『あっち向いてホイしか脳のない無能なんていりませんわ』という理由で追放された俺は、『あっち向いてホイ』だけで伝説の魔物を倒しました〜今更戻ってきてくれと言ってももう遅い。俺、今から亡命すっから!〜

八百板典人

第1話



「あっち向いてホイしか脳のない無能なんていりませんわ。さっさと私(わたくし)のパーティから出て行ってくださいまし」


 リーダーである元お嬢様『レベッカ・デュランティーノ』から解雇されて早半月。

 俺──アッシュは、S級冒険者が束になっても勝つ事ができないコカトリスを『あっち向いてホイ』だけで討伐してしまった。

 どうやら俺の魔法──『あっち向いてホイ』は、かなりの強制力を持っているらしく、どんな相手だろうが、俺が『あっち向いてホイ』するだけで、相手の視線を指差した方に向けさせる事ができるらしい。

 その事実に気づいた俺は『あっち向いてホイ』の力を応用する事で、S級冒険者でも歯が立たない伝説の魔物──コカトリスの首を捻り千切った。

 その結果、俺の名声は拠点としている街だけでなく、国中に響き渡る事に。

 コカトリス討伐から僅か数日しか経っていないにも関わらず、俺は超有名人になっちゃったのだ。


「……よし、この国から出よう」


 早朝、誰も起きていない時間帯。

 宿に置いてあった私物を全部鞄の中に詰め込んだ俺は、部屋の隅にあったベッドに置き手紙とお金を置く。

 そして、鞄を抱えると、開けっ放しにしていた窓から飛び降りた。

 宿の裏にある狭い路地に着地した俺は、誰にも見つからないように気をつけながら、街の外に向かって駆け出す。

 

(この国から出たら、適当な土地を使って、畑を耕そう。このままこの国にいたら英雄として祀り上げられてしまう。戦争の道具としてこき使われてしまう。十字軍遠征だっけ?あれに参加させられたら、逃げる事ができなくなってしまう……!)


 情けない理由を心の中で呟きながら、俺は裏路地を全速力で駆け抜ける。

 そんな俺の前に見覚えのある人物が立ちはだかった。


「──っ! お前は……!」


 俺の前に現れたのは、半月前まで所属していたパーティリーダー、レベッカ・デュランティーノだった。


「やっと見つけましてよ……!」


 息を荒上げながら、レベッカがいつも通りの大胆不敵な笑みを浮かべる。


「な、何でお前が此処に……!?」


 彼女は笑みを浮かべると、地面に両膝を突く。

 そして、額を地面に擦り付けると、凛とした声で、こう言った。


「お願いです!私のパーティに戻って来て下さいまし!」


「プライドないのか、お前は!?」


 地面に跪いて赦しを乞うレベッカに思った事をそのままぶち撒ける。


「プライド?そんなもの、貴方をパーティから追放した翌日に捨てましたわ!」


「俺を追放した翌日に何があった!?」


「私(わたくし)がパーティから追放されましたわ!」


「本当、何があった!?」

 

 パーティから追放されて翌日って事は、俺の真の実力が明らかになる前の話だ。

 つまり、彼女は俺の真の実力目的じゃなくて、別の目的で俺をパーティに連れ戻そうとしているらしい。

 一体、俺が追放された翌日に何があったんだ……?


「話は貴方を追放した翌日に遡りますわ」


「あ、俺の真価が判明したから、連れ戻そうとしている訳じゃないんだな」


 地面に額を擦り付けたまま、レベッカは事情を俺に話す。


「貴方をパーティから追放してルンルン気分になった私(わたくし)は、早朝、回復担当の僧侶に呼び出されましたわ」


「あー、あの大人しそうな女の子か」


「彼女は親の仇でも見るような目で私(わたくし)を睨みながら、こう言いました。『何でアッシュくんを追放した?お前の所為で、アッシュくんの匂いをクンカクンカできなくなっただろうが』」


「待て、ちょっと待て」


「怒り狂った僧侶に胸倉を掴まれた私(わたくし)は、壁に叩きつけられましたわ。そして、僧侶は私(わたくし)のお嬢様ノウズに鼻フックを……」


「待て待て待て!それ、本当に僧侶か!?俺が知っている僧侶とかけ離れているんだけど!?」


「散々、私を痛ぶった後、僧侶は貴方を探しに行きましたわ。それから連絡が取れていません」


「おーい、話を進めるなー。一切、話についていけな……」


「次に私(わたくし)の前に現れたのは、女騎士でしたわ。女騎士はこう仰いました。『お前がアッシュを追放した所為で、アッシュの陰毛集められなくなったじゃねぇか』、と」


