第6話 採用

 城下町に着くと、一徹は黙々と進んでいった。早朝から午後遅くまで動いていてこの体力、老犬とは思えない。

 それになぜ俺の居場所に気付いたのだろう。荷車は持ってきていないし、まさか探しに来てくれたのか?

 いや、さすがにそれはないよな……。


「着いたぞ」

「ありがとうございました。ここまで来れば宿屋に戻れます」

「……おい」

 鼻先を家に向けている。しっぽも、くいくいと手招きをしているように見えた。

 これは招かれているのか?

「あのー」

「……」


 着いてこい、と言わんばかりの空気だ。ここはそう信じて家にお邪魔しよう。


 なるほど、裏口から階段があり、2階に続いてるようだ。

 緊張しながら、階段を上がる。

「お邪魔します」

 玄関の先を入ると「あら、お帰り」と、優しい声が聞こえた。

 シベリアンハスキーのおばあさんだ。


 メガネをかけて眼は左右青色。一徹さんとは違い、同色の眼色だ。

「お客さんかい? 久しぶりだね。あら、人間の転生者」

「はい、初めまして。青山佑人あおやまゆうとと申します。よく転生者だとお分かりになりましたね」

「そりゃー、転生者には魔力が滲み出ているからね。留めておかないといずれ死んでしまうよ」

「え! それじゃ、自分は今、生命力を放出しているような状況なんですか!?」


「ええ、そういうことよ。でもおかしいわね……本来転生したときに案内人から教わるはずよ」

「(フォルスターから? もしや、忙しさのあまりすっぽかしたのか……)」

「これを付けなさい」

 何やら真珠のようなものを渡された。イヤリング?

「耳元に近づければ勝手にイヤリングがはまってくれるはずよ」


「おい、お前! それは……」

「いいじゃないの、眠らせたままの方があの子に悪いわ」

「……うーむ……しかしだな……」

「あなたが家に招くということは、そういうことよね? 出し惜しみして後悔するぐらいなら、未来を見据えなさいよ」

「……」

 まじか、あの一徹さんが抑え込まれている。このイヤリングは誰かが使っていたものなのか? 複雑な理由がありそうだ。


「さぁ、ユウトくん。付けてごらんなさい」

「やってみます」

 恐る恐る真珠のイヤリングを耳に近づけてみる。すると、耳に穴が開いたような感覚が起き、すっぽりとはまった。


「これでもう大丈夫」

「あ、ありがとうございます」

 このイヤリングの事情は気になるところだが……まずはフォルスターだ。なんで命に関わることを教えてないんだー! 覚えてろよー!


「まぁ、座って。とんだ案内人に出会ったようね。私はみやび。一徹の妻です」

「よろしくお願いいたします」

 毛並みの揃ったきれいなおばあさんだ。

 12畳程の広いリビング的な部屋の中央にテーブルがあり、椅子が4つ用意されている。

 奥の左側に促されて俺は座り、対面に雅さん、左に一徹さんが座った。


「単刀直入に聞くわ。あなた、うちで働きたいんでしょう?」

 え!

