親父の背中

阿滝三四郎

親父の背中

「親父元気か?」

「今帰ってきたぞ」

親父が仕事で使っていた小屋に入ってこういう言った


あれから5年

親父の小屋には、今でも親父が造っていた造形物が置いてある

それは、僕の教科書代わりでもある

そして、いろいろな技法を教えてくれる宝物でもある


親父の背中を見て育った僕は

今は、親父と同じ仕事している


別に憧れていた訳ではなかったのだが

小学生の時から家に帰ってからは

親父が使っていた道具を一緒に整理をしたり

時には、その道具の補修作業を手伝っていた


ナイフを使った補修作業、バッサリと指を切った時は

親父も僕も、一緒になって正座をさせられ

お袋に、こっぴどく叱られた

今では懐かしい記憶である


今は、幾つのも道具を使って造形物を造り

インテリアとして、いろいろな場所に飾ってもらえるように

少しは有名になっていた



「形に囚われない造形を幾つも造られていますが。どのようにインスピレーションを働かせているのでしょうか?」

「僕の実家は、山間部にあって、裏は山で少し歩けば小川が流れる。今風に言えば里山に住んでいたんですよ。学校から帰ってくるときは、必ず道草を食って、時には山の中に入り、夏は川の中に入って魚をつかんで、そのまま家に持って帰る。そんな幼少期を過ごしていたんです」


「自然の中にヒントがあったということでしょうか?」

「そうですね。ただ、その頃は単純に遊んでいるだけで、一つ一つの形や状況や情景なんて、まったく関係なかったんですけどね。ただただ、触って、撫でて、いわゆる五感というやつですかね。それで生きてきたようなものです」


「現代アートと評されていますが。もしかしたら幼少期アートが適切な表現だったりしますか?」

「あはぁ、そうかもしれませんね。忘れていなかったのかもしれません。五感で感じた幾つもの感覚を。今はそれを造形物に託して、感覚を乗せているのかもしれませんね」


「お父様の影響があったと聞いていますが」

「木って知っています?山にある木を伐採してもすぐには使えないんですよ。水分を含んでいるので、乾燥させないとならないんですよ。使えるまでには何年か乾燥させる必要がるんですよね。でね、親父は、自分好みの切り株を探して伐根して自分の経験で乾燥させて、一つ一つの切り株を見て造形するんです。なんでこういう形の物を作ったの?って聞くと。毎回、木が教えてくれたと言って、その木に合わせて造作しているんです。ただ、僕の場合は、情けないですけど。いろいろな貯木場を回って、造作するものに適した木を買い付けて、製作をしています。これが親父との最大の差だと思っています」


「お父様のやり方を受け継ぎたいですか」

「そうですね。今は難しいかもしれませんが。もう少し時間が経てば、同じようにしてみたいとは、思っています」


「今は東京の、この工場で作業されていますが。ご実家に戻られたり、他の木々を探して移られるようなことはありますか?」

「正直、どこでもいいんですけど。やはり幼少期の感覚を忘れないためにも、木々が豊かな土地で、創作活動ができたらいいなと考えています。親父がやっていたように木々と対話して、木々が本当に喜ぶ姿に造形してあげられるような活動ができれば嬉しいですね。ただ、今の環境もいいんですよ。周り近所の方々とも仲良くしてもらっていますし、いろいろな材質の木々が手に入る。だから想像力が豊かにもなるんです。悩ましいところですね」


「お父様に何か一言ありますか?」

「あれから、もう5年の月日が経ちました。親父の背中を見て、ここまでこれたことに感謝するしかないですね。それから、親父の世代から支えてくれた皆さんに感謝です。それに、皆さんが親父同様に、僕を支えてくれていなければ、今ここにはいなかったかもしれません。本当にありがとうございました」



会場からは、割れんばかりの拍手がつづいた

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