第15話 さくらんぼ

 友人から、果物を盗むから手伝って、と言われてそうすることにした。

「何を盗むつもりだ?」

「さくらんぼだよ」

「さくらんぼ? 収穫なんてできるのか?」

「ぶどう、梨、桃。スイカやメロンなんてものは、最近では監視が厳しくて、盗みが難しいんだよ。小さい実をつけるさくらんぼは、まだそうした対策がとられていないから、ちょっと時間はかかるかもしれないが、高い品種ならいい金になる」

「めぼしはつけているのか?」

「あぁ。佐藤錦っていう品種で、二十粒で一万円の、贈答用につくられている果樹園があるんだ。そこは対策がゆるい」

 時間は真夜中――。小さな木の実で、しかも梯子をつかわないと収穫できないらしい。そんなものを盗もうとする奴なんていない。

 でも、だからこそそういうものを盗む、といって友人は笑う。


 オレも悪いことをしてきたが、友人はそれに輪をかけて悪いことをする。でも、最近では稼ぎが悪くて、こういう仕事もしているのだそうだ。

 とにかく、完熟しているかどうかは別にして、丸い実をつけていたら摘んで持ち帰ると、後は選別していいものだけを売るのだそうだ。

 四人が乗ったワンボックスカーが、人里離れた山の中で止まった。

 確かに、そこには木でつくった枠で囲われた、さくらんぼの実をつけた大きな木が何本もあった。

「梯子はないから、手の届く範囲のものだけでいい。熟しているかは関係ない。とにかく手分けして摘み取ろう」

 友人の掛け声で、広い敷地に四人が別れて、実を集めることになった。


 さくらんぼなんて収穫したことはない。剪定鋏と、バケツを渡されて、それに収穫しろ、という。明かりは目立つので、頭につけるライトだけで、街灯もない中を歩かないといけない。

 これで報酬が少なかったら、もう二度とこの仕事はうけないぞ……などと考えながら、さくらんぼを求めて奥へとすすむ。

 たわわに実った、一房にいくつも可愛らしい赤い実が垂れ下がる。手を伸ばしても摘み取れるぐらいの高さにも実っている。

 赤い実がいいことぐらい、農業をしたことがない自分でも分かる。遠くでは、何だか歓喜の声なのか、仲間の声も聞こえる。どうせ周りに家もない山の中で、大騒ぎさえしなければ気づかれることもない。自分も熟れ頃の実をみつけると、思わず「ヤッホー!」と叫んでしまう。

 誰かが背後から近づく気配がする。仲間かと思ってふり返ろうとすると、後頭部にずんという重い衝撃が走った……。


 目を覚ますと、誰かが土で穴を掘っている。まだ頭につけたライトが生きていたので、それを向けると知らない老人だった。

「だ、誰だ⁈」

「あぁ、生きていたんじゃな……」

 老人は興味がなさそうに、そう呟くと、また穴を掘り進める。恐らく、この老人はこのさくらんぼ園の持ち主だろう。

 後ろ手に縛られており、逃げることができない。得体の知れない恐怖に襲われ、オレもすぐ声をかけた。

「盗もうとしたのは悪かった……。謝る。弁償もする。だから助けてくれ……」

 老人は穴を掘り終えたらしい。ふり返っていった。

「こうして対策をおろそかにしていると、時おり盗みにくる奴がおる。そういう奴に天罰を下す。だから、地面に埋めるんじゃよ」

「埋める⁉ いいのか? このさくらんぼ園に死体なんて埋めたら……」

 老人はニヤッと笑った。

「さくらの木の下には、死体を埋めとくもんだよ。そうすれば、来年もまたいい実をつけてくれる」

 さっき、赤い実をみて喜んだ自分も、来年はその養分にされる……。四人分の栄養を吸って、きっと来年も赤く、おいしい実をつけることだろう。



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ホラー短編集 四季年千空 @JAMberryJAM

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