Ep.12:登校してみれば

 退院した翌日は一睡もできていなかったから体が痛むと教師には嘘を告げて休んだ。うちにいた彼女達は僕がホントは寝不足で休んだ事を知っている。


 彼女達の登校前には布団もソファーベッドも片付けられていて、折りたたみのテーブルも使って六人で朝食を食べた。お昼はお弁当を作ってくれている。愛美まなみさん、いつもありがとう。


 最初に登校するのは静吏しずりさん。一人だけ学校が違うから仕方がない。それから三十分くらいして皆んなが登校して行く。

 口々に『いってきます』を僕に言ってくる。僕も『いってらっしゃい』を返すんだけど、なんか不思議な感じ。


 皆んなが学校に行っている間に僕はひとまず眠りにつく。一時過ぎに目を覚まして愛美まなみさんの作ってくれたお弁当を『いただきます』

 その後は部屋やお風呂の掃除をしたり、洗濯機をまわした。

 こう言うと何事もなく平和に過ごしている様に思うだろうけど、ハプニングは起きた。主に花芽莉かがりさんのせいで。

 僕の洗濯物に何故かブラジャーが紛れていた。それもサイズ的に花芽莉かがりさんのが。帰ってきたらお説教しないと。

 まあ、流石に今回のこれが最初という訳じゃないので、最初の頃よりは動揺しなくなった。


「ただいま」

「おかえり」

 夕方、静吏しずりさんを除く、皆んなが帰ってきた。

 静吏しずりさんは今日もバイト。

「ん〜、なんか不思議。帰ってきたら『おかえり』って言われるの」

「そうだよな」

「そうね」

「うん」

「そうだね」

 愛香あいかさんの感想に僕を含めて皆んなで同意する。


 この日は静吏しずりさんが帰ってきた後、入れ違いになる様に愛美まなみさんを除く皆んなが帰って行った。昨日に比べると、とても静か。

 特に何かが起こることもなく一日を終えることができた。あ、部屋は元通り引き戸をはめて僕のプライベート空間は戻ってきてます。


 翌日になり皆んなと登校する。

 ほんの少しの間だけ休んでいたんだけど、僕が教室に入ると周囲から視線が集まる。居心地が悪いなあ。


かすり大垣おおがき先輩と喧嘩したのってお前か?」

「誰、それ?かじくんの知り合い?」

 本気で誰の事か分からない。でも、僕と喧嘩したっていうとあの時のアイツらか。そう思うと怒りが込み上げてくる。気がする。

 因みに声をかけてきたのはかじ 雅晴まさはる、イケメン。出席番号が一つ前という事で時々話しかけてくるクラスメイト。

 かじくんはよく告白されているけど中学の時から付き合ってる彼女一筋と言っていた。

「この前、部活が終わって職員室に部室の鍵を返しに行ってたら中に入れなくて、それに教室を見たら机も椅子も滅茶苦茶になってるし、その日の途中からお前、学校休んでたし、休む前にお前と大垣おおがき先輩が一緒にいるところを見たって奴がいたから」

 どうだ、この推理力と言わんがばかりのドヤ顔に呆れる。


「喧嘩はしてないよ、僕が一方的にやられただけ」

「そうなん?」

「そうそう、僕が喧嘩、強そうに見える?」

「見えないな」

「そうでしょ」

「なんだ〜、実は喧嘩が強いとかの方が面白かったのに」

 楽しそうにそんな事を言うが勘弁して欲しい。

 そんな話をかじくんとしていると彼と仲のいい男子グループが僕の周りに集まってきた。何気に初めて話す男子もいる。

 話の中心は僕が休んだ理由と教室の机や椅子が空き教室にあった予備のものと交換されていた事についてだった。

 彼女達の事には触れない様に言い訳をする。

 僕がこのところ彼女達四人と仲良く交流している事は周知されているので、ひびきさんにフラれた大垣おおがき先輩?達が僕をひがんで、僕に暴力を振るったという事にしておく。その上で、机や椅子は殴り飛ばされた僕がぶつかって破損した事にして説明をした。


 昼休みになると僕のところに彼女達がやって来る。今日は田所たどころさんもひびきさんと一緒にやって来て、六人で中庭に移動する。食堂でも良いかと思ったんだけど、わざわざ田所たどころさんが来たって事はこの前の件が関係しているんだろうから人が集まってないところがいいだろう。


