プールに出る幽霊

 祓い屋。それは成仏できずにさ迷っている霊や、人間に害をなす妖を祓うための、立派なお仕事。

 そしてあたし、火村悟里は、そんな祓い屋の家系に生まれたってわけよ。


 ん、祓い屋の家系なんてあるのかって?

 それが、あるんだよねえ。

 あたしが生まれたのは山奥にある、祓い屋の里って場所でさあ。そこでは幽霊や妖が見える人が、普通にゴロゴロいたんだよ。


 さすがに見えない人の方が多くはあったけど、そこは祓い屋の里。見えなくても、この世ならざる存在がいるって言う事は、みんなが認知していた。

 で、うちはそんな里の中でも名家と言われていて、一際強力な霊力を受け継いでいる家だったんだけど。

 あたし、火村悟里は高校入学を機に、今年の春から住み慣れた里を離れ、町で暮らし始めたのよ。


 だって里には高校がなく、一番近くの学校でも、片道三時間は掛かるんだもの。

 だから里の子供は高校に上がると同時に、親元を離れて町で暮らすのが普通なんだけど。

 里を離れてみてわかったよ。あたし達が今まで常識だって思ってたことが、外ではどうも違ってるってことが。


「あー、あのハゲ担任ムカつくー!」


 一時間目の休み時間、あたしは教室の一角でグチをこぼしていた。

 ハゲ担任と言うのは、五十代半ばのあたしのクラスの担任の先生。普段はフサフサのカツラを被っているけど、その下の本当の頭はかなり残念なことになっている、男の先生だ。


 で、何でこんなにもムカついているのかと言うと、原因はほらアレよ。

 今朝除霊した、猫の幽霊。無事成仏させられたは良かったけど、おかげで始業ベルには間に合わずに遅刻。

 けどさあ。あたしは良いことして遅れたわけよ。なのにクラスのみんなの前で、怒らなくたって良いじゃない。


「まあ仕方ないんじゃないの。だって遅刻の理由が、猫の霊を祓ってただよ。ふざけるなって言いたくなる気持ちも、ちょっと分かるもん」


 フォローどころかダメ出しをしてくるのは、同じクラスの女子、美伊子。


 むう、猫の除霊のどこがふざけてると言うんだ。里だったらこれを言ったら、良くできましたって誉められるところだぞ。


「悟里さあ。嘘でも良いから、もっとマシな理由を用意しておいた方がいいよ」

「嘘でも良いからって時点で、どこか間違ってる気がするのはあたしだけかい? だいたい、遅刻したのは美伊子だって同じじゃないか」

「そりゃそうだけど。私は産気付いた妊婦さんを、助けてたからだし」


 そうなのだ。実は今日、美伊子もあたしと同じく遅刻をしていたのだけど、先に挙げた理由を言ったら、なら仕方がないと許されておとがめ無しだったんだよね。

 解せぬ。猫の除霊をしてたと言ったら怒られたのに、妊婦さんを助けるのは許される。この差はいったいなんだと言うんだ?


 まあなんだも何も、そもそもあのハゲ担任が、幽霊を信じてないのが原因なんだけどね。

 里では、幽霊はいて当たり前。その存在を疑う方がどうかしてるってみんな思っていたのに、外に出たら信じる方が少数派ときたもんだ。

 外はだいたいこんな感じだって噂には聞いていたけど、マジだと知ってビックリ。

 当然今では、そういうもんだって頭では理解してるけど、長年培われた感覚はなかなか変えられない。

 今日みたいに遅刻の理由を訪ねられたら、つい正直に話しちゃうんだよね。


「まああたしは好きだけどね。悟里のその霊感キャラ。なんか面白いし」


 アハハと笑う美伊子だけど、彼女はあたしがガチの霊能者だって信じてはいない。

 けどまあ仕方がないか。育ってきた環境が違うんだから、信じられないのを責めるわけにはいかないものね。


 けど信じていなくても、こうして仲良くしてるってだけで十分。

 美伊子とは入学してすぐに仲良くなって、こうして休み時間の度にお喋りに花を咲かせている。

 幽霊云々は信じてくれなくても、案外上手くやっていけるもんだ。

 するとその美伊子がふと、思い出したように口を開いた。


「そういえば。幽霊と言えば、変な噂があるの知ってる?」

「変な噂?」

「うん。先週から、プールの授業が始まったじゃん。なんでも泳いでいる途中に、見えない手に足を引っ張られたって人が、何人もいるらしいんだよね」

「見えない手?」


 思わず前のめりになる。

 足を引っ張られるなんて、もし本当だとしたらずいぶん物騒な霊じゃないか。


「それって、本当に幽霊なの? 単に溺れただけってことはない?」

「けど、もう三人も溺れかけてるってはなしだよ。しかもみんな同じ証言をしてるし、被害者の中には水泳部の先輩もいるって言うよ」


 水泳部なら、泳ぎ慣れているだろうに。それにプールが始まったのは先週なのに、もう三人も被害にあっているなんて、確かに多い気がする。


「しかも引っ張られたって言う被害者の足には、手形の痕が残ってたらしいよ。怖いよねー」


 美伊子はあんまり怖そうでない声で言ったけど、あたしは黙ってじっと考えていた。

 プールに出るってことは、前にそこで溺れて亡くなった人の霊が、化けて出たのかな?


「ねえ。その事故って、去年は起きてたか分からない? あと、この学校のプールで昔溺れて亡くなった人って、いるのかな?」

「なんか悟里、探偵みたい。うーん、でも誰かが死んだって話は、聞いたことないなあ。それにたぶんだけど、去年はこんな事件は起きてなかったんじゃないかなあ。起きてたらこの話を知った時、一緒に聞いてておかしくないもの」


 うーん。と言うことは、足を引っ張られるようになったのは、今年に入ってからと言うわけか。

 しかも死んだ人がいないと言うことはどう言うことだ?


 誰も死んでいないのに、今年からいきなり事件が起きるようになったってこと?

 普通なら幽霊が起こす事件で、こんなことはあり得ない。と言うことは、これは幽霊とは何の関係もない、ただの事故なのかも。


 だいたい普段よりつかないプールとは言え、学校の敷地内で幽霊が住み着いていたら、あたしが気づきそうなものだし。


「私達も明後日にはプールあるから、気を付けないとね。けど、まあもし本当にいたとしても、こっちには霊能JKの悟里がいるんだもの。やっつけてくれるよね」

「はは……まあね。もし出たら任せておいてよ」


 コイツ、信じてないくせに人を霊能キャラ扱いして遊びたがるんだから。


 しかし、プールの幽霊ねえ。本当にそんなものが出るなら、やっぱり気付いていそうなもんだけどなあ。

 まあなんにせよ、ここはひとつ調べておいた方が良さそうだ。いないならいないってきちんと証明しておいた方が、スッキリするしね。


 あたしは一人やる気を出していたけど。

 足を引っ張られたと言う四人目の被害者が現れたのは、その日の午後だった。





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