Ep.8:不協和音

 【 暴力的な表現があります 】

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 共同生活を始めてひと月程が過ぎた。


 静吏しずりさんのスマホに義父から連絡が入ってきたけど早々にブロックした。

 母親の方とは連絡が取れなかった。どうもスマホの電源が入っていないみたいで、メッセージだけは送信しているけど、いまだに連絡はない。


 毎日、誰かが泊まってくれているので静吏しずりさんと二人きりになる事もなくすんでいる。

 みんなのサポートで僕の生活は一人でいた頃より充実している。主に炊事と雑事を行なってくれているのが大きい。勉強もわからないところを教えてもらえているので効率的に時間を使えている。


 それでも問題がないわけじゃない。

 静吏しずりさんの学費。これは流石に僕達ではどうしようもない問題だった。

 毎月口座から引き落とされている事は確認できたけれど、これがいつまで納められるのかが目下の問題。

 最悪の場合を考えて静吏しずりさんは近所でアルバイトを始めた。今までは短期のアルバイトで遊びに行く時、お小遣いで足りない分を賄っていたけど、学費となると長期のアルバイトを探す必要があった。

 学校の近くじゃなく、僕のうちの近所にしたのは少し遅くなっても迎えに行く事ができることが理由としては大きかった。


 衣装が可愛いという理由で静吏しずりさんが選んだバイト先は時給も良く、自撮りで撮ってた衣装はよく似合っていた。ロング丈のゴシックメイド服、メイド喫茶かな?



 今日は週の中日。

 学生の本分たる勉学に励んでいる訳ではないが教師に目をつけられない程度には真面目に取り組んでいるつもり。


 最近では彼女達と過ごす事が多くてハーレム野郎のそしりを受ける事も増えているけど気にしない。

 面と向かって言う事もできない、そんな言葉に耳を貸すつもりはない。


 ただ、厄介ごとは増えた。それは今日の午後にも起きた。

 それは妬んだ男子からの呼び出し。

 極力、一人にならないようにしていたのだけど、今日は一人で専門棟に移動している途中に呼び出しを受けた。


 男子からの呼び出し。正直言ってめんどくさい。

かすり、お前調子に乗るなよ」

 呼び出されて開口一番に告げられた言葉がコレ。直接言ってくるだけマシだけど、この人数で囲まれるのは想定外だった。

 僕の周りには六人の男子。上級生が混ざってるのは面白くない状況。

 このうち二人はひびきさんの彼氏(偽の関係)をしている時に彼女に告白をしてきた男子。はっきりとフラれてるのに食い下がってきた過去を思い出した。

 つまり、まだ僕とひびきさんが付き合っているのに、僕の周りには彼女以外に三人の美人さんが側にいる。その事が面白くないんだろう。


 まあ、それは良いんだけど口々に僕を非難する言葉を吐き続けられるのは気分がいいもんじゃない。適当に流してキリのいいところで囲みの中から抜けようとしたんだけど肩を掴まれた。

「どこ行くんだよ!まだ、終わってないぞ!」

「離してください」


 掴まれたその手の力は強く肩に痛みが走る。

 体を捻り振り払おうと試みたが、僕より体格もいいその先輩の手を振り払う事ができなかった。


「お前、抵抗したな。それならこれは正当防衛だな」

 理屈に合わないことを言って歪な笑いを浮かべたその上級生は僕の腹を殴りつけてきた。

 痛みのあまり胃酸と共に呻き声が口から溢れた。

「汚いな」

 そう言って別の男子が僕を床に押さえつける。

 それからチャイムが鳴る前まで暴行を受けた。


 去り際に捨て台詞を残してそいつらは去っていった。

「これに懲りたら分を弁えろよ」

 喧しいわ、一人で何もできない奴らが。

 流石にこのまま授業を受ける気にならず、保健室へと向かう。


 保健室にいた男性養護教諭に僕は六人から暴行を受けたことを伝えたうえで治療を受けた。裂傷はなく打撲ばかりだったので湿布を貼ってもらった。いやらしい事にアイツらは見えるところには手を出していない。


