私の店には飴買い幽霊が出るらしい。

シーラ

第1話


お寺の住職さんから聞いた、近所の怪談話。この辺りには、飴買い幽霊という者が出るらしい。


とある飴屋に毎夜。一文銭を差し出して飴を買っていく、白い着物を着た女性が現れるようになった。六回ほど来た頃。飴屋の主人に女性が羽織を差し出し、話しかけてきたという。いわく、お金を使い切ってしまったけれど、子供のために飴が欲しいと。気の毒に思った主人は羽織と引き換えに飴を渡すと、そっと女性の後をつけた。


女性は墓場の辺りまで来ると、姿がかき消えた。主人は慌てて周囲を見渡すと、何処からともなく赤子の泣き声がするではないか。こんな夜更けに、墓場に赤子など居るはずも無いとも思いながら、泣き声を頼りに赤子を探す。

すると、1つの墓の前で独り泣く赤子がいた。不憫に想い抱き上げると、手に何か握っているではないか。主人の作った飴であった。


主人は「冥土へ渡る六文を、赤子のために差し出したのか」と独りごちると、静かに女性の眠る墓へ手を合わせたのだという。


今となっては住職さんが何故そんな話を私にしたのかは、わからない。だが、自分の生家が飴屋だからか、とても印象に残っている。


ーーー


私が生まれ育った街は、古い城下町の外れにある小さな商店街。この地区は小京都と呼ばれ、趣があると観光客も多数訪れていた。まるで50年前で時が止まったような、人によっては趣きがあると言われる場所。

近頃再開発が進み人通りは増えてきているが、私の飴屋は別だ。飴屋で飴を買う人はいなくなってきた。味には自信があるが、米飴や金太郎飴なんて時代遅れの遺産だと商工会の連中からも馬鹿にされている。

杖をつきながらやってくる馴染みの客達はいるが、それも年々減ってきた。時代の流れには逆らえない。


幽霊が寄ってきそうな雰囲気を醸し出している店ではあるが、私の爺様の代から3代続く大切な城だ。しかし、店を継ぐ者も居ない。年々辛くなる足腰。私がまだ元気なうちに、店仕舞いを考えないといけなくなってきた。

節くれ立ち皺の寄った手を眺めつつ、溜息を一つついた。


「飴を、下さい。」


近頃。雨の日の閉店間際、飴を買いにくる一人の女性がいる。


店内から見える雨に濡れる路面。そこにえんじ色の蛇の目傘が、暗闇にぽつんと浮き上がるようにわいた。私はゴクリと息を飲む。何か粗相をしたら、2度と日の目は見られないと感じた。

フッと消えそうな程、その人は儚げで。ジャリジャリと擦れる足音がしなければ、私は驚き情けなく尻餅をついていただろう。


静かに入店するその人。湿気で重く濡れた長い黒髪。腫れぼったい目に青白い肌。白い長袖のワンピースを着ている。俯きがちで、何処を見ているのかわからない。


コトリ


レジ前に500円玉が一枚置かれ、鈍く光る。女性は震える指で米飴を指差す。私は米飴ですねと確認すると、大きく一度頷いた。平常心を心がけつつ、いつものように包み、女性の前に差し出す。

女性は無言で飴を手に取った。青白い手が雨の暗い店内に映えて、私はブルリと震える。あの世との狭間にいる気分だ。


女性は一つお辞儀をし、蛇の目傘を手に店から出て行った。その細く猫背な背中は、直ぐに蛇の目傘に隠れ遠ざかる。私はそこでホッと息を吐き出し、自分の手を見る。酷く汗をかいていた。冷や汗が体中から吹き出し、もう一度ブルリと震えた。それが初めて女性が買いに来た日の話だ。


