悪女だと冤罪をかけられましたが、それでも私は無罪です!

ゆーぴー

第1話

「セリーヌ、王太子妃の婚約者候補を辞退せよ」




 降りしきる雨の中、国王陛下からの緊急召喚を受け、私は急ぎ王城に向かった。






 私は侯爵令嬢として蝶よ花よと育てられたと自覚している。たまにワガママ令嬢等と揶揄されるからだ。


 優しく守ってくれるお父さまとお母さま、妹のように可愛がってくれる王太子殿下、慕ってくれる使用人達……


 流行のドレスもきらびやかな宝石も、おねだりすれば何でも手に入る。


 そんな環境では少しくらいワガママになるのも当然だろう。




 唯一、陰りがあったのは幼き日に双子の妹を病で亡くしたことだろうか。


 その時は三日泣き続けたそうだが、小さい頃の傷は時間とともに癒え、正直あまり覚えていない。




 だからこそ、不幸なことに耐性がなかったのだろう。


 謁見の間にそびえ立つ鏡に映る私の目は、緊張のあまり陰り、メイド達が手入れを怠らない髪は萎れてみえた。


 まるで私に似た、私ではない人間のようだ。




 いけない、気持ちをしっかり持たなければ。






「理由を……教えて頂けませんか?」




 震えを何とか押さえていると分かる声が出る。




 国王陛下は浅く息を吐くと、言いにくそうに目を逸した。




「セリーヌ、そなたにはもう一人の候補者であったグレン公爵家のアイリーン嬢毒殺の容疑がかかっている」




 目の前が真っ暗になった。




ーー陛下は何を仰っられていらっしゃるのだろう?




 選別会の最終日、アイリーン様が体調を崩されているとは聞いたけれど、まさか毒とは思いもよらなかった。




 彼女は、殿下とも相愛ではないかと囁かれていたので、もう一人の候補者である私に容疑がかかったのだろうか。




 自身を落ち着けるように一度目をつぶり、十字を切ることでアイリーン様への冥福を祈る。




ーーアイリーン様に嫉妬していなかったと言ったら嘘になる。




 だが、私は少しワガママなだけで、犯罪に走るような人間ではない。


 冤罪をかけられるいわれはないのだ。




「陛下、私は誓って暗殺などしていません!どうか信じて下さい」




「わしも信じたい、信じたいとも。だが、容疑者を婚約者候補になどにしておけん。グレン公爵家が提出してきた証拠がそなたを限りなく黒に近いと示しているのだから」




 国王は目頭を押さえながら大きな溜息をつくと、隣で控えていた宰相閣下を見た。




 宰相閣下はセリーヌを一度見据えた後、申し訳無さそうに告げる。




「タイバン侯爵家ご令嬢、セリーヌ・タイバン様、王子妃婚約者候補辞退の書類にサインを」






「そんな……あんまりでございます」




「私は確かに長年、殿下に片思いしておりました。ですが、アイリーン様を陥れようなどとは決して思っておりません」






「セリーヌ嬢、宰相という立場からは貴女を信じるとは申せません。ですが、貴女の殿下への思いは微笑ましいものだと感じておりました」




「ですので……陛下、サイン入りの辞退の書類は事件解決後に提出するということでいかがでしょうか?それまでは私が保管致します。」






 宰相閣下の言葉を受け、陛下は頷かれた。私には元より拒否権はないので、お心遣いに感謝するべきなのだろう。




 それでもサインする手が震えるのは止められなかった。幼い頃からずっと、憧れの人の隣に立つために努力してきたのだ。


 これだけはお父さまにおねだりするだけではダメだった。未来の王妃としての教育を必死で受けた。


 例え、彼からは妹のようにしか思われていなくても私の恋心は諦めることを知らず、やっと婚約者候補のうちの一人となったのに。




 なんとかサイン終えると、両脇から近衛兵が現れた。




「只今より、暗殺事件裁判まで王城の一室にてご待機願います。」




 それは実質、王城にセリーヌを軟禁するとの宣言であった。




 ★




 覚悟していたより待遇は悪くなかった。いや、良すぎて驚いている。


 メイド達は皆、事件について聞くと一様に押し黙るし寡黙だが、侯爵令嬢に相応しく世話を焼いてくれる。




 何より容疑者の私に、監視付きとは言え手順を踏めば面会を許されたことが信じられなかった。




 軟禁初日には、お父さまとお母さまが駆けつけて下さった。




「セリーヌ、これは誰かに陥れられたのだ。お前のように優しい子がこんな事件に巻きこまれるなんて」




「お父さま、お母さま……信じて下さってありがとうございます」




 目から涙が溢れそうになりながらも、必死に堪える娘を見て、夫人は堪らず抱きしめた。




「当然です、セリーヌ。侯爵家の全てで冤罪を晴らしてみせますからね」




 頼もしい母の言葉に安堵し、その日は泥のように眠った。




 朝目覚めると、部屋中の花瓶が割れていた。寝ている間に地震でもあったのだろうか。


 メイド達に聞いても知らないと言う。彼女達はすぐに片付けてくれたが、訝しげな目で見られた。私がやったと思われているのだろうか。


 そんな暴力的なことしない。私は気に入らなければ、片付けるように言うだけなのに。






 そんなことがあったものの、毎日、仲の良い友人が数人訪れ励ましてくれたので気持ちも持ち直してきた。


 冤罪はきっと晴れるだろう、と。




 