「は、はい! しかし、なぜおわかりに……」

「うちはね。絶対来客を迎えないの。採用以外はね」

 一徹さんは俺の話をちゃんと聞いてくれていて、それでわざわざ探しに来てくれたのか。


「旦那があなたと一緒に来たということは、労働希望を出したということ。転生者を雇うのはこれで2回目よ」

「そうでしたか、一徹さん、面接の機会を与えてくださりありがとうございます」

「……」

 相変わらず無口だ。


「面接? そんなものないわよ。旦那が迎えた=採用よ」

「ええ!! そんな簡単に働かせてもらって大丈夫ですか!?」


 前職は面接一回しかなかったけど、さすがに人事部の人とそれなりに話をして、互いに待遇や仕事内容の確認をしてから入社したよな。

 今この世界で俺が置かれた状況は、軍に入るか就職するかの二択。一徹さんの仕事振りを見る限り、かなり大変そうだが……

 でも俺が入社することで負担を軽減させられそうだし、とにかく給料や休みなど関係なしに生きるための基盤を作らなければならない。


「大丈夫よ。うちは公に募集などしませんから」

「ありがとうございます」

「ユウトくん、あなたは住み込みでこの一徹酒店で働いてもらいます」

「住み込み!?」

「三食はもちろん、寝る場所も用意して給料も別で出すわ。思う存分働けるでしょう」

「た、確かに……」


 学生の頃に農家で住み込みバイトをしたことがあったけど、そのときと一緒のようだ。

 週7で働いて、まじで辛かったけど良い経験になった。

 独身、友人なしのこの世界では休みなど気にすることはない。一度死んだんだ。苦労は買ってでもしよう。


「私から職業安定所には連絡しておくから、明日からしっかり働いてもらうわよ」

「わかりました! よろしくお願いいたします」

「あなた、それでいいわね?」

「……ああ」


「さて、お腹減ったでしょう? 美味しい鹿肉のシチューができているから、食べなさい。あなた少し細いからうんと力付けていかないとね」

「鹿肉ですか! 初めて食べます。そうですね、細いですが、これから筋力も付けていきます」


 雅さんは一徹さんとは違い、優しそうだ。お陰で緊張がほぐれてきた。

 辺りを見渡すと出入口付近に台所があり、中央にテーブル、更にその奥に寝室なる部屋があるようだ。


 暫くすると雅さんが「ユウトくんはお酒飲めるわよね?」と聞いてきた。

 当然飲めると応えたが、さすがに急性アルコール中毒で死んだとは言えなかった……。

 雅さんは一徹さんに焼酎お湯割りを持ってきた。中には梅干しが入っている。

 一方俺には焼酎ハイボールを用意してくれた。この世界のお酒は現実世界と変わりないようだ。


「乾杯」という言葉もなく、黙々と飲み始める一徹さん。頑固な表情が少し緩んだ気がした。

 一徹さんの一口を見ると俺も飲み始めた。純粋にうまい。今日一日の疲れが癒されるように強炭酸が体内を浄化していくようだ。

 一息つくと、鹿肉シチューに赤ワインが出てきた。立場上ソムリエ資格が必要で所持していたため、マリアージュにはうるさいほうだ。


「このワインはね、王宮に納品しているワインの王と呼ばれる赤ワインよ」

「ワインの王!? まさか、バローロですか?」

「バローロ? 聞いたことないわね」

 この世界にもバローロがあるのかと思った。飲んだことはないがイタリアの高級赤ワインとして有名だ。

 飲んでみると樽をきかせたスモーキーな匂いに甘みが感じられ、鹿独特の臭さを打ち消してくれる。料理との組み合は完璧だった。


「この世界では最高級ワインよ。たまたまねラベルが不良となってしまい、瓶の口が欠けていたから特別に生産者から譲り受けたの」

「こんな美味しい赤ワインは飲んだことありません。更にシチューがまた最高です。鹿肉の歯応えと、シチューの旨味が伝わってきます。もしかして、シチューに使った赤ワインもワインの王を?」

「いえ、シチューには別の赤ワインを入れているわ。ワインの王はワインとして飲んでこそ、本来の味を知ることができる。シチューに入れたらそれこそ、互いの良さを主張しすぎて、料理そのものが悪くなるわ」

「なるほどです。雅さん、こんな美味しいシチューにワインを味わえて最高です」

 いや、本当お世辞なしに、三ツ星レストランに来た感じだ。


「少しはワインを知っているようだが、お客様の舌はごまんとある。正解なんざ存在しない」

「は、はい」

 一徹さんが話に入ってくると緊張するな。

「逆に言えば正解はたくさんあるということよ。たまたまその中の一つにワインの王と鹿肉シチューが合っただけ。調味料を一つ変えれたり、その年に取れたブドウの質が違えばワインの王とは合わなくなるはね」


「だから、お酒は面白いのよね? あなた」

「ふん、うまくまとめおって」

「勉強になります」

 奥深いな。動物がこんなこと話していること自体普通ではないのだけど、この世界でも学べることはたくさんありそうだ。


 こうして初めての訪問から、いきなり就職を勝ち取り、住み込み生活がスタートしたのだった。

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