Ep.9:相模原 花芽莉の場合

 恭一きょういちに合鍵を渡され、花芽莉愛香あいかは彼の部屋に向かった。

 静吏しずりがアルバイトから戻る前に部屋の鍵を開けておけばいいからそんなに急がなくてもいい。けど、愛香あいかを落ち着かせるためには急いだ方がいいかな。


 あの時、恭一きょういちが間に合わなければ、ひびきだけじゃなく私達全員が辱められていたのは想像に難くない。

 ひびきは抑えつけられて早々に抵抗する気力を失った。

 愛美まなみは抗って頬を殴られた。アイツら女の顔をなんだと思ってるんだ。

 愛香あいかも振り解こうとはしていたけど嘲笑うように抑えつけられていた。制服越しだけど胸を触られてから震えが治らなくなっていたのは知っている。相当、怖かったんだろう。

 花芽莉も力では全然、叶わなかった。私の胸を揉んだ奴は今度、ナニを潰してやりたい気分。というか、あそこにいた六人全員ちょん切ってやりたい。


 ああいった男子を見てると昔の彼を思い出す。

 性欲を剥き出しにして彼女である私の事を慮ることもしないで、ただ身体を求められた記憶。いい思い出じゃあない。

 楽しい恋に憧れる気持ちは以前より強くなった。

 それでも私に近づいてくる男子は私の胸を見て告白してくる。

 そんなことを繰り返されているうちに私は男子とは距離を置くようになった。恭一きょういちに出会うまでは。


 偶々、クラスで恭一きょういちと話をする事があったんだけど、他の男子と一緒と決めつけて無愛想な態度をとった私に、気を悪くした様子もなく接したアイツはひどく大人びて見えた。


 恭一きょういちは他の男子と違って、ちゃんと私の目を見て話をする。この当たり前の事ができない奴が殆どだ。

 ちょっと、交友関係は耳を疑うほど入れ替わりが早かったが、別れた相手とも険悪な関係になっていない事、相手の女子が誰も彼を悪く言わない事を不思議に思って、その中でも割と喋る子に聞いてみた事がある。

麻里華まりか、あんたかすりと付き合ってたでしょ。アイツって、なんでそんなにモテるの?』

 捻りも何もない、真正面から質問をぶつける。

『ん〜、恭一きょういちくんって付き合ってても手も握ってこないんだけど優しんだよね。私、前の彼に身体ばっかり求められて癒されたいな〜って感じだったんだ。それで彼と付き合ったことのある子が優しくされてプラトニックな恋人関係を送れるって勧めてくれて、それで、ね』

 あの時のうっとりとした麻里華まりかの顔には驚いた。

 まあ、麻里華まりか、今は別の彼と付き合ってるんだけど。


 そんな訳で愛香あいかの恋愛体験に丁度いいと思ったんだよね。田所たどころを聞くまでは。


 恭一きょういちは私達を許してくれた。

 今まで、トラウマになっていてもおかしくない事をされ続けているのに、それでもアイツの優しさは変わらなかったんだな。なんて、ホントはどう思ってるのか分からないけど。

 でも、私達のためにあの六人に向かって言ってくれたことは嬉しかった。


 私、分かったかも。

 どうして恭一きょういちと付き合った女性が『なんとなく』って言ったのか、恭一きょういちの優しさは自然すぎるんだ。

 守ってくれる時も彼女に気を遣わせないように自然に振る舞っているんだと思う。今回のような事がなければ、あんな風に感情を露わにする事もなかっただろう。そんなの私達の歳で気づく方が少ない。気づくとしたら、きっと酷い目に遭ったことがある女子だけじゃない。


 愛香あいかは友人として恭一きょういちに接していたけど、絶望的な状況から助けられたし、ホントに好きになっちゃうんじゃないかなあ。


 愛美まなみはあれで、結構今の関係が気に入ってたみたいだけど、もしかしたら恭一きょういちにとられるかも?