「待て、俺を置いていくな。さっきからお前の話を理解する事ができないんだけど」


「理解できないんじゃなくて、理解を拒んでいるんじゃなくて?」


「うるせえ、正論をぶつけるな。殺すぞ」


「次に私の目の前に現れたのは、女魔法使いでした。彼女はこう仰いましたわ。『あんたがアッシュを追放した所為で、寝ている彼とセッ……」


「もういい!話さなくていい!つまり、元パーティメンバーは変態だったんだな!」


 信じられないけど、どうやら僧侶も騎士も魔法使いも俺を材料に変態行為をしていたみたいだ。


「あー、だから、彼女達、俺に優しかったんだな。定期的にご飯奢って貰ったのも、レベッカに虐められる俺を励ますためじゃなくて、自分の性欲を満たすためだったのか」


「性に飢えている彼女達に貴方を捧げないと、彼女達は戻って来ませんわ。だから、お願いします。私のパーティに戻ってきて下さいまし」


「…………仮に俺がお前のパーティに戻ったら、どうなる訳?」


「彼女達曰く、貴方を地下室に監禁し、三日三晩乱行パーティすると言ってましたわ」


「やべえ!腹上死させられる!」


 亡命する理由がまた一つ増えてしまった。

 

「お願いします!パーティに戻って下さいまし!貴方が戻らないと、私はパーティを追放された挙句、四肢を縛られた状態でオークの巣に放り込まれてしまいますわー!」


「結構、エゲつない事をやろうとしているな元パーティメンバー!」


「このままじゃ、私(わたくし)、元お嬢様からオークの肉便器にジョブチェンジしてしまいますわ!ですから、パーティに戻って下さいまし!」


「隣国に逃げるだけじゃダメそうだな。海の向こう側にある『大和国』って所に逃げるか」


 地面に平伏せるレベッカを無視して、さっさとこの国から出ようとする。

 しかし、レベッカが右足にしがみついた所為で、動けなくなってしまった。


「ちょ、離せ……!」


「離しませんわ!貴方が私を見捨てるなら、私は自分の命を賭してでも貴方を道連れにしますわ!」


「自業自得だろ!あんたがそうなったのは、日頃の行いの所為だ!オークの巣で自分の素行を悔い改めろ!」


「日頃の行い!?私が何か悪い事をしまして!?」


「毎日俺に30キロ以上の荷物を持たせたり、冒険している最中、俺にクズとかノロマとか罵倒したり、事あるごとに自分の足を舐めさせようとしたり、……」


「貴方が喜ぶと思ってやりましたわー!良かれと思ってやりおりましたわー!」


「本音は?」


「私が優越感に浸るために、貴方を虐げておりましたわー!」


「素で邪悪だ、この女!」


「過去の所業は全部謝りますから、大人しく彼女達に強姦されて下さいましー!」


「本当に謝るつもりがあるのか!?」


 足にしがみつくレベッカを引き剥がした俺は、急いで此処から立ち去ろうとする。


「──そういや、貴方、この半月の間でかなり有名になったんですってね?」


 地面に額を擦り付けながら、レベッカは凛とした声で俺に疑問を投げつける。


「……だから、どうした?」


 彼女の身に纏う雰囲気がガラリと変わった。

 その様子に警戒しながら、俺は動揺が表に出ないように努める。


「S級の冒険者が束になっても倒せないモンスターを倒したんですってね。それを聞いた時、私(わたくし)は破茶滅茶に驚きましてよ」


 地面に額を擦り続けながら、レベッカは不敵な雰囲気を醸し出す。

 パッと見では情けない姿を晒しているというのに、彼女の声色は余裕たっぷりだった。

 なんだ、この余裕は?

 もしや何か隠し玉を用意して……


「お願いします!私を連れて行って下さいましー!パーティに戻れって言いませんから、私を彼女達から守ってあそばせー!守ってくれると言ってくれたら、私、貴方の靴を舐め回しますわー!」