その事を誰が見たのか、私の店は『飴買い幽霊』が出ると噂された。

噂の検証にと、夜になると冷やかし客が店前で迷惑行為をするようになった。昼間来ていた客も気味が悪いと更に減って行った。ひやかし客は雨の日には来ないので、くだんの女性と遭遇する機会は無い。偶然遭遇して後をつけた者がいたそうだが、近くのお寺付近で見失ったらしい。雨は彼女の存在を上手く隠してくれたようだ。


雨が降ると、飴買い幽霊と呼ばれる女性が度々訪れるようになった。2ヶ月も経つ頃にはその人と少し会話できるようになってきた。とは言っても、挨拶程度だが。

私としては客として店に来てくれるのなら、それが例え幽霊であってもかまわない。余計な詮索はせず、今日も私は店に立つ。


「飴を、下さい。」


ほら、今日も来店した。雨の日の閉店間際。


「オマケだよ。」


私は米飴と共に、金太郎飴を包む。理由なんて無い。いつも買いに来てくれるお礼だ。

女性は虚な目のまま表情を変えず、震える手でそれを受けとるとお辞儀をして去って行った。


翌日も雨。この梅雨の長雨に、彼女の足もウチへ向くようである。


「金太郎飴。とても、可愛かったです。」


珍しい事に、挨拶以外を口にした。心なしか、生きた人のように見える。何処と無く嬉しそうな声色からだろうか。


『可愛いかった』


いつ以来だろう。私の飴を褒めてくれた人は。女性の言葉に、私は不思議と胸が熱くなる。


「また、買いにおいで。」


私は熱い心と共にその日から、毎日飴の試作を続けた。もっともっと、可愛い飴を作ろうと。彼女に可愛いと言ってもらいたい。その一心で。

商工会の若い者に頼んで『いんたーねっと』ってやつで今時の可愛い物を調べ、苺や虹、一角獣など様々な金太郎飴を作った。俺の手にかかれば、どうって事ない。金太郎飴は一気に30種類に増えた。


雨の日になると、女性が飴を買いにくる。その度、新作の飴を少しずつ渡す。可愛いと青白い顔で薄ら微笑む女性は、少しずつ正気を帯びていくようだった。


「他の味も、食べてみたい、です。」


雨の降る、ある日の閉店時間。女性が初めて希望を口にした。気がつかなかった。可愛いければ良いと考えていたが、風味も大切だ。更にやる気が出た。

卸し業者に相談し、色んな風味を試作できる『ふれえばあみっくす』を購入。幾度となく失敗を重ね、わたあめ味やとろぴかるプリン味なんて小粋な飴を完成させた。可愛いは美味い。更に種類が増えた。


商工会の面々に新作の金太郎を紹介すると、どうだろう。あれだけ閑古鳥の鳴いていたウチの店に若者が訪れるようになった。『♯昭和レトロ』『♯夢かわGG』『♯NEO金太郎飴』携帯で店内の写真を撮る若者達は、雨の夜でもお構いなしに列を成した。

可愛いを連呼して飴を食べるお客の笑顔。これだ。私が求めていたのは。頭に巻いた捻り鉢巻を解き、目から溢れる汗を拭う程に嬉しかった。


女性に感謝の気持ちを伝えたい。七つの味をつけた特別なぺろぺろキャンディを作り、リボンやシールを使ってふんわり可愛く包装する。きっと喜んでくれる。なんたって、私が作ったのだから!


しかし、店が繁盛するようになってから、女性はとんと姿をあらわさなくなった。あの幽霊のような女性は、大人の姿をした座敷童子だったのだろうか。

女性に会えないの日々が続く。作業場の神棚にぺろぺろキャンディを供え、毎日感謝し拝んだ。これからも可愛いを追求していくから、見届けていて欲しい。できるなら、もう一度俺の飴を食べてくれ。


一人で店を回すには人気が出すぎた頃。求人の張り紙を店前に出すと、一人の青年がやってきた。何処となく女性に似ていると思っていたら、なんとその女性の息子だという。


「母はいつもこちらの飴を買ってきてくれました。とても美味しくて、僕も大好きで。どうか、弟子にして下さい。」


聞けば女性は旅立ったという。悲しみが私を襲う。そして、私の飴で育ったこの子は、他人な気がしなかった。孫も同然。彼に私の全てを伝えたい。直ぐに雇い入れた。青年は性根も良く、よく働いてくれた。


