0話:クレルトの追憶

精霊は死なない。そんなの嘘っぱちだ。

クレルトが抱き慟哭と化した想いは、男手一つで娘を育てる一人の伯爵との出逢いへと導いた。

――それはある雨の降る日。ヴィンエットの街でのこと。



 *



クレルトは裏路地に座り込み、家の壁に絡みついた蔦をちぎっては燃やし、雨の中へ放り投げていた。


突如降り出したゲリラ豪雨。幸いなことにクレルトはすぐに雨宿りできる場所を見つけた。

排泄物を路地裏に捨てる際に使用する民家の裏戸だが、精霊であるクレルトが知る筈もなく、肥料がいいのかよく育ち壁に絡みつく蔦を使って暇つぶしをしていた。


時折、風に煽られた雨粒がクレルトに吹きかかる。その度、風に煽られ消えかける蠟燭の火のイメージが脳裏をよぎる。

いつかイヴォンやエクリル、アルゥが言っていたが精霊は不死である。それは嘘である。少なくとも火の精霊に言わせればだが。


精霊はこの世界の万物の根源であると同時に、事象そのものだ。風が吹く限り風の精霊が、海や川がある限り水の精霊が、大地がつづく限り土の精霊が存在し続ける。何故ならそれらはコインの裏表、別々の存在に見えてその実、同一の存在なのだから。


クレルトは時折、イヴォンたち三精霊を羨ましく思う。風は止むことを知らず、川や海は絶えず動き続け、大地は永遠と沈黙している。しかし火はどうだ?

火は自然界では滅多に目にしない。もし目にすることがあるとすれば、それは街や国を怒りのあまり飲み込むときだろう。大地を焦がし厄災をばらまき多くを奪う時だ。


風も水も土も何処にでもある。しかし火は人の住まうところにしかない。食事を作る為であったり、暖をとる為であったり、用途は多岐に渡る。


こんな具合にクレルトは人の住まうところから離れられず、イヴォンたちの様に世界を放浪することすらままならない。

やりたいことが出来ない。それは精霊にとって何よりも苦に違いない!



 *



毎日作り笑顔で顔で街を歩き、時には旅商人と交渉して街を出る。火の精霊であることを明かし、魔物から商品と命を守ることを提案する。その代わり次の街までの同行と、毎晩朝まで焚き火をつけておくことを約束させる。


それはある男を弟子として認め、魔法を教えていた頃。昼ご飯のパンを片手に、雨宿り時に弟子の考えた妙案だった。

以前から街を出て外の世界を見たがっていたクレルトの為、弟子が必死に頭を使い出した答えだった。


クレルトはその弟子をとても可愛がった。弟子が成人してからは、例の妙案で幾つかの街や国を旅した。その弟子、トリルク・エンクルはやがて魔法の才を認められ、クォーリアの国が統治する街の一つ、此処ヴィンエットにて国家魔道士として勤めることになった。


そして弟子トリルク、否魔道士トリルクは最後まで葛藤した。火の精霊クレルトを孤独へ追いやり、国家魔道士となる道。または師弟関係を続けクレルトと共に世界を放浪する道。


しかしトリルクに選択権はなかった。気づけばクレルトが姿を消していたからだ。国家魔道士が精霊といては、その才能を疑われてしまう。

つまり実際には精霊が魔法を使い、トリルク自身はただの能無しなのではないかと。クレルトはそれだけは絶対に許せなかった。


「さようならトリルク。ううんサンジェルマン伯爵」


クレルトは弟子トリルクが国家魔道士として勤めを果たし、功績を認められ貴族として地位を確立したところを見届けてから街を後にした。


国家魔道士は民衆の前で国王から賛美をいただき、貴族として伯爵を名乗ることを許された。


「私、国家魔道士トリルクは今日今この瞬間、貴族サンジェルマン伯爵として国に身を捧げることを誓おう」


――サンジェルマン伯爵。

それはクレルトが好きな物語の主人公。豪快に火の魔法を操り、困った人々を救う青年の名前だ。

トリルクがサンジェルマン伯爵を名乗ったとき、民衆の中に紛れてみていたクレルトと高台にいたトリルクは確かに目があった。がお互いに言葉はいらなかった。



 *



そして17年後、トリルクの命日。ヴィンエットの街を訪れていた火の精霊クレルトは、サンジェルマン伯爵の地位を引き継ぎ、不治の病の娘を男手一つで育てる人物と出会うのであった。


「お久しぶり、サンジェルマン伯爵。いえ、改めてはじめましてかしら?」



─完─

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クトトリア広場の笛吹き男 城島まひる @ubb1756

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