「原因はなんだと思う?」

「僕の周りに女性の友人が集まっている事が気に入らないんじゃないですか?」

 あの六人が僕に突っかかってくる理由なんてそれ以外に考えられない。

「それでかすりはどうしたいんだ?」

 これ、告発しても余計にエスカレートするパターンだよな。

 問題は僕が黙っている事でも同じことになるということ。

「相手の名前は分かるのか?」

「いえ、わかりません」


 結局、僕は養護教諭の助力を断った。理由としては彼らが教諭に注意をされる事で僕への暴行がエスカレートする事が容易に想像できるからだと伝えた。

 養護教諭の説得は困難を極めたが、もし次があれば(十中八九あると踏んでいる)証拠になるものを手に入れると約束をした。

 納得はしていないようだが僕は痛みを理由にその話を打ち切った。

 僕はベットに横になっているうちにそのまま眠ってしまった。


 目が覚めると放課後になっていた。

 養護教諭の姿はなく、痛む身体を起こし保健室を後にして、荷物を取りに教室に戻る事にする。

 生徒の数の少なさを考えるとホームルームが終わってから、それなりに時間が過ぎている事が推測できた。スマホを取り出して時間を確認すると16時前。そして、みんなからの通知が沢山きていた。

「心配かけちゃったな……」

 僕のことを心配してくれる彼女達の気持ちが嬉しかった。

 多分、四人は一緒にいると思うから一番最後にメッセージを送ってきていたひびきさんに『今、教室に戻ってます。みんなにも伝えてください』と返信を返した。すぐに既読がつくと思っていたけどつかない。


 胸騒ぎがした。

 今までのひびきさんならすぐに既読がついた。

 手が離せない状況という事もあるだろうけど、そうは思えず教室まで廊下を走る。教室が近づくにつれて男女の口論が聞こえてくる。


 教室の中から聞こえてくるのは彼女達とあの六人の声。

「汚い手を離せ!」

 怒気を含んだ花芽莉かがりさんの声が響いた。急いで扉を開けると後ろから押さえられた三人と両腕を捩じ上げられたひびきさんの姿が目に入った。僕の肩を掴んできた体格のいい上級生がスマホを構えて彼女達の姿を捉えていた。手の空いている一人がひびきさんの制服に手を伸ばしていた。


 花芽莉かがりさんは振り払おうと足掻いていた。愛美まなみさんの頬は赤くなっている。愛香あいかさんは涙を流している。ひびきさんは抗うこともできずにいる。


 その光景が目に入った瞬間、僕は考えるより先に行動に出た。

 側にあった椅子を先輩の構えるスマホに向けて投げつけ、ひびきさんを抑えている男子の腕を後ろから椅子で殴りつけた。

 鈍い音がして呻いていたが、そのままひびきさんを引き寄せる。

「先生を呼んできて!」

 それだけをお願いして僕は次の椅子を掴み、体制を立て直そうとしていた主犯格と思われる先輩に投げつける。

 混乱して抑える力の緩んだ隙を逃さず三人は拘束を振り解いた。

 愛美まなみさんは離れざまに相手の股間を蹴り上げた。前屈みになったその男子の頭に花芽莉かがりさんが肘打ちを落とす。床に大きな打撃音を響かせてソイツは倒れた。

 愛香あいかさんは残り三人の男子の動向に注視している。

恭一きょういち、右ぃ!」

 愛香あいかさんの指示に従い右に腕を振る。裏拳のように振るった拳が男子の顎を捉えた。ひびきさんの制服に手を伸ばしていたやつだ。

 偶然の一撃で体制を崩して机を巻き込んで倒れる。そっちに意識がそれた時、主犯格の先輩が動き出す。

恭一きょういち、避けろ!!」

 花芽莉かがりさんの叫びが聞こえた時にはタックルを受けて後ろに倒された。その際に後頭部を机に激しく打ち付けた。一瞬、意識がとぶ。


 マウントを取られ数発殴られたところで教室に数人の教諭が入ってきた。

 僕の上から引き剥がされた上級生は『コイツが生意気だからシメてた』と言い逃れをしていたが、彼女達の証言と自分が撮っていた動画によって逃れることができない状況になった。


 六人の中で一番重傷を負ったのは僕に椅子で腕を殴られた男子、彼の腕は折れていた。その次は愛美まなみさんに股間を蹴られ、花芽莉かがりさんに肘打ちをもらった男子、彼は鼻血を多量に流していた。僕の裏拳?が当たった彼は腕に多少、擦り傷がある程度で他の外傷はないみたい。


