6話:ばいばいです

「やめろッその魔笛を破壊する気かッ!」


笛吹き男の静止も聞かず、アルゥはお得意のかかと落としで魔笛を叩き割った。

瞬間、笛は炎に包まれ灰と化していく。


その炎の中から桃色の長髪でカールしたくせっけに、ルビー色の瞳を持つ火の精霊クレルトが姿を現したのだった。


「あれ?お外?」


クレルトは辺りを見回し、それから笛吹き男の方へ顔を向けると、低く威厳ある声でこう尋ねた。


「サンジェルマン伯爵、娘さんの延命はどうなったの?」


サンジェルマン伯爵と呼ばれた笛吹き男は、クレルトの問いに対し無言で首を左右に振った。

そしてリナとアルゥたちを睨みつけた。


「もう娘は助からない!お前たちのせいで!」


そう怒鳴るなり笛吹き男こと、サンジェルマン伯爵は泣き崩れた。

クレルトはよしよしとサンジェルマン伯爵の頭を撫で、イヴォンとエクリルそしてアルゥから事の顛末を聞き出した。

話を終えると火の精霊クレルトはため息一つ吐いて口を開いた。


「私が魔笛の中に幽閉されたのは合意の上よ」


えっ!とリナと精霊3人が声を上げる。


「サンジェルマンはね貴族の地位を捨ててまで、大金を用意したの。なんでかわかる?

わからないわよね。彼の娘さんは不治の病なの。

だから大金払って魔笛を手に入れ、私を幽閉することで生命力を奪う魔法を使っていたの」


炎はあらゆるものに燃え移り、凡てを灰に変える。それは一方的なエネルギーの搾取であり、それこそが火の本質だ。それを理解していた火の精霊クレルトは、サンジェルマン伯爵に娘を延命させる方法を持ち掛けたのだ。

即ち演奏を耳にした者の生命力を搾取し、娘に与えるといった方法であった。


「私も愚かだった。クレルトの"陽炎の魔法"のおかげで、余程注意して見られない限り、見つからない筈なのに君は平然と話し掛けてきた」


サンジェルマン伯爵は国家魔導士リナ・アーリンを見て呟いた。


「そうことだったの・・・」


リナはサンジェルマン伯爵の事情を知り、気づけば彼に同情していた。

するとアルゥにローブの裾を引っ張られた。顔をアルゥの方に向けると、彼女は首を左右に振った。


――あぁそうだ。クレルトとサンジェルマン伯爵が取った行動は決して許されることではない。

自分の娘を助ける為とは言え、他人を害したのだから。


「サンジェルマン伯爵。私は貴方の境遇にこそ同情するわ。けれど貴方の行いは一切認められない。絶対に!」


「クレルト。不治の病の人間を生き長らえさせるのは、必ずしも最善と言えない」


ましてや愛すべき父親が不治の娘の許を離れてすべき行為ではない。

今、リナ・アーリンとアルゥの心にはかつて世界を旅していた際に、訪れた病の蔓延る街のことを思い出していた。

だからこそ知っている。それが最善ではないことを。


「君は娘は死んだ方が幸せだと言いたいのかい?」


ええ、と肯定しそうになり、リナは口を噤んだ。それだけでは言葉足らずだ。薄情な人間だ。


「不治の病で永遠に苦しむこと、そして死を与えられることに変わりはないわ。

問題は終わりまでの時間。少しでも安らかな死を迎えれる為に、愛する人が側に居てあげるべきよ」


「貴方がやってきたことは自分の娘に本来よりも長い苦しみを与える行為。

決して最善ではないし、善いこととも言えない。貴方は娘に永遠の苦痛と孤独を与えてるだけ」


リナとアルゥの言葉にサンジェルマン伯爵はハッとした表情を浮かべた。

それからイヴォンとエクリルの手を借り、立ち上がるとリナとアルゥに深々と貴族然とした礼をした。


「私は選択を間違った最低の父親だ。しかし最後には正しい行いを果たしたい」


サンジェルマン伯爵は火の精霊クレルトにそう告げると、その場を後にした。

クレルトの「約束忘れないでね」という言葉に片手を挙げて返事をしながら。

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