5話:えくりるのさくせん

クトトリア広場には一風変わった笛吹きがいる。白いスナップ・ブリムを目深に被り、朱色のトレンチコートで身を隠した男だ。

外見こそ奇抜な格好だが、男の演奏するフレデリック・ショパンの"Nocturne op.9 no.2 Chopin"は見事なものだ。


それこそ金を払ってまでより良い音楽を聴こうとする、もの好きたちの集うコンサートホールで演奏されていてもおかしくはない。

しかし誰一人として彼に興味を抱かず、街の人々は笛吹き男の前を通り過ぎていく。


――否、今日は一人だけ演奏の聞き手がいるようだ。

その聞き手は腰まで伸ばした飴色の髪と赤いローブが特徴的な、幼い顔つきの女性だった。

演奏が終わると笛吹き男は聞き手の女性に一礼し、演奏道具を片付け始める。


笛吹き男が笛をバックにしまい込むのを見てから聞き手の女性、リナ・アーリンは近づき傍聴料だとお金を差し出した。


笛吹き男がリナの手からお金を受け取ろうとした瞬間、にゅるりと地面から伸びる水色の腕が男の足を掴んだ。

驚愕する笛吹き男を他所に、リナは笛入りのバッグを手に取り走り去った。

その後ろを笛吹き男の怒号が追いかけてくるが、男が後を追ってくることはなかった。



 *



――数時間前

国家魔導士リナ・アーリンは火の精霊クレルトを救うべく、クトトリア広場の笛吹き男の調査結果を精霊たちに説明していた。

クトトリア広場で毎日笛を吹き、演奏している男については数ヶ月前に国王から命令があり調査していた。


なんでも笛吹き男が使用している笛が、一種の魔道具である恐れがあるのだ。

魔道具というのは特定の条件さえ満たせば、人間でも魔法を使える様になる代物だ。


「それなら知ってるわ。あれは"魔笛"よ!あの笛に幽閉した精霊の力を演奏中のみ行使できる魔道具」


イヴォンは自慢げに知識を披露する。

アルゥとエクリルは前回、笛吹き男を襲撃する前にどうして教えてくれなかったのか?

まさか笛吹き男が魔法を使ってくるとは思わず、惨敗したことを思い出していた。

一方、リナは恐らく自分の家にある魔道具図鑑に目を通したのだろうと思った。

現に闘技場行く前までずっとその図鑑を読んでいた。もしかしたらイヴォンなりに情報収集をしていたのかもしれない。


「つまりその笛さえ奪っちゃえば楽勝ー?」


やる気のなさげなエクリルがリナに尋ねてくる。

理論上はそうだろう。笛吹き男が魔導士でもない限り。


「じゃあさっさとやっちゃおうよー」


そしてエクリルによる内容のわりには話が長い作戦が、魔導士と精霊たちに共有されるのであった。



 *



「作戦第一段階。笛の強奪は完了っと」


エクリルの作戦に従い、アトリア宗教国の路地裏を駆けるリナ・アーリン。

普段は家にこもり魔法の研究ばかりしているせいか、体力はあまり多くない。

その為、目的地についたときには既に息切れを起こしていた。


「お疲れさまー。でももうすぐ笛吹きさん来ると思うよ」


地面の中を移動してリナに追いついてきたエクリルが少女の姿で現れる。

エクリルが此処にるということは、笛吹き男の足止めをする者がいなくなっていることを意味する。

それは笛吹き男がもうすぐ姿を現すことを意味しているということであり――


「まさか盗みをやられるとはね。よその国でも下町は恐ろしいものだな」


案の定、笛吹き男は少し離れた家屋の影から姿を現した。

笛吹き男はこの国の人間ではない独特なアクセントで、盗人リナ・アーリンに話しかけた。


「それ以上、近づかないで!この笛を折るわよ!」


リナの言葉を聞くなり、笛吹き男はわかりやすくたじろいだ。


「わかった、君には近づかない。私はその笛を返して欲しいだけだ」


だから返してくれないか?と笛吹き男は優しく語り掛ける様に言ってきた。

リナは考えるフリをしながら、物陰でアルゥが飴を口に含む姿を確認する。


「いいわよ、今回の盗みでは逃げ切れそうにないし。お返しするわ」


そう言ってリナは笛を石造りの地面の上に放り投げた。

敢えて弧を書くように、笛を放り投げたのだ。


「やめろーッ」


笛吹き男は手を前に伸ばし、地面に落下していく笛を取ろうと前方へダイブした。

しかし地面と衝突寸前であった笛はあろうことか、風によって浮かび上がった。

それを視覚した笛吹き男はこれが罠であると瞬時に理解した。が遅かった。


自分の頭上、こぶし大はあるだろう石が降ってきていることに気づいた時には、既に直撃を免れなかった。


こうしてエクリルの立てた作戦はあっさり成功し、笛吹き男も拘束できたのだった。

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