「ついに人としての尊厳を投げ捨てやがった!」


「貴族の称号を剥奪されたお父様と比べたら、捨てた内に入りませんわ!」


「下には下が!」


「ちなみにお父様は今女王様に飼われていますわっ!」


「知りたくねぇよ、お前の家の特殊な状況なんてっ!」


「こうなったら、最後の手段ですね……」


 そう言って、レベッカは身につけている高そうなドレスを脱ごうとする。

 嫌な予感がしたので、俺は彼女の細くて美しい両腕を掴んだ。


「何するつもりだ」


「全裸で頭下げようと思っただけですわっ!」


「『だけ』じゃねぇよ!人としての大切な何か失いかけているぞっ!」


「もうお願いです!私の身も心も貴方に捧げますから、この卑しい雌豚を助けて下さいましいいいいいいい!!」


「とうとう雌豚を自称しやがったよ、こいつ!」


「ぶひぃ!ぶひぃ!」


 俯せの体勢で四つん這いになりながら、レベッカは豚の真似をする。

 そんな情けない姿を躊躇いもなく晒す元リーダーを見て、俺は『人って、ここまでプライドを捨てる事ができるんだなー』的な事を思った。



***


「この港町に私の実家が隠し持っている船がありますわ!」


 数日後、人としての尊厳を全て投げ捨てたレベッカの媚びに押し負けた俺は、港町に来ていた。

 彼女曰く、この港町に彼女が所有している船があるらしい。

 俺はそれに乗って国外に逃亡しようと企んでいた。


「さあ、こっちよアッ…….いえ、ご主人様!賤しい雌豚が案内してあげますわ!」


「誰がご主人様だ」


 ネジ切れそうな勢いで掌を返すレベッカにドン引きしながら、彼女が所有している船がある倉庫に向かう。

 そんな俺達の前に見覚えのあるヤツらが立ちはだかった。


「あ、貴方達は……!」


 そう。

 俺達の前に現れたのは、かつてのパーティメンバーである僧侶と女騎士と魔法使いだった。


「■■■■■■■……」


「あっち向いてホイっ!」


 再開するや否や卑猥な事を口にする僧侶を見て、俺は反射的に魔法──『あっち向いてホイ』の力で元パーティメンバーの視線を誘導する。

 彼女達の視線が明後日の方に向いた瞬間、俺は回れ右を披露すると、全速力で逃げ出した。


「ちょっと!置いて行かないでくださいまし!」


 背後から聞こえるレベッカの主張を無視して、俺は港町にある市場──人通りの多い所に向かう。

 が、俺よりも身体能力が高い女騎士に先回りされてしまった。


「■■■■■■■■……」


 日の出ている時間帯に言ったらいけないような事を口走りながら、鼻息を荒上げた女騎士は俺を捕獲しようとする。

 身の危険を感じた俺は、考えるよりも先に魔法──『あっち向いてホイ』を使用した、


「あっち向いてホイっ!」


 女騎士の視線を空に向けさせる。

 その隙に俺は彼女の鎧に覆われた胸にドロップキックを叩き込むと、人で満ち溢れている市場の中に飛び込んだ。


「な、…….何であいつらが此処に……!?」

 

 人混みを掻き分けるように走りながら、俺は疑問の言葉を口にする。

 その疑問を聞いたレベッカは俺の後を追いかけながら、こう言った。


 ──それは私が教えたからですわ、と。


「は?何て?」


 走りながら、もう一度聞き返す。


「だから、私が教えたって言っておりますわ。定期的に彼女達に手紙を送って、貴方の居場所を教え………」


「お前の所為かあああああ!!」


 俺の背後を尾けるレベッカにラリアット──横方向に突き出した片腕を相手の身体に叩きつける技──を打ちかます。

 

「痛えですわ!」


 俺のラリアット── こないだカナリアっていうお酒大好きな少女から教えて貰った体術──を喰らったレベッカは、地面に背中を着ける。

 浅く入ったのか、彼女はピンピンしていた。


「何するんですの!?」


「何『私、悪い事していませんの!』みたいな顔をしているんだ!?お前の所為で、俺、危機的状況迎えているんだけど!?」


「私(わたくし)がオークの巣に放り込まれるよりもマシですわ!」


「クソっ!この女、自分の事しか考えてねぇ!」


「というか、人間に襲われる分、貴方の方がマシですわ!私(わたくし)なんてオークですよ、オーク!下手しなくても孕み袋になるのは間違いなしですわー!」


 立ち上がろうとしているレベッカの背後に火の玉が押し寄せる。

 それを目視した俺は、躊躇う事なく、レベッカを盾にする事で火の玉を凌いだ。


「クソ熱いですわー!」

 

 防御力特化の魔法を得意としているレベッカは、火だるまになりながらも、魔法の力で直撃した火の玉を半減する。

 俺は黒焦げになった彼女の陰から出ると、火の玉を放った犯人──魔法使いに視線を向けた。


「■■■■■……!」


 子どもに聞かせたら間違いなく悪影響が出るであろう卑猥な言葉を口にしながら、魔法使いは掌から火の玉を射出する。

 俺は再びレベッカを盾に使うと、迫り来る火の玉から自分の身を守った。


「なに私を盾として使っておりますの!?男なら女を守るのは当然じゃなくてー!?」


「悪に情けをかける程、俺は出来た人間じゃない」


「誰が悪役令嬢ですって!?」


 再び魔法使いが火の玉を放ったので、俺は遠慮なくレベッカを盾として使用する。

 魔法の力なのか、高熱の火球を何度も喰らったにも関わらず、彼女の身体も服も傷一つついていなかった。


「おい、諸悪の根源。此処であいつらを引き留めろ。その間に俺は逃げるから」


「嫌ですわ!死ぬ気で貴方を道連れにしてやりますわ!」


「あっち向いてホイ!」


「はっ!しまった!」

 

