第7話 酒屋の仕事

 それから俺は1階の空瓶を置くスペースに併設されている風呂場を利用した。簡単なシャワールームといった感じで浴槽はほぼ使われていない様子だった。

 汗を流し終えると、雅さんから案内された3階の部屋に住み込むこととなった。


 3階は6畳程の和室で入口正面の窓が開いていた。暗がりの外の景色を見てみると……

 平屋が多いこともあり意外と遠くまで見渡せるようだ。先の先には巨大な大樹とその下に威風堂々たる白を基調とした城が建っていた。

 城は西洋を思わせる造りで、昼に見る和風の街並みとギャップがあるが、夜に見ると点々とした提灯の灯りが城を照らし出し、荘厳さをもたらしている。


 一通り見回した後、室内に目を戻すと雅さんがノックをして入ってきた。

「ユウトくん、着替えと仕事着は前に使っていた子のものがあるから使いなさい」

「あ、ありがとうございます」

「これが前掛けで、これがTシャツ、ズボンはなくてね。取り急ぎカーキ色のこれで我慢してね」

「いえいえ! ここまで準備していただいて助かりますよ」

「それじゃ、明日は朝4時に下の倉庫に集合してね」

「わかりました! よろしくお願いいたします」

 この感じ、OJTだろうな。いかにも古風な酒屋だ。教育基盤なんてなさそうだもんな。


「あ、そうそう。魔力時計がそこの布団の横にあるでしょ? それが指定の時刻で鳴るように設定できるわ」

「おお! これは目覚まし時計と一緒のようですね。活用してみます」

「じゃあ、おやすみなさい」

「色々ありがとうございます。おやすみなさい」


 4時か! 早いな。仕事終わりに事件があったとはいえ、今は22時半。あまり寝れないな。

 でも、それも仕事を覚えるまでだな。頑張ろう。

 この魔力時計の原理は現実世界と一緒で、電池か魔力かの違いかな。初出勤だし、とりあえず3時に起きよう。


 そして……

「ウォーーーーーーーン!」

 犬の遠吠えが聞こえ始めた。

 ん……もう3時か……こんな目覚ましの音だったのかよ……

 と、思っていたら「ジリリリリリ」と鳴り始めた。

 時計をタッチして止めると、まだ遠吠えが聞こえる。

 何事だと思い、窓を開けると1階の店舗入口前で一徹さんが吠えていた。


 音に気付いたのか、一徹さんが一瞬下から上を仰ぎ見た。

 俺が見ているのに気付くと、すぐ裏手に歩いていった。

 一徹さんよりも早く倉庫に行こうと思っていたが、こんなにも早く起きていようとは……。


 急いで雅さんからもらった作業着に着替え、鏡の前に立ってみると、黒色Tシャツの背中に書かれた一徹酒店が白文字で格好良く見える。

 階段を降りると倉庫には既に積込を始めていた一徹さんがいた。

「おはようございます」

「遅いぞ」

 遅いぞって、4時集合のまだ3時半だぞ?

「今日は週末だ。納品が多い。ここに書いてあるリストをこの箱に入れろ」

「はい、かしこまりました」


 渡された紙には「ラビットカフェ&バー様」と書かれていた。注文品リストには「ハッピービール×2、ジムハイ×1、ウシキンソンジン×1、雅コーラ×10」と書かれていた。