 六人は教諭に連れて行かれ、僕は保健室に逆戻りする。

 僕から離れようとしないひびきさんと状況説明のために愛美まなみさんが残る事になったので、花芽莉かがりさんと愛香あいかさんに部屋の鍵を預ける。


 20時過ぎには静吏しずりさんが帰ってくる。合鍵は誰にも渡してないからこのままだと彼女は部屋に入れない。

恭一きょういち、病院に絶対行けよ!絶対だからな!」

「うん、静吏しずりさんには上手いこと言っといて」

「わかったから」

 花芽莉かがりさんの表情はいつもと違ってひどく苦しそうなものに見えた。


 結局僕は養護教諭により、ひびきさんに付き添われて病院に連れて行かれた。口の中と後頭部に裂傷があったが経過観察をするために病院に一泊する事となった。

 養護教諭はひびきさんに『送っていこう』と提案したが彼女は父親が迎えにくると言ってその提案を断っていた。その手が僅かに震えていたのを僕は見逃さなかった。

 僕がもう少し遅ければ彼女の心には消えない傷が刻まれていたかもしれない。

 そう考えると恐ろしくなる。

 彼女はそのあり得たかもしれない状況に思い至ったのか、男性と二人になる状況を恐れているんだろうと思う。


 養護教諭は僕に向かって去り際に一言残していった。

「理由はどうあれ、相手に怪我をさせているから、なんらかの処罰があると思っていてくれ」

「それはっ!」

 声を上げようとしたひびきさんの手を握る。僕としてはそれは覚悟していた事。

 そんな僕を見て、今度こそ養護教諭は病室から出ていった。


 ひびきさんに皆んなへの連絡をお願いした。

 間違いなく心配をかけていると思うから、連絡は大事だろう。


 連絡のためにひびきさんが病室から出ていった。

 僕がもっと上手く立ち回れていれば、彼女達にこんな思いをさせずに済んだんだろうか?考えてもその答えは出ない。無力感だけが胸の中に渦巻く。



 は病室から出て、みんなとのグループトークに恭一きょういちくんの現状を伝える。大きな怪我はない事、後頭部を打っているから経過観察で一泊する事になったことを伝える。

 一頻ひとしきり皆んなから心配している事が伝わるメッセージが届いた後、花芽莉かがりさんから『襲うなよ(魚を咥えた猫のスタンプ)』と送られてくる。『襲わないよ!』と返したけど、変に意識してしまう。


 彼にまた助けられた。

 今回は前の痴漢にあった時よりも怖かった。

 男子の力で腕をとられ、花芽莉かがりさん達、三人も抑えつけられてしまって助けてくれる者もいない状況。

 私に向かって下卑た笑みを浮かべ、手を伸ばしてくる男子。その光景をスマホを構えて撮っている上級生。彼らの発言からこの後、私をどうするつもりなのかが伝わってきた。ここで私を辱めるつもりだ。

 それでも抗う事ができない状況に絶望すると身体から力が抜けた。心が折れたんだと思う。抑えられていた腕が解放され身体を引き寄せられた時、かすりくんが来てくれた事に安堵した。

 その後は彼の指示に従って教諭を呼びに震える足で走った。


 教諭を連れて戻ってきた時、恭一きょういちくんが馬乗りになられて殴られている姿に息が詰まった。

 そこからは取り乱してしまってハッキリとは覚えていないけど、彼が大きな怪我をしてないと分かって安心した。


 養護教諭から家まで送るとの提案を受けたけど、今、彼と離れる気にはなれず、父親が迎えに来ると嘘をついた。

 彼から離れたくない気持ちもあったけど、男性と二人っきりになる事が怖いと感じる気持ちも大きかった。


 ふうっと大きく息を吐く。

「お母さんにも連絡しないと……」

『今日、友達のところに泊まります』

 それだけ送信する。

 いつものように既読がつく事はない。

 忙しくしているお母さんはすぐにメッセージを確認する事もなければ、殆ど返信を返してきた事がない。それでも、連絡の義務は果たした。


 病室に戻ると恭一きょういちくんは眠っていた。

 私を助けてくれた優しい彼に、人を傷つけさせてしまった事が心苦しい。けれど、同時に私を助けてくれたのが彼だということに喜びも感じていた。こんなふうに感じている私、おかしくなったのかな?

 彼の頬を撫で、寄り添って胸に耳をつける。穏やかに鼓動を刻む心音に心が落ち着いてゆく。


恭一きょういちくん、ありがとう、大好き」

 聞く者のいない病室に私の想いが溶けていった。

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