Ep.11:退院してみれば

 退院したその日はひびきさん達にお礼と心配した事を告げられ、静吏しずりさんからも心配していたと伝えられた。

 こればかりは僕がもっと上手く立ち回れていれば良かったと思うのだけど、心配をかけたことに謝ると当時にそう思ってくれる彼女達の気持ちが嬉しくて感謝を伝えた。


 僕の好きなものを作ってくれると愛美まなみさんは言ってくれたけど、

「ありがとう愛美まなみさん。でも口の中を切ってるから今晩は傷にしみない料理にしてほしいです」

 とお願いした。ホントにお手数をおかけします。

「じゃあ、薄味で熱くない料理、考えてみる」

 そう言ってキッチンへ愛美まなみさんは移動した。


 病院でもそうだったけど、今もひびきさんは甲斐甲斐しく僕の世話を焼いてくれている。『そこまでしなくても』と言ってみても、『私がしたいから』と言われてしまえば、実際助けてもらっている立場としては強く断れないんだよね。


 今日の時点で学校から僕の方へは『器物破損』で一週間の謹慎のところを響さん達を助けた事を鑑みて帳消しとなった。怪我の具合によっては休んでも良いと言われているので明日考えよう。

 加害者達については前科があった者もいたとの事で、司法の手に委ねられている。多分、二度と会うことはないだろう。いや、会いたくもない。


 そして、今晩一番困ったのは心配をした皆んなが帰ろうとしなかった事。と、いうよりも皆んな泊まる気満々で家の方にも連絡していた。

「嘘でしょ……」

 そう僕が呟いても、それはおかしなことじゃ無いと思う。僕、普通だよね!?


 順番にお風呂を済ませて、いざ僕の番となった。

 打ち身が痛んで腕が上手く上がらない。そう思っているとタオルを巻いた花芽莉かがりさんが勢いよく風呂場の扉を開け放った。

「お背中流しに来ました〜」

「お邪魔しま〜す……」

「ふうぉわっ!?」

 変な声が出たけど僕が驚いたのはおかしくないと思う。咄嗟に大事なところは隠せた。セーフ、多分。

花芽莉かがりさん!ひびきさん!早く出て!!」

「まあまあ、ひびきから腕を上げたときに痛そうにしてたって聞いたから、頭を洗うのと背中くらいは流してやろうかと思ってな」

 ニヤリと笑って僕を見てるけど、あなたのその胸部装甲は危険物なんだよ!思春期の男子にとっては!!恋愛感情が無くても男なんてコロッと引き寄せられるだけのものなんだよ!!

「私も背中を流してあげようかと思って……」

 ひびきさんはジャージの上下、袖と裾を捲っている状態だから僕の大事なとこさえ隠せればまだなんとか、いえ、お風呂で二人っきりなら理性が保つかな……

「あっ」

 風呂場に入ってきてすぐに花芽莉かがりさんが足を滑らせた。バランスを崩した際にバスタオルが緩む、ふわりと宙を舞ったバスタオルは僕の頭に被さる。

「見たい?」

 悪戯っぽい声音で僕に告げてくる。見たい、見たくないで言えば、見たい。それは正常な男子としては当然の反応。でも、彼女達との関係を壊したくない僕はこう答えるしかない。

「見たくない訳じゃないけど、気まずくなるのは嫌だから見ない」

「ぎりぎり、合格点かな。これで見たいって言ったら軽蔑したし、見たくないって言われたら魅力がないって落ち込むところだった」

「そういう訳で二人とも風呂場から出て行って下さい。お願いします」

「気にしなくても、大丈夫だぞ」

 花芽莉かがりさんはそう言って僕の頭からバスタオルを剥ぎ取った。

 ぎゅっと目を瞑っていると脇腹をくすぐられた。笑いを堪えきれずについに目を開けてしまった。僕の視線の先にはチューブトップに短パン姿の花芽莉かがりさんがいた。

「だから、大丈夫だって言っただろ」

 結局、二人はお風呂場から出て行く事なく僕の頭と背中を洗っていった。前は死守した。今までで一番疲れたお風呂だった……


 お風呂から出た後も頭や体を拭いてくれたりと世話を焼いてくれるけど、僕は隠すのが大変だったよ。思春期男子としては自然な反応が起きていたからね!!そこは察して欲しい。


 僕たちがお風呂に入っている間、他の三人はというと。

 部屋の境の引き戸を外して、部屋を一続きにしていた。

「これで少しはゆっくり眠れるだろ」

 ソファーベッドを展開して、来客用の布団も敷かれている。

 今日に限ってソファーベッドを敷居を跨ぐ様に設置されていた。

 あ、彼女たちの荷物が有るから敷居を跨いでるのか、まあ僕の寝室に荷物を置いてるのも不安が有るかもしれないし、見られたくないモノもあるかもしれないしね。布団がこっちだと寝る時に気になるだろうからソファーベッドが真ん中に来てるのか。ちょっと感心した。はい、現実逃避です。僕のプライベート空間がなくなった。


「じゃあ、ここから選んでね」

 愛香あいかさんの掛け声で皆んながあみだくじを引いている。あれ、僕は?

「じゃ〜ん、お布団は、ありゃ、愛香ひびきです。ソファーベッドは愛美まなみ静吏しずりです。という事で花芽莉かがり恭一きょういちを襲わないように!」

「襲う!?」

「襲う!」

 僕と花芽莉かがりさんは同じ言葉を違うニュアンスで発した。不穏でしかない。

花芽莉かがりさんがベッドを使えばいいよ」

 そう言って僕は一人で寝ると伝えたつもりだったのだが、

「まあまあ、そんな事を言わずに一緒に寝ようぜ。それとも恭一きょういちは私にいやらしい事をするつもり?」

 そう言われると全力で否定するしかない。

「なら、大丈夫だろ」

「いやあ、それでも不味いでしょ」

「いいから、いいから、もう決定した事だから。嫌だと言っても聞き入れません」

 言い合っていたけど、愛美まなみさんの『もう寝るよ〜』の言葉に負けて、花芽莉かがりさんとベッドを共にすることになった。


 それでもまだ僕は諦めてはいない。

恭一きょういち、壁側な」

「えっ!?」

 思考が読まれた!?花芽莉かがりさんが寝た隙にベッドから出て行こうとしていた事がバレた!?

 内心では動揺した、心が読まれたかと思って驚きの声もあげた。それでもまだ大丈夫、難易度は上がったけど足元から抜け出せば大丈夫。多分、きっと……




 結果から言わせてもらおう。

 僕は脱出に失敗した。

 言い訳をさせてもらえるのならこう言いたい。

「横で僕が寝てるのに一分かからずに寝息を立てだしたら嘘だと疑うでしょ普通は!そう思っていたら抱き枕にされて引き剥がせなかったんだよ!逃げるタイミングを逃したんだよ!」


 一睡もできずにいた僕を救ってくれたのは最初に目を覚ました愛美まなみさん。彼女は全てわかっていると言わんがばかりの呆れた表情で花芽莉かがりさんを見ていた。


「おはよ……」

「おはよう、愛美まなみさん……」


 この時もまだ花芽莉かがりさんは僕を抱き枕にして、胸に顔を埋めていた。愛美まなみさんに引き剥がされるまで。

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