ、確かにあたしは美人だ。だけど知ってるか。人間のことわざには、『綺麗な花にはトゲがある』ってのがあるんだよ」

「ほーう、そいつは楽しみだ」


 本気にしてなさそうな態度で、カッカと笑うカッパ。

 ま、いいけどね。どうせ勝つのは、あたしなんだもの。


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