第2話 王太子視点

 僕はこの国の王太子だ。

 自分で言うのもなんだが、容姿は整っているし、幼少期よりニコニコと無害な笑顔を振りまく術も身に着けている。

 僕は凡庸だ。だから今でもキラキラした王子様という仮面を被り続けている。



 自分が凡庸だと気付いたのは7歳の時だった。母同士が親友ということで、侯爵家の5歳の双子の姉妹と定期的に会うようになったのだ。

 母上は将来の僕の妃を早めに見繕うつもりだったのかもしれない。



 双子の名前はセリーヌとスカーレット。

 


 セリーヌは良くも悪くも普通の貴族令嬢だった。流行りのドレスや綺麗な宝石をいつも侯爵夫妻におねだりしているし、食事の時も舌に合わなければ、すぐに使用人に皿を下げさせる。


 キラキラ王子の仮面をつけた僕のことも好んだようで、すぐに懐いてくれた。


 対して、スカーレットは端的にヤベェ奴だった。

 パッと見はセリーヌとよく似てるのに醸し出す雰囲気がまずヤバいと本能的に感じた。

 目と髪が濁りを帯びているようで、貴族的に言うなら目は陰り、髪は萎びているようだった。

 ドレスや宝石にはさほど興味はないようだったが、食事中に『まずい!』と吐き捨てて皿を割り、コックを平手打ちにした時は震えたものだ。


 僕のことも胡散臭い人間を見るような目で見ている。


 本当はスカーレットには出来るだけ関わりたくなかった。逃げろと僕の生存本能が叫んでいる。

 だが、残念ながら逃げることは叶わなかった。母上が侯爵夫人と会うときに必ず僕を連れて行くからだ。


 だから、僕はスカーレットの逆鱗に触れることは絶対にしないように最深の注意を払った。

 スカーレットはセリーヌを傷つけた奴と、失態を犯した奴を許さない。

 口では色々言いながらも、セリーヌのことが大好きなように見えた。


 それから僕は全身全霊をかけてセリーヌの好きなキラキラ王子様を演じた。僕が失態を犯した時にスカーレットを止められるのはセリーヌしかいないと確信したからだ。


 ★


 僕が初めて、人が死ぬかもしれないと感じたのもスカーレット絡みだ。

 その日は天気が良く、僕たち三人は侯爵邸の庭でピクニックの真似事をしていた。

 僕の隣にセリーヌ、その隣にスカーレットが座っていたのだが、選んだ場所が悪かった。


 すぐ隣の木を庭師が手入れしていたのだ。庭師はもちろんすぐに離れようとしたのだが、焦っていたのだろう、小さな刃をセリーヌの近くに落としてしまった。

 せめて僕の近くならよかったのだが。


 ケガはないものの、驚いて泣いているセリーヌを慰めた僕は、庭師に注意しようと顔をあげた。その時にはもう、スカーレットが落ちた刃を手に庭師に襲いかかっていたのだ。


 凡庸な僕にはその光景が理解出来ない。


 彼女は狂犬だ。

 止めに入れば僕が刺される、確実だ。

 僕はスカーレットを止めるようセリーヌに頼むと、侯爵夫妻を呼んでくると叫んで、その場を一目散に逃げ出した。


 僕は凡庸なのだ。

 優れた為政者ならば、スカーレットを利用するか排除するか考えるのかもしれない。

 サイコパスは危険だが、上手く扱えば、自らの手を汚すことを厭わない狂気を利用出来るのだろう。


ーーだが、僕に出来るのは逃げ出すことだけなのだ。


 ★


 僕が侯爵夫妻を連れて戻ると、庭師は無事だった。大人と子供であることと、セリーヌが必死に止めたことが大きいのだろう。


 庭師は自ら辞職したが、この事件はただ、セリーヌは優しい、と侯爵家全体が認識しただけのようだった。

 日頃からスカーレットに毒されていれば、セリーヌはとても優しいお嬢様だろう。


 そしてセリーヌもスカーレットに憧れの表情を向けるようになった。


ーーこいつもヤベェ奴だったのか。



 そんな内心を推し隠し、取り繕っているうちに僕は十歳になった。

 最近では双子の姉妹との交流が減ってきている。僕の王太子教育が忙しくなったのを表向きの理由にしているが、スカーレットの異常性が社交界でも認識されてきたのを見て、父上が母上を諌めたようだ。


 ★

 

 だから僕は、しばらく合わないうちにスカーレットへの警戒を緩めていた。

 それが最大の過ちだったのだ。


 その事件は母上の親しい友人を集めたお茶会で起きた。

 侯爵家からは夫人とスカーレットが参加しており、セリーヌは風邪を引いて欠席だったと聞く。

 僕はスカーレットが大人しくしているのを見て、その成長に感心していたくらいだ。

 けれど、平穏は長くは続かなかった。


 最近父上が寵愛している愛妾が偶然を装って茶会に現れたのだ。彼女は平民上がりで妊娠が発覚してから向上心が高くなり、母上に対抗しようとする面倒な女性だった。


 彼女は舐めるように会場を見渡すと、攻撃対象を幼いスカーレットに絞ったようだった。

 一番ヤベェ奴に目をつけるなよ、と愛妾とスカーレットを出来るだけ遠ざけていたが、僕は油断していた。

 愛妾が去り際にスカーレットに一言二言、耳元で囁いていたのだ。


 気づいた時には遅かった。

 スカーレットが愛妾の腹を蹴飛ばしていたのだ。妊婦への一番の攻撃だろう。


 愛妾はうずくまり、地面が赤く血塗れた。

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悪女だと冤罪をかけられましたが、それでも私は無罪です! ゆーぴー @yu-pi-

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