 リストを見て、思わず吹いてしまった。だってどれも見たことあるような名前だし。

 ただ、雅コーラってあの雅さんのことなのかな? オリジナル商品とか……。


 そうして見とれていると、横から「さっさと探せ!」とげきが飛んできた。

 倉庫内には図書館のように棚が一直線に複数列並び、飲料コーナー、酒類コーナー、更に酒類の中でも細かく分類掲示がされていた。

 えーっと、まずはビールは……これ樽のことだよな……。

「社長! ビールのこの表記は樽で宜しいでしょうか?」

「ばかやろう! 中瓶だ中瓶!」

「そうなんですね! 承知しました!」


 普通さ、商品コードとか生樽とか小瓶、中瓶、大瓶と表記があるでしょうに。

 ラビットカフェ&バーさんは中瓶だということを覚えておかないとな。

 しかし、前職もそうだったけど店舗ごとにこんなことしていたら人的ミスが出てくるよ。

 一徹さんは何年やっているのだろうか。脳内に全て詰め込まれている可能性が高い。

 凄いことだけど、仕事を引き継がれる方は大変だ。


 次にウシキンソンジンはと……

 スピリッツコーナーはここか。現実世界とそっくりな名前がいっぱいだ。

 四鳥よんとりとか名前からして……察します。ウシキンソンもいかにもパクリだが、ラベルが白と黒の牛基調で愉快だ。


 最後の雅コーラは倉庫入口に大量に積まれていた。やはり、飲料の中でもコーラは人気なのだろう。

 雅コーラのラベルはローマ字でMiyabiと書かれていて、シベリアンハスキーの女性の絵が描かれている。

 昭和チックな描き方にレトロ感が際立つ。ひょっとしてこの女性は雅さんの若かりし頃をデザインしているのではなかろうか……。

 今この状況じゃ一徹さんには聞きづらいな。時間があるときに雅さんに聞いてみよう。


「終わりました!」

「次はこれだ」

 無造作に渡されたリストを見て、ピッキングしていく。

 その後も様々な種類を集めていくと次第に陳列配置が頭に入っていった。

 店舗すぐ裏には冷蔵庫があり、冷やされた日本酒のような瓶(恐らく醸造方法は一緒に違いない)や、スパークリングワイン、白ワイン、冷蔵保存が必要なビールなどがあった。

 どれも現実世界の酒屋にありそうなラインナップではあったが、一人でよくこれだけの品数を整理整頓し、ピッキングしているな。


 ピッキングも一息つくと、店舗側から雅さんが現れた。

「ユウトくん、おはよう。よく寝れたかしら?」

「おはようございます」

「はい」

「そう、それは良かった。今ピッキングしてもらったリストは昨日のうちに来た注文リストよ」

 ほうほう、注文リストはどうやって届くのだろうか。


「受注はどのようにされているんですか?」

「あなたも持っている手帳。それにメッセージ機能があるの。それを使ってきたり、直接社長に伝えたり、店舗に来られる方もいるわ」


「驚いたかしら?」

「あ、いえ。前職ではネットやファックスを介してもらっていたので原理は似ていますね」

「私がそれをまとめて、今のピッキングになっているという訳よ」

 雅さんは丁寧に説明してくれるから、わかりやすい。


「それとうちのモットーは営業兼納品なの。見ての通り、動けるのは社長だけだし、営業なんていないから、納品がお客様と最も距離の近い営業ができるの」

「確かに、セールスドライバーですね」


「どこまでも対面にこだわる。頑固な社長。ね、社長?」

「ふん、さぁダブルチェックが終わったら出発だ。今日は忙しいぞ」

「はいはい、ダブルチェックはもう済んでますよ」

 ピッキングしたものは雅さんが確認していたんだ。きっと雅さんは注文リストの整理と経理関係をしつつ、店舗運営をされているのだろう。


「いってらっしゃい」

「おい! 行くぞ、クソガキ」

 雅さんの優しい声かけの後に、口悪い一徹さんのギャップの激しいこと。早く名前で呼んでもらえるように頑張ろう。

「はい! いってきます!」


 一徹さんは荷車をグングン引く。カランカランと瓶がぶつかり合う音が早朝の街中を響かせる。

 それを合図としたようにシャッターを開ける店舗だったり、挨拶を交わしてくる動物たちが一日のスタートを告げているようだ。


「一徹さん、新人かー?」

「……」

 でかい熊が叫んでいたが、無視して進んでいく。俺は軽くお辞儀をしてすぐに一徹さんを追いかける。


 メインストリートに入り、早速納品先に着いた。シャッターは閉まっている。どうやら夜間営業の居酒屋のようだ。

「今日はここからの注文はない。空瓶だけ回収だ」

「かしこまりました」

 これはこれで良いのだろうけど、夜間営業じゃお会いできないよな。夕方に訪問するのかな? いや、さすがにそれをしていたら体がもたないだろう……。

 疑問が残ったが、とりあえず次だ。


「ばかやろう! 空瓶は分けろ! リターナブルはこっちだこっち!」

 そうか、納品時に再利用する瓶とそうでないものを分けるのか……。帰ってから振り分けるのだと思っていた。

 これは先入観を払っていかないと、一徹さんの怒りを買うばかりだな。

「失礼しました!」


 次の店舗は早朝から営業されているモーニングカフェだった。

 モーニングと言っても4時台から営業しているとか、この世界の時間感覚はおかしい。動物によって活動時間が違うからだろうか?

 店内には意外にも客がいた。猫やら犬が椅子に座り、揃いも揃ってコーヒーをすすっている。奇妙な光景だ。


「おはようございます」

「やぁ、一徹さんおはよう」

 髭が目立つ猫のおじいさんが出てきた。店長のように見える。

「新人か?」

「ええ。おい、名を名乗れ」

「初めまして! 青山佑人と申します! 今後ともよろしくお願いいたします!」

「ほぉー、爽やかで元気じゃ」

 このおじいさん、眉毛の量も凄いな。長すぎてタレ目に見えるが、実際の瞳まで見れない。むしろ、見えているのかも怪しい。


「(一週間持つかな?)」

「(余計なことを……)」

 小声で一徹さんと猫のおじいさんが呟いているのが聞こえた。地獄耳なんだよな。

 しかし、一週間持つかな? とは、そんなにブラックなのだろうか。まぁ働いてみないとわからない。

「若き青年よ、頑張るんだよ」

「頑張ります。またお会いしましょう!」

 猫のおじいさんがはにっこりして、手を振ってくれた。

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異世界にお酒を卸すのが仕事です! 蓮田凜 @ashimashin

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