青年が私のもとに来て季節が一巡りした頃。青年のアイディアで、飴カフェなる可愛い茶店を併設した。一層若者が訪れる場所になった。日々可愛いが溢れている。楽しい。地域の人達からも一目置かれるようになった。


梅雨に入ってから、青年が悩んでいる様子を度々見かけるようになった。若者に在りがちな人生の岐路に立っているのだろう。あたたかく見守るのが老体の務め。手助けを望まれたら、幾らでも手を貸そう。


「母さん!来てくれたんだね。」


その日は酷く雨が降っていた。客も来ないだろうし、今日は閉店しよう。作業場に入り『GGLollipop』のネオン看板の照明を落とした時だ。店の出入り口から青年の声がした。


まさかと作業場からそっと店内を覗くと、髪は短いがあの女性が青年の側に立っている。まずい、青年があの世に連れていかれてしまう!

私は神棚に供えてあるぺろぺろキャンディを手に取り、急いで青年のもとへ駆け寄る。


「頼む。頼む、連れて行かないでくれ。」


「あっ、親方。母さん帰って来ました。インドから。」


青年はとても嬉しそうだ。そして、折れそうな程に細い手で息子の手を握る女性。子供を想う、優しい母親の顔だ。人を恐怖させる幽霊などではない。ぺろぺろキャンディを握る自分を恥じた。


「お久しぶりです。息子を雇って下さり、ありがとうございます。これ、店主さんに。」


女性が美しい布で包まれた何かを差し出した。受け取って開けてみれば、沢山の香辛料。複雑な香りが鼻を刺激し、食欲が湧いてくる。良い品だ。


「本当に、ありがとうございました。雨の日は胃腸の調子が良くなくて、ここの米飴しか口に出来なかったんです。

元来冷え性なので、体質改善にインドへ行っておりました。一部ですけど、気にいるかわかりませんがどうぞ。」


青白い顔で優しく微笑む女性は、直ぐにも成仏しそうな程に幸せそうだ。持っていたぺろぺろキャンディを差し出す。


「ありがとう。お礼にこの飴を受け取って欲しい。食べるのは推奨しないので、どこかに飾ってくれ。

貴女の力添えのおかげで私は、充実した人生を送れている。優秀な息子さんにも働いてもらえて、私は貴女方親子に日々感謝しているよ。」


「ありがとうございます。私は温暖な気候の土地に移り住む事に決めました。どうか、これからも息子を宜しくお願いします。」


「それは良い。いつでも寄って下さい。お元気で。」


フワリと微笑んだ女性はとても美しく、生き生きとしている。握手した手は細く冷えていたが、温かかった。彼女に再び会えて、心から嬉しかった。


あれからこの店に、噂がまた一つできた。飴買い幽霊が訪れる所まではかわりないが、飴を食べて美女に生まれ変わるというものだ。


「『米飴美人』ひとつくださーい。」


「『米飴美人』4つ下さい。」


「米飴の補充したいから、レジ頼むわ。」


「はい!」


体を温めててくれるスパイスを調合し、米飴に練り込んでみたら、とても美味しくできた。青年の提案で『米飴美人』という名で販売してみると。話題になった。連日買い求める客で長蛇の列となっている。リピート客も多いそうだ。なんたって、味にも自信あるしパッケージの絵も可愛いからな!


「『飴買い幽霊』は、幸運の女神様だったか。」


捻り鉢巻をグッと締め直し、作業場から箱を受け取り、笑顔で店内に戻る。箱の中には女性の似顔絵の貼られた米飴が、ぎっしりと入っている。


「らっしゃい!新作の天使のハニーバター飴はいかがかね?」



おしまい。

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