 強引にレベッカの視線を明後日の方向に向けると、俺は全速力でこの場を後にする。

 が、『あっち向いてホイ』しか取り柄のない俺では、元パーティメンバー達──A級冒険者から逃げ切れそうになかった。


「■■■■■……」


「■■■■■っ!」


「■■■■■■♡」


 数分後、港町にある裏路地に辿り着いた俺は、卑猥過ぎる言葉を口にする女騎士・女魔法使い・女僧侶に囲まれてしまう。

 目の前にいる彼女達は、長い間禁欲していた所為なのか、目が血走っていた。

 本能が『彼女達に捕まったら、取り返しのつかない事になる』と激しく警告する。


「あ、……あっち向いてホイっ!」


 この場から逃れるため、俺は彼女達の視線を空に向けさせる。

 が、彼女達は目を閉じる事で俺の『あっち向いてホイ』を無効化する。

 そして、臭いだけを頼りに俺を捕獲しようとした。


「あんぎゃああああああ!!」


 なんとか彼女達の腕から逃れた俺は、再び全速力で駆け始める。

 が、変態……じゃなかった元パーティメンバーの方が速かった。


「「「■■■■■……!」」」


 表では決して言ったらいけないような卑猥な言葉を叫びながら、元パーティメンバーは俺との距離を着実に詰めていく。

 もうダメだと思った俺は、ヤケクソ気味に指を空に指す。


「あっち向いてホイっ!」


 身体からゴッソリ魔力がなくなると同時に、俺と彼女達の間にあった地面が『ひっくり返った』。


「なっ……!?」


 俺のヤケクソ気味の『あっち向いてホイ』を喰らった地面は、土砂の津波を引き起こすと、性欲に支配された元パーティメンバーに襲いかかる。

 

「う、嘘だろ……?」


 土砂の津波に呑まれた元パーティメンバーと自分の指を交互に見ながら、俺は驚きの言葉を口にする。


「も、もしかして、俺の『あっち向いてホイ』は視覚を持っていないヤツ……いや、無機物にも作用するのか?」


 恐らく先程目を瞑った元パーティメンバーに作用しなかったのは、きっと魔力が足りていなかったからなんだろう。


(じゃあ、十分な魔力と意志さえあれば『どんなものでも俺の思い通りに操れる』って事なのか……!?)

 

 あまり頭がよろしくない俺でも、自らの魔法が想定以上にヤベーものである事に気づく。

 もし俺の『あっち向いてホイ』が万物に作用するなら、色んな事ができるだろう。

 屍や石像を思いのまま動かす事が出来るかもしれないし、空に浮かぶお月様を大地に引き寄せる事ができるかもしれない。

 最悪の場合、『あっち向いてホイ』の力を極めたら、、相手の身も心も意のままに動かす事ができるかもしれな──

 