 僕たちは時々中庭を利用しているのでレジャーシートも持参している。あまり大きい物じゃ無いけど四枚もあれば余裕を持って座れるし、片付ける際にも手間は少なくて済む。


 流石にベンチの周りには生徒がいるけど、中庭の中央にある大きな桜の木の下には誰もいない。今日はその桜の木の下にレジャーシートを敷いて陣取る。

「桜の季節にこうしてお弁当食べたいね」

 愛香あいかさんが溢した言葉に皆んなが同意する。

 今の時期だと日陰はまだ良いけど、日向だと動かなくても汗が滲んできそう。


「先にご飯を食べようか?」

 そう切り出したのは田所たどころさん。

「そうだね」

「じゃあ、いただきます」

「いただきます」

 皆んな口々に『いただきます』を告げてお弁当を食べ始める。

「ホントに新堂しんどうさんが皆んなのお昼作ってるんだね」

 僕達のお弁当をまじまじと見て田所たどころさんが呟く。

「まあ、同棲みたいなもんだしな」

 ニヤッと笑って花芽莉かがりさんが田所たどころさんに告げる。

「同棲じゃなくて共同生活だからね!」

 すぐに花芽莉かがりさんの発言は否定しておく。そうしないと誤解されるレベルで揶揄い始めそうだからね。

 そんな馬鹿話をしながらお弁当を食べ終えたところで田所たどころさんは僕に向き直り、真剣な眼差しを向けてくる。無意識にごくりと唾を飲む。


かすりくん、ひびきを助けてくれて本当にありがとう。ひびきの友人としてお礼を伝えたかったの」

「え〜と、田所たどころさんはひびきさんから話を聞いてると思って良いんだよね?」

響子きょうこちゃんには全部話してるよ」

 そうなのか、それなら美化されて伝わってるといけないので僕からも。

「僕はお礼を言われるような事はできてないよ。あの時も僕がもっと早く目を覚ましてればと今でも思ってるし、結局、僕一人だと何もできなくて、ひびきさんに助けを呼んできてもらえてなかったら皆んなもっと酷い目にあったかもしれないんだから……」

「それでも、やっぱりかすりくんがいなかったらもっと酷い事になってたかもしれないでしょ?そうならなかったことへのお礼の気持ちだから、受けとって欲しい」

「そういう事なら、分かったよ」


「そろそろ、昼休みも終わるし教室に戻ろうか?」

「そうだね〜」

「だるいなぁ」

「次、なんだっけ?」

「現国」

「寝れないな」

 そんなだらけた会話を交えて片付けを済ませて教室へと移動を開始した。

 若干の睡魔に襲われながらも午後の授業を乗り切って放課後を迎えた。


 放課後になるといつもの様に皆んなが集まってくる。筈だったのだけど、ひびきさんが来ていない。

ひびき、遅いなぁ」

「そうだね」

「もう少し待つ?それとも迎えに行く?」

 あんな事がまたあるとは思いたくない。けど、いつもとは違う事があると不安になってくる。だから———

「迎えに行こう、いつもと違うのはやっぱり不安になる」

 一応、『連絡とれる?』とメッセージを送る。


 愛香あいかさんと花芽莉かがりさんにはすれ違いにならない様にこのまま教室で待っていてもらう。まだクラスメイトは残っているからこの間の様にはならないと思いたい。


 ひびきさんを探して彼女のクラスに向かう途中の廊下で彼女を見つける。ひびきさんの周りには三人の女子がいた。

 僕と愛美まなみさんは彼女達に近づいて行く。

 僕達の位置からひびきさんの表情を伺う事はできない。

ひびきさん!」

 思わず彼女の名前を呼ぶ。

 パッと彼女が振り向く、その表情は安堵を含んだものに見え、僕達は彼女の元へ足早に近づく。

「あ、彼氏が迎えに来ちゃったね。じゃあね」

 ひらひらと手を振ってひびきさんの側にいた三人はその場を去って行った。

「大丈夫?ひびき

「うん、この前の事、今頃になって噂が広がってるみたい」


 スマホには大垣おおがきが退学になった事でその理由についての憶測、同時に退学になった者の事、彼等への非難、数日前に彼等が集まっていた時の話を聞いていた者がその時の事をアップしていた。

 その中にひびきさんの特徴を匂わす発言があった。それで、あの三人はひびきさんに話を聞きに来たんだろうか?それにしても無神経じゃ無いのか?


 多分、僕は難しい顔をしていたんだろう。

恭一きょういち、眉間に皺が寄ってるぞ」

「あっ、ごめん、なんか無神経だなって感じて……」

ひびきも困ってるんなら、私らに呼び出されてるとか言って良いんだからな」

「でも、それだと愛美まなみ達が悪く言われちゃう」

「まあ、私らは今更だしな。それにひびきは仲間だからな助ける事ができればそれでいいんだよ」

愛美まなみさん、男前だね」

 僕はグッとサムズアップしてみせる。

「男前はよせよ、これでも女の自覚はあるんだからな」

 僕たちは笑いあって皆んなの待つ教室に戻った。

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告白してくる彼女達の事を絶対に信用しない僕 〜嘘告を繰り返された僕は『嘘告マイスター』になった〜 鷺島 馨 @melshea

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