死にたい俺と女子高生

橙田巡

本編

 俺は電気をつけずに、ベットの上に転げながら目をつむる。どこまでも広がる闇の中で、俺は光を探す。だが、そんなものは見当たらない。それが間違いでないことを何回も確認しながら、俺は決心をする。

 「よし、死ぬか」

 そう思った俺は勢いよくベットから飛び起き、電気はもちろんつけないままで、そそくさと玄関から外へ出る。部屋から延長するように、闇は果てしないまでに世界へ広がっていた。外は不気味なほど静かで、俺は思わず鳥肌が立った。

 決行場所の見当はついていた。ちょうど近くに大きな歩道橋があった。そこは深夜ともなるとほとんど車の通らない道で、他人に迷惑はかけたくないという妙なこだわりがそこを選んだ理由だった。その思惑通りに、周辺まで来ると車の姿が一切見受けられなかった。特に周りは静かで、音が遮断されているようにも感じられる。まるで自分のために最適な場所を誰かが用意してくれているように思えた。

 だが唯一誤算だったのは、歩道橋の上に人がいて、しばらく待っても動こうとしないことだった。その姿を見れば女子高生だということがわかり、その顔はどこか元気がなく、じっと道路の方を向いている。

 もしや彼女も自殺するのではと感じ始めた。いけないことだとわかっていながらも、どこか胸が高まる気持ちを感じていた。目の前で一人の女子高生が、死ぬ。俺だけじゃない。死を選ぶ人はほかにもいたんだと強く感心する。そんなことを思っていると、彼女は足を上げ高い柵を超えようとする。体は半分空中へと飛び出す。あと数センチ前へ行けば、重力が死へと導いてくれる。

 そこで自分でも変だと思う考えが頭に浮かび、思わず身体が動いてしまった。歩道橋の階段を上り、彼女の目の前へ行く。はっきりとその表情が読み取れた。体を歩道橋の方へ戻し、こちらを見ているその顔は強く驚いているように見受けられる。そして俺は強くこう言った。

「何してるんですか」

 何してるか、聞いた俺自身それは明らかにわかっていることだった。でもそう言ったのは、彼女の行動を止めたいから……いや違うな、複雑に絡まり合ったものが心の中をくすぐって、どうにかしてスッキリしたかったから彼女の目の前まで来たんだ。これが正しい行動かなんて考えてもいない。

 彼女のこわばった表情が目に入る。青白く、切羽詰まった顔だ。

「とめないでください」

 勢いよく、だが呂律が回っていないような声で彼女はそう言う。とめないでって……むしろ俺は君の行動を喜びながら陰で見ていたのに。そう彼女に言おうか。いや、それはさすがにおかしいだろう。ていうか、何故か俺はものすごい冷静な気持ちで彼女を見ていた。死ぬ決心をした人間ってこういう感じなんだとか。俺自身も、他人から同じように見えているのだろうか。いや、違うな。

「ちょっと、いったん落ち着こう」

 彼女に対し、こういう言葉しか出てこなかった。死を選ぶなんてのは正気ではないのだから、こんな言葉が通じるとは殊更思っていない。だが予想外のことに、彼女の表情はゆっくりと緩み、そこには笑みがこぼれていた。これが見たかった表情だと、知らない女子高生に対しそう思った。

「助けてくれるの?」 

 彼女はゆっくりとそう言った。どう返せばわからなかったので、

「死んでほしくない」

 当たり障りのない言葉だと思ったが俺はそう言った。

「わかった、自殺はやめる」

「え」

 思わず声が出た。死ぬためにここに来たのに、俺の言葉で何か変わるのだろうか。

「下を見たらさ、すごい怖くなって。痛いだろうなとか、死んでも私をいじめた人達は笑うんだろうなとか、歩道橋作った人かわいそうだな、とか」

 そう言いながら彼女は笑っていた。

「だめだね、死ぬっていうのに、生の世界のことばっか考えちゃう」

 笑っていた彼女は、一瞬で顔を涙で満たす。突然のことでとても驚く。

「しかもさ、本心じゃないのかもしれないけど、お兄さんの言葉でさ、より一層生きることへの未練がでてきちゃったよ」

 下を向きながら、表情には笑みを浮かべ、多くの涙をこぼす。

「ねえ、一緒に話さない?」

 彼女は涙を強くふき取ってこちらを見つめる。冷静でいたはずの俺の心は激しい熱で満たされていた。

 その後ずっと、彼女と当たり障りのない世間話をした。聞いたところによると、彼女は家でも学校でもつらい思いをしていたらしい。俺自身も思い切って、死にたくなってここまで来たことを彼女に話す。最初は少し驚いた彼女だったが、

「それじゃあ、今日で会えてなかったら、この世で一生出会えなかったね」

 そう言って、明るい笑みを浮かべた。俺にはそれが、とても強い光に見えた。俺自身の心の中の闇が引いていく。そしていつの間にか空にも光が現れ、朝になっていく。光が果てしないまでに世界へ広がっている。

 つらかった思いも現実も、もちろん完全に消えたわけではない。でも、死ぬという選択肢が消えたのは確かだ。

 そして俺に生きる強い意味ができのもまた、その日からすぐのことである。

 

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死にたい俺と女子高生 橙田巡 @orenji_maru

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