「■■■♡」


 俺の思考は土砂から突き出た元パーティメンバーの腕によって中断させられる。

 このまま此処に留まっていたら不味いと判断した俺は、すぐさま回れ右をすると、港町の外に向かって駆け出した。


「──遅かったですわね」


 港町から1番近い森の出入り口に辿り着いた途端、木の幹に寄りかかっていたレベッカから声を掛けられる。


「さあ、今の内に逃げますわよ!此処はダメだったけど、隣国にも船があります!ですから、それに乗って………」


「あっち向いてホイ!」


 レベッカの身体を『あっち向いてホイ』の力で操作する。


「んぎゃあああ!」


 俺の魔法により強制的にバク宙させられたレベッカは、何回か空中で回転した後、無様な格好で地面に叩きつけられてしまう。

 踏み潰された蛙のような断末魔を口にしながら、見るも無残な格好で地面に横たわるレベッカに背を向ける。


「もうお前の力は借りない。俺1人の力で亡命する」


 そう言って、俺はレベッカに別れの言葉を告げると、森の中に逃げ込もうとする。


「そんなぁ!ちょっと元パーティメンバーに貴方の居場所を教えただけじゃないですか!?」


「その『ちょっと』の所為で、俺、かなり危機的状況に陥ったんだけど!」


「私(わたくし)が助けてあげたじゃないですか!」


「存在しない記憶っ!」


「私(わたくし)は貴方を火の玉から庇いましてよ!」


「庇ったんじゃない!俺がお前を盾にしただけだ!」


「結果的に貴方を守った事には変わりませんわー!」


 地面に伏せたまま、レベッカは匍匐前進を行うと、俺の右足にしがみつく。

 そして、みっともない事を口にした。


「一生に一度のお願いですわあああ!私を連れて行って下さいまし!もう裏切りませんからあああああ!!」


「一度裏切ったヤツを信用するとでも!?」


「生き残るためには仕方なかったんですわああああああ!誰かを裏切る事でしか生き残れないこの世界が悪いのですわあああああ!!」


 目や鼻、そして、口から液体を出しながら、レベッカは何故か自分の生い立ちを語り始める。


「私は貴族の娘として生まれたものの、魔法の才に恵まれて、実家では『天才』『神童』と呼ばれていましたわ……」


「自慢か?」


「そんな私の才能を妬んだ学友は、ある日、いつも通り平民に靴を舐めさせていた私の尻を木の棒で叩きました。その時、私は初めて快か……じゃなかった屈辱というものを知りましたわ」


「おい、さり気なく邪悪な部分と性癖を見せつけるな」


「だから、私は学友達を全員殺す事に決めましたの。……でも、その企みはお父様が失脚した事で水泡に帰しました。それから、元お嬢様になった私は、冒険者になって成り上がろうと試みましたわ。幸い、私に才能があった事もありまして、すぐにAランクの冒険者にまで上り詰める事ができました」


「………………それで?」


 色々言いたい事はあったけど、最後まで話を聞く事にする。


「冒険者として大成すれば、貴族の身分を取り戻す事もできる。あの頃の私はそう思っておりました。しかし、現実は非情なもので、私よりも優れた冒険者は幾らでもいます。だから、私は冒険者としての大成を諦め、自分よりも弱いものを虐げて生きていく事を選択……え、ちょっと、何処に行くつもりですの!?」


 森の中に入ろうとした俺をレベッカは力尽くで止める。


「ここは私の可哀想な過去を知って、『そうか、……お前も辛い過去持ちだったんだな』みたいな空気になる所じゃないのですの!?」


「同情する部分が殆どねぇよ!お前がそうなったのは因果応報だ!」


「『影の魔術師』さえいなければ、私のお父様は失脚せずに済んだですの!全部『影の魔術師』ってヤツが悪いのですわ!」


「いいや!俺はお前が悪いと思う!お前の性根が腐っているから、お前はこうなったと思う!自分の言動を悔い改めろ!じゃなきゃ、永遠に同じ失敗を繰り返すぞ!」


 彼女の拘束を強引に解いた俺は、さっさと隣国に逃げ込もうとする。

 そんな俺の脚にしがみつきながら、レベッカは命乞いの台詞を口にした。


「お願いですわっ!私を連れて行って下さいまし!もう裏切りませんから!もう誰かを虐めたりしませんから!だから、私を助けて下さいましいいいいいいい!」


 喉から血が出る勢いで叫ぶレベッカの姿を見て、流石の俺も『改心したのかな』的な事を思ってしまう。


「……本当か?」


「ええ、本当ですわ!」


「………本当に本当か?」


 千切れる勢いで首を縦に振るレベッカを見て、俺はつい彼女に同情してしまう。


「………………じゃ、じゃあ、そこまで言うなら」


 多分、俺は甘い人間なのだろう。

 今まで散々嫌な目に遭わされてきた相手なのに、レベッカを見捨てる事ができなかった。


「ありがとうございますわ!この恩は一生忘れませんわ!」


 この時の俺は知らなかった。

 彼女の所為で危機的状況に陥る事を……。


***

 亡命を決意して半月後。

 俺とレベッカは危機的状況に陥っていた。


「ちっ……!」


 迫り来る巨大な隕石を『あっち向いてホイ』で逸らす。

 直径50mくらいの隕石は俺の指差した方向に飛んでいくと、数キロ先にあった標高500メートル程の山を粉砕した。


「ほう。中々やるな、人間如きが。だが──」


 声の主が指を鳴らすと共に俺の身体は不可視の力によって遥か後方に吹き飛ばされる。

 蹴飛ばされた小石のように俺は、草原の上を跳ねると、全身擦り傷塗れの状態で地面を転がった。


「神(わたし)には到底及ばない」


 そう言って、人型のウサギ──自称神様は、ボロボロになった俺を見下したような視線で見つめる。


「くっ……!何でこんな事に……!」


 毒吐きながら、俺は額についた血を右掌で拭う。

 何でこうなったか説明しよう。

 レベッカと一緒に隣国国境付近に辿り着いたら、人型のウサギと遭遇してしまった。

 んで、人型のウサギは『レベッカが持っている匣を奪う』という理由で俺達に襲いかかった。

 以上、説明お終い。

 訳が分からないだろ?