 ★




 ーー軟禁されてから、ちょうど一週間後に殿下がいらっしゃるまでは。




「セリーヌ、僕は許せそうにない。アイリーンを害するなんて」




 部屋に訪れて最初に殿下が仰っられた言葉に、体が固まる。


 目には怒りが灯り、拳を握りしめている殿下は今まで優しくして下さっていた私の知る殿下ではない。


 


「アイリーン様のことはご冥福をお祈りします」


「ですが殿下、私は何もしておりません。毒殺のことも陛下から初めて聞いたのです」




「セリーヌのことは信じたいよ。でも、信じられると思うかい?僕とアイリーンは愛し合っていたんだ。僕はアイリーンを妃に選ぶつもりだったよ。そして君は幼い頃から僕を慕ってくれていた」




「何より、グレン公爵家が提出した毒杯についた指紋が君のと一致したそうだ」




 頭を打たれるような衝撃とはこのようなことを言うのだろう。


 殿下の口からアイリーン様を愛していたと聞かされるのも辛いが、毒杯の指紋が私の指紋と一致するなどあり得ない証拠を突きつけられて絶望を感じた。




「殿下、それでも無実ですわ。誰かに陥れられたのです」




「セリーヌ、まだそんなことを言うのかい?王家で出来る限りの調査結果を僕は見たのだよ。罪を認めてくれたなら、情状酌量もあるというものだ」




「やっていないことを認めるなど出来ません。お父さまとお母さまが、きっと冤罪を晴らしてくれますわ」




 恐ろしい現実を受け入れたくなくて、幼い子供のようにイヤイヤと首を振る。




「分かった。もういい。君がこんな悪女だとは思わなかった。明日の裁判で会おう」




 殿下は、呆れたような見限ったような表情で私を見ると足早に部屋を出ていった。




 大好きな人に別の人が好きだと言われ、やってもいない罪を認めろと言われた。そして最後には見限られた。


 色々なことに精神が疲労したのだろう、いつの間にか私は眠っていたようだった。




 ★




 ーーどうやって裁判所までたどり着いたのだろうか。気がつくと私は被告人席に座っていた。




「これより裁判を始める。被告人セリーヌ・タイバン侯爵令嬢、貴女にはアイリーン・グレン公爵令嬢毒殺容疑が、かかっている。容疑を認めるか?」




 ハっ! ぼーーとしていたようだ。




「裁判官さま、私は誓ってアイリーン様を害してなどいません」




「なるほどな。時にセリーヌ令嬢、この国には自白剤適用法があるのをご存知か?」




 自白剤適用法は、証拠が十分にも関わらず、本人が否認している場合に適用される。


 ただし、副作用も強く、人によっては一生眠り続けてしまう恐ろしい薬を使用しなければならないため、自白剤に頼る人は稀だと王妃教育で聞いた。




「存じておりますわ、使用せよということですか?」


「いや、自白剤適用法はあくまで被告人の意思が重要だ。だが、国王陛下と王太子殿下からある条件を提示されている」




 裁判官さまが後ろを振り返りながら会釈されると、殿下がいらっしゃったので息が止まりそうになる。




「我が国は最終判決は国王陛下が出すとはいえ、法治国家だ。本来なら私はここにいるべきではない」




「だが、セリーヌが認めないのならば、罪は一層重くなることだろう。幼なじみとしての情は私にもある」




「自白剤を服用しての自白だとしても、情状酌量はあるのだ、セリーヌよ。自白剤を服用し、もし無罪が確定したなら貴女を我が妃に迎えると約束しよう」




 そう言って殿下は、私に縋るような視線を向けられる。


 私を妃に選ぶという言葉に驚き、一瞬歓喜してしまったが、よく考えれば、殿下は私が断ることが出来ないように逃げ道をなくしたのだろう。




 王太子妃はこの上ない名誉だ。例え眠る屍となろうとも、我が家の栄誉であることに変わりはない。


 私は愛情溢れる両親に恵まれ、自分の意思で王太子妃を目指したが、一般的に貴族令嬢とは家のために生きるものだ。




 無実を主張するのならば、ここで断ることはあり得ない。そんな状況を殿下は、アイリーン様を害したと思っている私のために作ったのだろう。




 優しい方なのだ。




「陛下の許可もとってある。どうする?セリーヌ」




「分かりました。自白剤を服用させて頂きますわ」




「いいのかい?」




 殿下は、少し目を丸くされた。ここまでしても私が服用するとは思っていなかったのかもしれない。


 よく見れば裁判官さまや、周りの方々も驚いている。調査結果とやらは、よほど私に不利なものなんだろう。




「白の丸薬が自白剤でございます。こちらの赤の粉末と一緒に飲んで下さい」


「副作用を三時間ほど抑えることが出来ますが、一度しか効果はありませんので飲み残さぬように」




 白衣を着たお医者様と思われる男性から、お薬を頂いて、ひと思いに飲み込んだ。




