──爽昧──
「これからどこへ向かうんだ?」
目の前に立つエリーに問いかける。隣にはリンヤも立っていた。エリーの背後ではすっかり片付いた集落が広がっている。残されているのは空き家のみで、家畜を囲っていた柵などは解体されている。モエギ族は各々必要な荷物を持っていた。重たいものは荷車に乗せている。
「南へ行こうと思ってる。これから冬が近づくから」
「そうか」
エリーはさっぱりとした笑顔を見せる。ソウもそれに返そうと笑みを形作ってみた。エリーはソウの不器用な笑顔を見て、また笑う。まだその笑顔には悲しみの色が見える。それでも、長としてやるべきことを果たそうとしている。
「ほんとにユニコーン探しなんてやるの?」
「うん。オババの持ってた書物の記述を信じてみる。それに……モエギ族はここにいない方が、いいと思うの」
寂しさをにじませた表情に、ソウもリンヤも口をつぐむ。
モエギ族は、元々流浪の民だという。ユニコーンが世界を転々と渡り歩くからだ。今はおそらくマホメガの影響でここに留まっている。だがもうユニコーンはここにはいない。世界のどこかで再び生まれる。だからモエギ族は出ていく。それは事実でもあり、建前でもあるのだろう。グローリーシティとダストリーシティに挟まれ、モエギ族は傷つきすぎた。たとえそこに別れが伴おうとも、出ていくことが後々のためになる。
「あーあ。俺もその書物とやらを見てみたいわ」
沈んでしまった空気を変えるようにリンヤがふざけた声を出す。頭の後ろで両手を組み、年相応の笑顔を浮かべる。
「ごめんね。あれはモエギの長しか見ちゃいけないみたい」
優しく真面目なエリーは、リンヤのおふざけにもきちんと返事をしてくれる。そうするとこちらに飛び火するのだ。
「ソーウーくん」
案の定リンヤがソウの肩に腕を回してきた。
「ソウはエリーと双子じゃん? つまり見ていいんじゃない?」
「興味ない。それにもう時の力は失った。だからモエギ族という証拠もない」
顔を覗き込んでくるリンヤから目を逸らし、辟易とした口調で呟く。微笑ましそうにやり取りを眺めていたエリーに視線を向けた。
「エリー。力を失った状態で、大丈夫か?」
あの後、二人して力を失ってしまった。元々時の力だけを持っていたソウは、きれいさっぱり何も使えなくなった。エリーは一般のモエギ族より強い癒しの力が、普通になったようだ。
一陣の風が吹き、エリーの髪の毛と巻き衣の裾をさらっていく。エリーの顔はそれを追うように上に向かった。木々の梢が奏でる調べが、彼女の口元を上げていく。
「大丈夫。強い力がないからこそ、みんなと一緒に歩けると思うから。私は、今持つ力の限り、頑張るよ」
胸元でこぶしを握るエリー。その様は愛らしい少女そのものだ。その背に一つの一族の命運が乗っているとは思えない。
心臓のあたりがぐっと縮まる。
「そうか。……本当は一緒に行くべきだと……」
言い訳がましく言い募る自分の口を途中で閉じる。胸に浮かぶ感情が、寂しさなのだと一歩遅れて気づく。
双子。髪の色も目の色も同じ、双子。それでも進むべき道は、分かれている。ソウが何を言っても、エリーが出ていく未来は変わらない。そしてソウも、グローリーシティから離れる選択はしない。随分と勝手な言葉を放ってしまったと自嘲する。
肩にかかったままだったリンヤの腕に力が入る。まめだらけの手が肩を掴み、小さく揺らした。
「ソウくんはこれからシティの中枢に入って、こき使われるでしょー?」
意地悪く言われた言葉とは対照的に、手の力は柔らかなものだった。
「中枢?」
「ああ、エリーにはまだ伝えていなかったか。シティから正式に秘書課に来てくれと言われたんだ。卒業はまだだが、既に何度か手伝いに行って、今回の騒動の片づけを行っている」
「わぁ! やっぱりソウはすごいんだね!」
エリーが小さく拍手をしてくれる。リンヤが腕を外し、エリーに一歩近づいた。
「いやいや、俺は?」
「ん? 私はリンヤもすごいと思ってるよ」
屈託のない笑顔にもリンヤはひるまなかった。
「でしょー。まだまだ人間一年生のソウくんを横で支えてあげるのが俺、だからさ」
リンヤは当たり前のようにこれからも共に歩んでくれるらしい。そのことが素直に嬉しかった。リンヤ曰く人間一年生のソウでも、彼が大きく変化したことは察せられる。
「ああ。リンヤは頼りになるからな。傍にいてくれ」