 俺だって訳分からないわ、ボケ。


「ちょ、頑張って下さいまし!コカトリスを倒したんでしょう!?何でもやるんで、私をアイツから守って下さいましー!」


 ボロボロになった俺の下にレベッカは『い』の1番で駆けつけると、涙目になりながら、地面に伏せた俺の身体を揺さぶり始める。


「……助かりたいんだったら、匣ってヤツをアイツに渡せよ」


「匣を渡したら、私、正真正銘無一文になりますわ!だから、私の命と匣を守ってくださいまし!何でもしますからー!」


「無茶言うな、隕石落とすヤツ相手に勝てる訳ねぇだろ……」


「隕石だけじゃないぞ」


 神を名乗るウサギの獣人は指を鳴らす。

 すると、俺達の足下に広がっている草原が激しく横に揺れ始めた。


「我は『天災』を司る『ケルディンイノス』。隕石だろうが震災だろうが、知的生命体が『天災』と知覚しているものを引き起こす事ができる」


「ケ、ケルディンイノスなんて神様、聞いた事ありませんわ!」


「そりゃそうだ。我は『ティタノマキア』の際、デウスに封印され、今の今まで地の底で眠っていたのだからな。神話に載っていないのは当然の事よ」


 そう言って、人型のウサギは指を鳴らすと、空から雷を射出する。

 俺は迫り来る落雷を『あっち向いてホイ』で逸らすと、すぐさま神を名乗るウサギの怪人に魔法を行使した。


「あっち向いてホイ!」


 魔法の力で敵の首を捩じ切ろうとする。

 しかし、俺の魔法──『あっち向いてホイ』は敵に作用しなかった。


「無駄だ、魔法使い。貴様の魔法(ちから)は神である我には届かない」


 再び俺の身体は目に見えない力によって後方に弾き飛ばされる。


「コレで力の差は分かっただろう?大人しく我等『ティタン族』の神聖(ちから)が封じ込められた匣を渡せ。でなければ、貴様らを我が手で処す」


「……匣を渡したら、どうなるんだ?」


「決まっているだろう。我等『ティタン族』がこの世界を支配する。今いる人類は我等の奴隷としてコキ使おう」


 本気の目をしながら、自称神は目的を告げる。


「……お前は人間を何だと思っているんだ?」


「我等の姿を模した出来損ない。暴力で脅せば、言う事を何でも聞いてくれる家畜」


 ヤツの目は本気だった。

 本気でヤツは人類を奴隷扱いするつもりだ。

 きっとヤツに匣を渡してしまったら、ヤツら──ティタン族とやらを止める事ができなくなってしまうだろう。

 ただでさえ手のつけられない存在が、更に強くなるのだ。

 そうなった場合、今いる人類は確実にヤツらの支配下に置かれてしまう。

 レベッカの方を見る。

 彼女も目の前にいる自称神のヤバさを痛感しているのか、目が泳いでいた。


「……なあ、どうする?」


 俺の質問に対して、予め答えを用意していたのか、レベッカは俺が思っていたよりも早く答えを口にする。


「……私に良い考えがあります」


 そう言って、レベッカは懐から匣を取り出すと、それを俺に手渡す。

 そして、自称神様であるウサギの怪人の下に向かったかと思いきや、敵の横に並んだ。


「おーっほっほっほ!大人しく私達に匣を渡して下さいましー!じゃないと、貴方を痛めつけてやりますわー!」

 

「「お前/貴様、何をやりたいの/何がしたいんだ!?」」


 レベッカの奇行により、つい俺もウサギの怪人も声を荒上げてしまう。


「貴方を生贄に捧げる事で、私は生き長らえますわー! 所詮、この世は弱肉強食! 強いヤツに媚びるのが最も賢い生き方なのですわー!」


「あっさり俺を裏切りやがった!」


 速攻で俺を見捨てた挙句、敵に寝返ったレベッカに殺意を抱く。


「貴様、仲間を売って恥ずかしくないのか?我の時代……神代(かみよ)でも貴様のような腐れ外道はおらんかったぞ」


 流石に思う所があるのか、ウサギの怪人もドン引きした様子で隣に並ぶレベッカに苦言を呈する。


「おーっほっほっ!私みたいに知能も権力もない人間にはコレしか方法がないのですわー!」


「おい、人間の男よ。人の世は、コレが普通なのか?」

 

 ウサギの怪人はレベッカをコレ扱いしながら疑問の言葉を連ねる。

 俺は全力で首を横に振る事で人類の尊厳を守った。


「そうか、この女個人が腐れ外道なだけなのか」


「誰が腐れ外道ですか!」


 ブチギレたレベッカは、自称神の顔面に回し蹴りを叩き込む。

 想定外の攻撃だったのか、或いはレベッカの手が早過ぎたのか、自称神は彼女の蹴りをモロに喰らった。


「んぎゃあああああ!」


 間の抜けた断末魔を上げながら、自称神は地面の上を転がる。

 