 視界の隅に、泣きそうな目でこちらを見つめるお父さまと、祈りながら今にも倒れそうなお母さまが映る。


 無実の証拠を集めるという難題のために奔走して下さったのだろう、二人ともやつれて見えた。


 私のために無理をさせてごめんなさい、お父さま、お母さま。




 自白剤を飲むと、問われたことに何でも答えてしまうという。やましいことは何もない。


 私は前を見据えた。




「セリーヌ・タイバン侯爵令嬢、貴女はアイリーン・グレン公爵令嬢を毒殺したか?」




「いいえ。私、セリーヌ・タイバンは誓って害してはおりません」




 裁判所全体がザワつく。自白剤を使用した自白は絶対で、私が陥れられたことが明白になったのだから当然だろう。




 裁判官さまも殿下も顔面蒼白だ。


 裁判官さまは無実の人間を有罪にしかけたからだろう。


 殿下は愛していない女性と結婚しなければならないからかもしれない。




 何はともあれ冤罪は晴れたのだ。


 飛び跳ねたい喜びを抑えながら裁判所を後にした。




 ★




 その後は、陛下から直々に無実であった旨を認めて頂いた。


 殿下は約束通り、私に求婚して下さり、副作用を心配してすぐに婚姻届を出した。


 私は愛されていなくてもかわまない。私が愛しているのだから。


 副作用も今の所出ていない。


 万々歳だ。




 それなのに、あれから夜も昼も眠れない。


 最初はあんな事件に巻き込まれた興奮からだと思ったが、もう一週間だ。


 眠ろうとすると内側から誰かに叩き起こされるよう。お医者様が処方して下さる睡眠薬も効かない。


 いくら若くて体力があるとは言え、限界がある。




 結婚式も簡略化したものに変えていただき、倒れそうになりながら初夜のために、殿下を待っている。


 息をするのも辛い。誰か助けてーー






 ★



あたしが目を覚ますと王太子がいた。相変わらず容姿はお美しいことで。




「セリーヌ!セリーヌ!! 目が覚めたかい?眠れたようで安心したよ」




 セリーヌ?ああそうだった。このお美しい王太子はいつ入れ替わっても気づかない。


 セリーヌの父親と母親は、入れ替わると訝しげにしてたのに。




 セリーヌのことも、死んでしまった双子の妹のあたしにも本当に王太子は興味がないんだね。


 いつもアイリーンの話ばっかりだったし、しょうがないけど。




「殿下、セリーヌじゃない。あたしはスカーレットよ」




「スカーレット?スカーレットは亡くなったはずじゃ……」




 アホらしい。アイリーンに嫉妬しながらも根が小心者のセリーヌは、なぁんにも出来なくて。


 もどかしいから、あたしが変わりに殺っちゃた。


 でも、指紋が残ってたとは思わなかったなぁ。やっぱり眠った時と不安定な時しか入れ替われないから焦っちゃった。




「ねぇ、殿下はセリーヌが有罪だと思ってたよね?」




「あ、ああ。セリーヌは無実だったが。本当にスカーレットなのかい?どうやって生き延びたんだ?」






「馬鹿だねぇ。スカーレットは死んでるよ。あんたの目の前で実の父親に殺されてたでしょ」




 綺麗なお顔が真っ青だよ、殿下。




 ★




 セリーヌと違って、あたしの性質はワガママなんてかわいい性質じゃなかった。


 あたしは気に入らない物は何でも壊すし、気に入らない奴は誰でも殺す。




 身分の低い使用人達への暴力行為は大目にみられてたんだ。




 でも、国王陛下の愛妾の腹を蹴飛ばして流産させたのは不味かった。


 あたしの目はセリーヌより陰ってるし髪は萎れてる、綺麗じゃないって失言したあの女が悪いのに。




 流産が元で可愛がってる愛妾も死んで、国王陛下は父親にあたしを目の前で自分で殺すか、お家取り潰しか選ばせたんだ。




 父親は即刻あたしを殺したってわけ。それを王太子殿下も見てたのに生きてるわけないよね。




 あたしが死んで悲しんだのは病死だと伝えられたセリーヌだけ。セリーヌとあたしは双子だし、よく似てる。


 でも、あの子は小心者だからあたしに憧れてたのかな。


 いつの間にかセリーヌの中にあたしが住みついた。




 セリーヌの願いはあたしの願い。そう思ってアイリーンを殺したけど、自白剤まで飲まされるなんてね。


 まぁ、そろそろあたしも気に入らない奴が多すぎて困ってたんだ。


 だから、ずっと自由に出来るならちょうどよかったってことになるのかな。




 ごめんね、セリーヌ。あんた邪魔だからずっと眠ったままでいてね。




 


ーーさぁ、まずは目の前で震えてる王太子をどうしようか。

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