 そんなことを考えながら恭一きょういちの部屋に向かっているとひびきから『病院に着きました』とメッセージが入った。


 うちの母親は無理をして病院に行かずにいて怪我が悪化した事がある。

 恭一きょういちが同じ事をしないかと心配ではあったんだけどこのメッセージでホッとした。

 あとは病院の先生に任せておけばいい。


「ただいま〜」

 暫く経って疲れた様子で愛美まなみが帰ってきた。帰ってきたって表現もおかしいけど、なんかそれが一番しっくりときた。


「「お帰り」」

静吏しずりは?」

「まだ、帰ってないよ」

「アイツらどうなった?」

 花芽莉は一番気になっている事を聞いた。


 愛美まなみは厳しい表情を浮かべて話し始めた。

「細かいことはまだ分かんないけど、動画を撮ったスマホは教師が没収してる。念のために動画は私のスマホにも転送してる。学校としては刑事事件にしたくないと言われた。その代わりにアイツらに重い処罰を与える事と、恭一きょういちの処罰の軽減を条件にだした。それと、アイツらが私達に何かしてきた時には動画を持って警察に行くことは言ってある。先生達は臨時の職員会議をするってんで帰されたから、後のことは分かんない」

 ふうっと息を吐き、

「それで、恭一きょういちは?」

「病院に着いたって連絡はあった。その後はまだ……」

「そうか」

「きっと、大丈夫だよ」

「そうだな」


 冷蔵庫から作り置きの紅茶を取り出してみんなで飲む。

 愛美まなみも夕飯の準備に取りかかる気になれないみたい。


恭一きょういち、無事だといいな……」

「きっと、大丈夫だよ」

 愛香あいかもやっぱり心配だよな。私もそうだよ。


 ピコン♪

 みんな一斉にスマホに手を伸ばし、スリープから復帰させる。

 ひびきからの連絡。

恭一きょういちくんに大きな怪我はなかったけど、後頭部を打っているから経過観察で一泊します』

 私たちはそれでもやっぱり心配で、その思いをグループトークに書き込んだ。

 結構取り留めなく書き込んでると玄関が開く。


「ただいま〜、今日も、疲れた〜」

「おかえり〜」

 ひびき静吏しずりが帰ってきたことと『襲うなよ(魚を咥えた猫のスタンプ)』とメッセージを送る。

 すぐに『襲わないよ!』と返信があった。

 あっちはひびきに任せておいて大丈夫だろう。


「ちょっと、愛美まなみどうしたの!?」

 愛美の頬が赤くなってる事に静吏しずりが気づいた。


「実は今日———」

 愛美まなみは今日あった事を静吏しずりに話し始めた。所々、抜かっているところを愛香あいかと補完しあう。

 一通り話を聞いた静吏しずりは声をなくしていたけど私たちが無事だった事に胸をなでおろした。

 そうだよな静吏しずりは義父に同じ目に遭わされそうになっていたんだもんな、他人事じゃないよな。

 恭一きょういちが経過観察のため一泊することとひびきが付き添っていることも伝えている。


「夕飯、食べに行こうか?」

 なんとなく、ご飯を作るっていう雰囲気じゃなかったからそう声をかけた。

「いや、作るよ」

「あ、私も手伝うよ」


 愛美まなみ愛香あいかはキッチンへ向かう。

 私は静吏しずりに母親と連絡は取れているのかと尋ねてみた。

 静吏しずりは首を振り連絡が取れていない事を伝えてきた。

「そうなんだ」

「電源を切ってるのか分からないけどちょっと心配」

「見に行ったらダメだからね、それで、静吏しずりに何かあったら私達、みんなが悲しむんだからね」

 大人のことは大人に任せる。私達にどうにかできる話じゃない。

 その事をしっかりと覚えていて欲しい。

 取り返しのつかない事になる前に……


「それにしても、普段おとなしいのに、恭一きょういちが来た時は凄い安堵したよ———」

 重くなった雰囲気を変えるように恭一きょういちが助けに来てくれた時のことを話す。

 私もなんか落ち着いてきた。思っていたより私も心が乱れていたみたいだ。

 それにしても恭一きょういちに助けられた事を思い出して落ち着くなんて。


 あれ、もしかして、私も恭一きょういちの事……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る