「あ、しまっ……じゃなくて、油断しましたね!私が裏切ったように見せたのは貴方を油断させるため!不意打ちを与えるために、敢えて裏切ったような演技をしましたわー!おーほっほっほ!」


「嘘だ、絶対嘘だ!」


「さあ!世のため、人のため、貴方を駆除させて貰いますわー!」


 そう言って、レベッカは体勢を整えようとする自称神の顔面に飛び蹴りを浴びせた。


「げふううううう!」


 顔面に蹴りをもらった自称神は再び地面に背をつけてしまう。


「おーほっほっほ!一方的な暴力、溜まりませんわー!」


 そう言って、レベッカは立ち上がろうとする自称神に追撃を行う。

 ……もう色々と見ていられなかった。


「舐めるなあああああ!!!」


 自称神は竜巻を発生させると、レベッカの身体を空に放り投げる。


「ぎゃあああああですわあああああ!!」


 上空100メートル地点まで上昇したレベッカは絶叫を上げる。

 多分、彼女の魔法──防御力を底上げする──だったら、あの高さから落下しても大丈夫だろう。

 

「何度も我を蹴ったな……!その暴挙、あの世で後悔するがいい!」


 自称神の身体から膨大な魔力が解き放たれる。

 ヤツの身体から解き放たれた膨大な魔力によって、空気の質がざらついたものに変わる。

 『あっち向いてホイ』の魔法しか使えない俺でも理解できた。

 自称神が使おうとしている魔法が、途轍もなくヤバイ事を。


「あ、あっち向いてホイ……!」


 自称神の攻撃を止まるため、レベッカを救うため、俺は敵に『あっち向いてホイ』の魔法をかけようとする。

 先程と同じように俺の『あっち向いてホイ』は自称神に作用しなかった。


(なら……!)


 俺は自称神の足下──地面を指差す。

 そして、大量の魔力を消費すると、地面に『あっち向いてホイ』の魔法を掛けた。


「あっち向いてホイっ!」


 俺の魔法により勢い良く浮き上がった地面が、自称神の顎に直撃する。

 俺の不意を突いた攻撃により、自称神は攻撃を中断すると、血走った目で俺を睨みつけた。


「邪魔をするなっ!」


 自称神が魔法を行使するよりも先に俺は、空中にいるレベッカを指差すと、彼女の身体に『あっち向いてホイ』の魔法を掛ける。


「あっち向いて……!」


 ありったけの魔力を人差し指に叩き込む。


「え、ちょ、待っ……貴方、何しようと……」


「ホイッ!!」


 俺の掛け声と共に宙の浮いていたレベッカの身体が消える。

 俺の『あっち向いてホイ』により、吹き飛ばされた彼女の身体は、目にも映らぬ速度で宙を駆け抜けると、自称神の身体に衝突した。


「いてえええええですわああああああ!!」


 レベッカの頭突きにより、自称神の身体が遥か後方に吹き飛んでしまう。

 ヤツは口から血を吐き出しながら、俺とレベッカを忌々しく睨み続けた。


「貴様ら……!高貴なる我によくも傷を……!ぶっ殺してやる!」


 歯軋りをしながら、自称神は俺とレベッカを睨みつける。

 俺は自分の身を守るため、確実に生き残るため、レベッカから手渡された匣を投げると、右人差し指で匣を指差した。


「あっち向いて……!」


 自称神が攻撃するよりも先に俺は人差し指に全ての魔力を叩き込む。

 そして、箱を指指していた人差し指を自称神の方に向けた。


「ホイっ!」


 俺の掛け声と共に匣が音を優に超える速度で飛翔し始める。

 目にも映らぬ速度で中空を駆け抜けた匣は、1秒もしない内に自称神の胸に直撃した。


「なっ……!?」


 音を超える速度で駆け抜けた匣は、敵の胸を貫く。

 匣によって貫かれたヤツの胸には大きな穴が空いた。


「ちっ……!こんな傷で我が死ぬとでも……!」


 すぐさま俺は右人差し指を地面に埋まった匣からレベッカの方に向けると、魔力を人差し指に叩き込む。


「いててですわ……まだ頭がぐらんぐらんしています……」


「ホイっ!」


 レベッカに『あっち向いてホイ』の魔法をかけた俺は、彼女の身体を自称神に打つける。

 魔法の力で硬くなったレベッカの身体は、飛び道具としては最適だった。

 

