Ep.10:夜の出来事

 ◇ 病室では ◇


 穏やかな寝息を立てる恭一きょういちの寝顔を眺めて、顔がにやけてくる事を我慢せず、幸せそうに笑みを浮かべたひびきが椅子に座っていた。

 そろそろ、消灯時間になる。

 消灯前の看護師さんの巡回はベットの下に隠れて上手く交わした。

 幸い、ここのベットは古いタイプで下に入れる空間が空いていた。それに個室があてがわれているのでトイレも困ることはない。

 お昼に買ったペットボトル飲料もまだ残ってる。


 聞いた話によるとここの病院は二時間おきに巡回があるらしい。

 消灯後、最初の巡回前にトイレに潜んだ。

 恭一きょういちくんの様子を見てすぐに次の部屋に行ったのか、扉の閉まる音が暗がりの中に響いた。

 忍足で恭一きょういちくんの所に戻る。

 鎮痛剤の効果が切れているのだろうけど、時々、呼吸が詰まった様になっている。その様子を見るとたまらなく苦しくなる。それにあの時の事を思い出すと体が震えてくる。それでも恭一きょういちくんには感謝の気持ちが湧きあがってくる。


 私にはこれくらいの事しか出来ないけれど、彼の手を握って、私達を助けてくれた感謝の想いと早く怪我が治って欲しいという想いを込めて願う。

 嘘の告白と思われて付き合っている時には触れられなかった彼の手を握っている。それなのに、嬉しいという気持ちは浮かんでこなかった。ただただ、感謝と怪我の回復を願っていた。


 その後、何度か巡回の時間はトイレに潜んでやり過ごした。

 明け方が近くなった頃にあまりにも眠くなってベットの下に潜り込んで寝た。意外とそこまで見てないみたいでバレなかった。


 朝の診察と朝食の為に人の出入りが増えた頃に目を覚ました。

 完全に遅刻する時間。

 愛美まなみさんと響子きょうこちゃんに休む事を伝えたら、愛美まなみさんから『学校には上手い事言っとく』と返信があった。『ありがとう。恭一きょういちくんも大丈夫そう』と返信を返した。


 病院関係者が病室から出て行った隙に、私がベットの下から出てくると恭一きょういちくんは驚いていた。

恭一きょういちくん、改めて言わせて。私達を助けてくれてありがとう」

 その想いを伝えるだけでは涙が溢れた。本当に感謝してもしきれない。これは私だけじゃないと思う。

「僕も、もっと早く助けに入れたら良かったんだけど……」

「そんなことない。恭一きょういちくんは遅くなんてなかったよ」

「でも……」

 それ以上、言わせないように恭一きょういちくんの口に人差し指を当てて塞ぐ。

「私たちは助けてもらったの、だから、恭一きょういちくんが責任を感じる必要はないの」

 それでも僕は考えてしまう。もっと早く僕が目を覚ましていればと。

 だから心がもやもやしている。

「でも……」

「それ以上、言うならキスをします!」

 顔を真っ赤にしたひびきさんにそう言われると両手を挙げて降参の意を表す。これ以上何も言えない。

「…… 恭一きょういちくんならいいのに」

 ボソッと呟かれた彼女の言葉は聞き取れなかった。

「他のみんなも多分、一緒の事を言うと思うよ。花芽莉かがりさんならホントにキスして口を塞いでくるかもね」

 明るい感じで少しだけ茶化す。この話はこれでお終いと。


「もしかして、ずっとベットの下にいた?」

「ううん、明け方近くまでは起きてたけど、眠くなっちゃって……、まだ少し眠いかも」


 関係のないことを話して過ごす。二人っきりでこんなに話したのはいつぶりだろうか?


 恭一きょういちくんはお昼まではいくつかの診察を行なって、問題がなければ退院する事になった。

 は面会時間がになってからは何食わぬ顔で椅子に腰掛けていたけど、眠気に負けてベットに突っ伏してしまった。


 ◇ 恭一きょういちの部屋 ◇


恭一きょういち、大丈夫かな?頭から血が出てたから心配だなあ」

 愛美まなみの呟きに静吏しずりは同意を示す。


 時刻は22時、花芽莉かがり愛香あいかは家に帰っている。

 今、この部屋にいるのは愛美まなみ静吏しずりの二人だけ。


恭一きょういちくんが、そんな風に助けに入るなんて想像できないなあ」

「中学の頃のアイツはどんな感じだったんだ?」

「う〜ん、何処にでもいる大人しい男子って感じなんだけど、今思うと同い年の男子とは違って周りをよく見てるっていうのかな?気遣いが上手っていうのかな?相手に気を遣わせる事なく接する事が上手なんだと思う。これで、他の男子みたいにとは言わないけど、もう少しだけ恋愛に積極的なら彼女になりたいって子、結構いたんだけどね」


静吏しずりもその一人?」

「私は違うよ……、私は彼を利用したの。中学の頃、しつこく付き纏ってくる男子がいて助けて欲しくて彼に縋りついたの」

「どうして恭一きょういちなんだ?」

「女子の間で割と有名だったんだけど、私みたいに付き纏われたり、他の学校の子と遊ぶときに偽の恋人役が欲しい時とか、彼が助けてくれるって話があったの。彼、髪を整えたらそんなに悪くないでしょ?他の男子に比べても変な目で女子を見ていなかったのも、みんなから評価が高かったんだよ」


「ふ〜ん」

 愛美まなみの返事から感情は読み取れない。静吏は今回も同じように彼に頼った。ただ、今回は彼が望むならそのまま付き合ってもいいと思ってはいた。みんなには内緒。


「まあ、無害そうだと思っていたのは私らも一緒なんだけどな。でも、アイツの昔の事を聞いたらさ、なんか、無理してたんじゃないかって考えたんだよな。それで、私らが一緒にいたら嘘の告白してくる奴もいなくなると思ってたんだけど、逆に助けられちまったなあ……」


 ふと、今日の事を思い出す。手が僅かに震える。

 愛美まなみは今回のような事が起きるとは考えていなかった。

 最初にひびきが捕まって、次いで愛香あいかが捕まった。花芽莉かがりと二人で相手をしていたけど劣勢、結局全員捕まった。

 もう少し、恭一きょういちがくるのが遅ければひびきは穢されていた。いや、私達全員がそうなっていただろう。


 力では男子に抗えない事を今回思い知った。

 恭一きょういちが助けに来てくれてホントに良かった。


「そろそろ寝ようか?」

「そうですね、じゃあ、電気消しますね」

「ああ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 帰ってきたら感謝の気持ちも込めて美味いもんを食べさせてやろう。

 愛美まなみはそう思いながら眠りについた。


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病院の巡回については実際にはもっとしっかりしていると思いますが、演出の都合上、緩くしています。そうでないとひびきさんは早々に見つかって帰されていますので。ご都合主義の演出にご理解下さい。

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