第14話 本当に怖いこと

 母親は今、私を殺そうとしている。

 だいぶ前から精神が壊れ、心療内科へも通院している。将来を悲観して、私とともに無理心中をしようとしているのだ。

 父親も、事業に失敗して多額の借金をしているらしい。父親は何も言わないけれど、時おり取り立て? と思しき危ない連中が家の前をうろうろして、チャイムを荒々しく鳴らしていく。

 姉は部屋に引きこもっている。時おり叫び声をあげたり、リストカットをしたり、もはや人としてのコミュニケーションをとることさえ大変だ。


 四人家族の、明るい家庭だった。

 父親は市役所につとめ、母親も正社員として働き、姉も高校に通い、私は中学生だった。そのとき、父親が「家を買おう」と言い出した。

 ただ一つだけ問題だったのは、そこが曰く付きの土地だったこと。十年ほど前に、一家が殺された。その後、しばらく空き家になっていたけれど、このほど更地にされて、そこを買うという。

 父も母も、ポジティブな思考の持ち主で、霊がいても、すでに建て替えているのだから大丈夫、と考えた。子供にそれを覆す権利などない。姉など、学校の近くになるので、むしろ喜んでいたぐらいだ。

 設計、建築を経て、一年後にはそこに住み始めた。


 それから父が急に公務員を辞め、事業をはじめるといいだした。当然、ローンものこっているし、両親はもめたようだが、そのころから夫婦関係に亀裂が入り始めていたことは間違いない。

 母は精神に異常をきたし、仕事を休みがちになり、ついには退職してしまう。

 姉は学校でいじめをうけた……といって、不登校になった。実際、何があったのか分からないけれど「私に四六時中、誰か話しかけてくるの?」と、怯えた目で話すのが、最後のコミュニケーションとなった。

 父親は事業がうまくいかず、家の中でイライラすることが多いのか、モノを壊す機会が増えた。

 父親が一家心中をはかるのか? 母が精神を病んで、家族を道連れにするのか? いずれにしろ助かる見込みはない。


 この家に棲んだことが悪いのか? 姉はよく、誰もいない空間を指さして「あそこに立っている……」と呟く。

 それをみると、幽霊がいるのかも……と思う。

 でも……、私は思うのだ。取り憑かれたから怖いのか? 気がふれたから問題なのか? 人生設計に失敗したから、それは呪いなのか?

 どれもちがう。彼らは幸せだ。だって、もう怖がることはない。何も残されていないのだから。

 でも、呪いの家に棲みながら、何も起きていない私が、一番怖い。いつ、何が起きても不思議でない中で、正気をたもったまま暮らさなければいけない。そう、本当の恐怖って、恐怖を感じるぐらいに何もない人が感じるもの……そう思いませんか?




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