「あんぎゃあああですわああああ!!」


 レベッカの頭が自称神の身体に減り込む。

 俺はすぐさま人差し指を上に向けると、彼女の身体を上の方に吹き飛ばした。


「ホイっ!」


 音と同じくらいの速さでレベッカの身体が地に落ちると、自称神の頭に激突する。


「ホイっ!ホイッ!ホーイっ!」


 『あっち向いてホイ』の魔法で操作したレベッカの身体を自称神にぶつけていく。

自称神は俺の魔法に抵抗するため、魔法を行使しようとするが、レベッカの頭突きにより中断されてしまう。

 そんな事を数回繰り返していると、自称神の顔色が段々と悪くなっていった。

 チャンスだと思った俺はレベッカの身体を上に向かって飛ばすと、指を下に下げる。

 すると、レベッカの身体が勢い良く自称神の脳天に衝突した。


「ぐびゃあ!」


 その衝撃により、自称神の頭からは大量の血液が吹き出した。

 

「ちょ、待っ……」


 自称神の静止を求める声を敢えて無視し、レベッカの身体を右に飛ばす。

 そして、今度は左に指を向けると、彼女の身体を横に吹き飛ばした。


「うぎゃああああですわああああああ!!」


 横方向に勢い良く吹き飛んだレベッカの身体が自称神の脇腹に直撃する。

 あまりの威力により、自称神は口から血を吹き出すと、地面に膝をついてしまった。


「ちょっ……待っ……」


「ホイっ!」


 自称神に追撃するため、レベッカの身体を真上に吹き飛ばす。


「ごめん、……もう諦めるから、攻撃を……」


「そして、ホイっ!」


 自称神が何か言っているが無視して、俺は人差し指を下に向ける。

 すると、レベッカの頭突きが再び自称神の頭にめり込んだ。

 自称神が身体をくの字に曲げながら、後ろに吹き飛ぶ。

 俺はレベッカの身体を更に上に吹き飛ばすと、再び重力に従って落ちてきた彼女の身体を自称神の顔面に叩きつけた。


「ホイっ!ホイっ!ホイッ!あっち向いて、ホイっ!!」


 自称神の身体にレベッカの身体が何度も叩きつけられる。

自称神の身体には数え切れない程の傷ができており、既に瀕死の状態になっていた。


「トドメだ!」


 残った全ての魔力を人差し指に叩き込んだ俺は、魔力が篭った人差し指を自称神に向ける。


「アルティメット・ホーイっ!」

  

 俺の掛け声と共にレベッカの身体が飛翔すると、彼女の身体が自称神の腹部に直撃した。

 

「「うぎゃああああああ!!」」


 自称神とレベッカの断末魔が辺り一面に響き渡る。

 その断末魔をを聞いた後、魔力を使い果たした俺は眠るように意識を失ってしまった。


***


 数日後、隣国に辿り着いた俺は匣──自称神の力が入ったもの──の蓋を撫でる。


「……さて、この匣をどうしようか」


 溜息を吐き出した後、自称神をやっつけた後の事を思い出す。

 自称神を倒した後、俺もレベッカも気絶してしまった。

 自称神がどうなったか不明。

 多分、逃げたんだろう。 

 『傷がある程度癒えたら、また匣を取り戻しに来るんだろうなアイツ』みたいな事を思いながら、溜息を吐き出す。

 自称神が本当に神だったのか。

 ヤツの世界征服発言が何処まで本気だったのか。

 今となっては分からない。

 唯一、確かなのは『ヤツの力が人間の領域』を超えている事だけだ。

 もしヤツの言っている事が全部本当だったら、人類は危機的状況に追い込まれるだろう。

 ただでさえ強力だったヤツが更に強くなったら、誰も手出しできなくなるだろう。

 俺は正義の味方でも善人でもない。

 けど、人類の危機に何も思わない程、悪人でもなかった。


(……よし、匣を処分しよう)


 覚悟を決めながら、長い溜息を吐き出す。

 そして、後頭部を掻きながら、俺は隣に歩くレベッカに声を掛けた。


「なあ、レベッカ。この匣、何処で処分する?俺的には大和国にある『富士の火口』ってところ……」

 

「処分!?何言っているのですか!?それは元お嬢様の私に残された最後のお宝ですのよ!それを処分だなんて考えられませんわ!もし処分するなら、私を一生食べていける程の金を下さいまし!」


 人類の危機を前にしても何とも思わないクズ──レベッカは声を荒上げる。

 俺は溜息を吐き出すと、彼女の身体を『あっち向いてホイ』で上空に吹き飛ばした。

 

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『あっち向いてホイしか脳のない無能なんていりませんわ』という理由で追放された俺は、『あっち向いてホイ』だけで伝説の魔物を倒しました〜今更戻ってきてくれと言ってももう遅い。俺、今から亡命すっから!〜 八百板典人 @norito8989

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