こみあげてきた感情のままの表情を作る。リンヤは驚いて固まってしまう。エリーも綺麗な目を丸くする。
「プロポーズの言葉は別の人に取っておきなって」
やや間が空いて返された言葉は、リンヤにしては歯切れの悪いものだ。そもそもプロポーズとは何のことだろう。リンヤには思ったままを言っただけで、何も結婚の意志を表したわけではない。
何を勘違いしているのか不思議に思っていると、エリーが笑いのにじんだ声を出す。
「二人は本当に仲良しだねぇ」
その言葉にますます眉根が寄る。今のやり取りのどこに『仲良し』を感じ取ったのだろう。そもそもソウとリンヤは仲間ではあっても、仲良しかどうかは定かではない。共にこなした任務はあれど、仲を深めるような行動は取ってないはずだ。どのような行動がそれに当てはまるかも定かではないが。
「……エリー、一度仲良しの定義を確認してみたらどうだ?」
真面目な顔で告げると、エリーは笑みを引っ込める。驚いているような、呆れているような表情をしたままソウを見る。一呼吸の間を置いて、大きな声で笑いだした。リンヤも笑いだす。
「いやいや、ソウ、辛辣すぎ」
「俺は事実を……」
「私、仲良しの意味くらいわかるよ」
笑い声の隙間から、二人はソウに向かって言葉を放つ。何がそんなに面白いのか、ソウにだけ理解できない。ただこうして笑顔を浮かべる二人を見ていると、ソウの口元も綻んでいく気がした。
まるであの頃、まだエリーを騙していた頃、三人で過ごした時間が戻ってきたようだ。それほど長い時間は経っていないが、もう随分昔の出来事に感じる。もしかしたら、喪失の苦しみがそう感じさせているのかもしれない。
涙目のエリーが指先で雫を拭った。徐々に笑いの波が去っていく。やがてエリーもリンヤも笑うのをやめた。あとに残った静けさが、三人の終わりを告げている。
「俺はソウ・エヴァルト」
俯いていたエリーが顔を上げる。リンヤも不思議そうにソウを見た。
「どこにいたって、それは変わらない。俺はエリーと双子だ」
少女の目が、太陽の光を受けて煌めく。アメジストがそのまま目から零れてきそうだ。
「なら、俺らが仲良しだってことも、変わらないね」
リンヤがソウとエリーの肩に腕を回す。オババが消えたときと同じ仕草だった。でも込められた意味は全く異なっている。口元に笑みがのぼる。
今度の『仲良し』は否定しなくていいだろう。
「ありがとう」
エリーの祈りが、二人の耳に溶けていく。
エリーと別れ、ソウとリンヤはグローリーシティに向かって帰路についた。目線の先に所々崩れた壁が見える。
「ガルには会ったのか」
あれからガルは姿を見せていない。密かにアジトにも訪れてみたが、もぬけの殻だった。
「んーや。でもきっと、街の中にいる。それで俺らを見てるんだ」
「リンヤはそれで……」
「俺はソウといるって決めたから」
リンヤがソウの言葉を遮る。薄く笑みを浮かべ、まっすぐグローリーシティを見ているリンヤ。その歩幅は、ソウと一緒だ。
リンヤから目を逸らし、俯く。そっと微笑みを浮かべる。
「さーて、俺はこれからどうしようかね。就職先は自分で決めんのかなぁ。それともまだ提示されんのかなぁ。どうなん?」
「わからない。今はまだ事態の収束とシティの修繕が先だ」
一歩踏みしめるたび、グローリーシティが近づく。大きく、広く、完璧だった都市が。
「まあ、そっか。まだまだ忙しそうだね」
「ああ」
これからどうなるのか、誰にもわからない。今はまだ慌ただしさに包まれているから寧ろ平和だ。だがこの先、誰がグローリーシティを治めるのか、どの方向に向かって歩むのか、決めるときがくる。必ず醜い争いや水面下の戦いが推し進められる。
ソウはその中に身を投じねばならない。
「ただ……リンヤが支えてくれるからな。俺は大丈夫だ」
まっすぐ壁を見つめる。崩れた壁を。
「そうだね」
リンヤの視線は感じなかった。どこを見ているかは、当然わかる。
太陽の光が二人にも、グローリーシティにも等しく降り注ぐ。崩れて尖った部分が、鈍く光る。あの形がこれからどう変わるのか、誰にもわからない。しかしもう二度と、完璧な都市はできないだろう。
ソウが笑う。誰が見ても自然な笑みだった。
薄紫色の瞳が、その決意を示すかのように、力強く光を放った。
グローリーシティ 燦々東里 @iriacvc64
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます