第72話聖女の凱旋

 イルフィさんの予想は当たっていたごルドバーグ公爵は邪悪な意思に突き動かされて私を聖女、アルメティニスを追放したのだった。

 アルカコス王国の聖女に再び私が就任すれば国の混乱は収まる。王女、プリマシア様はそう言ってギルドマスター、イルフィさんとの会談を打ち切った。

 そのために私たちは迅速に行動を行った私が聖女の力を取り戻すための儀式を行うためラウバラルの旧神殿跡地に赴いたのだ。ここで儀式を行えば私の聖女の力は蘇る。

 そのための大きな役割を果たすのが。


「お前たちだ」


 フィリムさんはそう言って竜の子たちを見る。私が聖女の力を取り戻すための儀式。そのためにミスラちゃん、エスちゃん、リルフちゃんの役割は三人それぞれで三方向に繋がった旧宮殿の広間。その入口を守ることだ。


「わ、わたしたちがやるのか!?」

「アルメ様抜きで?」

「そんなの無理」


 三人が悲鳴のような言葉を返す。この三人の竜の子たちは私やフィリムさんを頼るところがある。そこが心配なのだ。

 この三人にはそれぞれの意思で役割を果たして貰わなければならない。そのために三人にガーディアンの役割を依頼しているのだ。


「三人とも。私の言葉を聞いて」

「アルメお姉ちゃん……」

「三人は自分でやるべきことをやらないとダメだと思う。私抜きで。もちろん、フィリムさんも抜きで」


 私の言葉に三人は頷けない。フィリムさんが忌々し気に舌を打った。


「アルメ、君の責任だ。この三人を甘えやかして育ててしまった」


 沈痛な面持ちの言葉。ミスラちゃん、リルフちゃん、エスちゃんが頼れる相手に甘えてばかりなのは私も実感があったので静かに頷く。


「すみません。私のせいですよね、やっぱり」

「ああ。もうハッキリ言おう。ギルドマスターはその三人の正体に気付いている」


 フィリムさんの鋭い眼光が私の後ろに隠れようとした三人の竜の子を貫く。竜の子たちはビクリと震え上がった。


「な、何を言っているんだ、フィリムのお姉ちゃん。ミスラたちはなんてことはない女の子だ!」

「そ、そうです、フィリム様!」

「…………」


 三人は露骨に慌てたそぶりで手足をばたばたと動かす。この甘えん坊に三人を育ててしまった責任は私にあると、私、アルメティニスは自覚する。いくらなんでも甘やかしすぎた。面倒を見ないといけない竜の子供たちだが、私なしでは生きられないと言っていいくらいの甘えん坊になってしまった。なんとかしなければいけない。


「三人とも。ここはハッキリと自分から言うべきよ」


 私はあえて厳しい口調で三人に声をかける。ここでフィリムさんや、ましてやフィリムさんの上の立場のギルドマスター、イルフィさんに三人の正体を告げさせる愚は犯させない。

 三人は自分から話さなければならないのだ。


「お姉ちゃん……」

「アルメ様……」

「アルメ……」


 竜の子三人が縋り付く目を寄せて来る。私は断固として言い放つ。


「言いなさい、三人とも」


 綺然とした口調で告げる。聖女アルメティニスとして。ここで虚実を述べることは許さない。

 三人はここ、アルカコス王国に起こる厄災を止めに来たと言っていた。その使命を果たさせるためにもここで自分たちの立場を明確に宣言しなければならない。


「「「…………」」」



 私の厳しい視線を受けて、三人はそれぞれ顔を合わせて考え込む。その後にミスラちゃんが口を開いた。


「わ、分かった」


 声が震えてはいるが、覚悟自体は決まったようだ。次いで、エスちゃんが口を開く。


「言おう、リルフ」

「……そ、そうですね。ここまで来たらそれしかない、ですね」


 最後まで及び腰なのはリルフちゃんだが、腰が引けているのはミスラちゃんもエスちゃんも変わらない。私がここまで三人を甘やかして育ててしまったのだ。心から反省する。出会ったばかりの三人はここまで甘えた子供たちではなかった。自分の意志で何かをすることが出来たのに。私が面倒を見過ぎてしまったのだ。


「さあ、三人とも」


 三人の背中を押す一言。尻を叩く程、乱暴ではない。ゆっくりと三人を正しい道に導く。

 それをするのが聖女ではないのか。私は本当に聖女ではなくなっていたのだ。迷える人間に模範を示し導くのではなく、全て面倒を見て相手に何もしなくていいという最悪の行いをしてしまったのだ。これで人を指導している気でいたのだから、笑わせる。


「フィリムお姉ちゃん、ミスラたちは……」

「フィリム様。わたしは……」

「わたし……」


 三人が口々に声を紡ぎ出す。か細い声は心の弱さの証左だ。この三人の精神がいかに脆弱かが分かる。それでも言ってもらわなければならない。少しでもこの三人の重大な使命を背負った竜の子が生長するために。


「竜なんだ」


 誰が言ったのか。ミスラちゃんか、リルフちゃんか、エスちゃんか。あるいは全員か。

 そのひより腰のおじけた宣言を受けてフィリムさんは深く頷いた。


「そうではないかとは最初から思っていた。ただの貧民の子供にしては特別な雰囲気を纏い過ぎていた」


 褒めることをせず、フィリムさんは言い放つ。少しは褒められると期待していたのだろう。三人の竜の子の動揺が伝わって来る。

 やはり、分かるものだろう。この三人の子たちをただの子供と言うには無理が有り過ぎた。


「三人ともよく言いました」


 私は三人を褒める。保護責任を預かった者としてそれは当然の行いだ。正式に三人の竜の子の保護者になったワケではないが、引き受けたのだからそれをする義務がある。いささかばかり甘やかし過ぎたのだ、私は。

 そして、私自身の甘えもある。


「フィリムさん。私も真実を告げます」


 ハッキリと相手の目を見て、そう言い放つ。私自身も秘している事実を明らかにしなければならない。そうでなければ真実を打ち明けた三人の子に申し訳が立たない。

 私の真実。そうたった一つの真実。何よりも重大な真実。


「私は、聖女アルメティニスです。アルカコス王国の第十七代目聖女、アルメティニスです」


 フィリムさんが息を呑んだ。これは想定外、と言うほどではないが、予想していても驚くものなのだろう。

 彼女が私の正体に感付いているのは分かっていた。多少はこちらも交渉のカードとして伏せておきたかったものではあるが、ここはハッキリとジョーカーを切らせて貰おう。

 私の真実。聖女アルメティニスの真実を。


「……急な代替わり前の聖女様か。これは驚きだな。いや、驚きです、と言うべきかな」

「敬語は必要ありません。今の私はただのギルドメンバーです」


 聖女として話すと毅然とした口調。悪く言えば偉そうな口調になってしまう。努めて改めて話す。


「い、いいのか。アルメお姉ちゃん」


 ミスラちゃんが慌てた様子で声をかけて来るが、いいも悪いも、もうハッキリと言い放ったことだ。


「そうだな、ミスラ。それでいい。何があったのかが気になるが、そんなことはギルドマスターが考えることだ。私はただの剣。それでいい」


 さっぱりとしたフィリムさんの物言いだった。このざっくらばんさが彼女の魅力だ。

 そこに安心を覚えたようでミスラちゃんが口許をほころばせる。リルフちゃんも笑い、エスちゃんも無表情ながら少し緊張が抜けたしぐさを見せた。


「ラウバラル旧神殿跡地に行くぞ。そこでアルメの力を取り戻させる。アルメの力が何か、ギルドマスターは私に話してくれなかったが、聖女の力なら納得だ。急な聖女の代替わりは第十七代目聖女が力を失ったからだと聞いている。なにかされたんだな、アルメティニス様」


 芝居がかった口調でこちらに訊ねて来るフィリムさん。こちらが嘘を付き続けていたのだから少しばかりの嫌味は許容するところだろう。


「なにかされた覚えはありませんが、されたのでしょうね。ゴルドバーグ公爵に」

「ゴルドバーグ公爵か。ギルドマスターが邪悪な意思でおかしくなっていると言ったアルカコス王国の大貴族様だな」

「はい。私の失脚はゴルドバーグの暗躍に間違いありません。そして、ゴルドバーグは代わりの聖女としてミスティアを立てたのです」

「評判の悪い現・聖女様か。たしかにアルメの方がよっぽど聖女らしい」

「お褒めの言葉をどうも」


 少し、いや、かなりフィリムさんとの関係がぎこちなくなった実感はあったが、仕方がない。こちらが相手を騙していたのだ。警戒もされるだろうし、気まずくもなる。


「とにかく行くぞ。この国は変になっている。アルメには……聖女・アルメティニス様には責任を取ってもらう。この国を救ってもらう」


 フィリムさんの檄が飛び、私たちはラウバラル旧神殿跡地に向かうにあたって何が必要かを考え出した。



 旧神殿跡地の戦いは激戦だった。

 私、アルメティニスは旧神殿跡地の最奥で儀式を行った。行く途中は私の召喚獣やフィリムさんの剣で魔物を倒したが、私が儀式に入るとフィリムさんはそれを見守り、私を害そうとする魔物たちはミスラちゃん、リルフちゃん、エスちゃんが引き受けて戦った。

 当然、三人は竜に変身して戦った。

 小柄な竜三体が現れ、広々とした旧神殿跡地も手狭に感じられたが、魔物との激戦が繰り広げられた。

 ミスラちゃん、リルフちゃん、エスちゃんの三人は奮起して獅子奮迅の働きを見せた。竜子奮迅だろうか。

 この三人の子供たちにこれほどガッツがあったのかと驚く程に三人は頑張って魔物たちと戦った。フィリムさんは何もせず、三人を、三匹の仔竜を見守っていた。

 儀式が終わった私は全ての力を取り戻して聖女の光で最後に襲い掛かって来た敵ドラゴンを撃退した。

 三人の竜の仔は人間の姿に戻っても服はそのままだった。竜に変身する前と同じ格好、服装だ。それが出来るだけでも成長が感じ取れる。

 聖女の力を取り戻した私は堂々とアルカコス王国王城の城門に向かった。ギルドマスター、イルフィさんもギルドの精鋭を付けてくれた。フィリムさんも勿論、一緒だ。

兵士たちに諫められたが、聖女の力を示せ兵たちはば逆らうことなど出来なかった。

堂々と凱旋し、パニックに陥る場内を進み、ゴルドバーグ公爵、現聖女ミスティア、王女プリマシア様のところに到達した。

ヒステリーを起こして叫ぶミスティアをよそに私がゴルドバーグ公爵に聖女の力を行使すると、ゴルドバーグ公爵は正常に戻り、今まで自分は何をしていたのかと自身の行いを嘆いた。

ミスティアを逮捕し、ゴルドバーグ公爵も一時身柄拘束で、私は王女プリマシア様に迎えられて聖女の座に戻った。

ゴルドバーグ公爵は邪悪な意思に操られていたとして、領地削減・侯爵に降格という屈辱を背負った上で許された。

ミスティアも罰を受けたが釈放され、城下で平凡な暮らしに戻ることになった。

私、アルメティニスは再び正式な聖女になり、プリマシア王女様と共に傾いたアルカコス王国の復興に向けて精力的に動くことになった。

竜の女の子三人とはこれで別れ、三人は役目を果たし、故郷に帰った。私、アルメに甘え切っていた姿とは比べ物にならない立派な姿で故郷に旅立って行った。甘やかし過ぎたことを反省する私にとっては何よりの救いである。

ギルドマスター、イルフィさんやフィリムさんがいなければ私はいつまでも三人を甘やかしていたことだろう。

それ以来、三人には会っていないが幸せに暮らしていると思う。

イルフィさんのギルドは流石に聖女復権の最大の功労者として優遇措置を取るしかなかった。

イルフィさんもフィリムさんも英雄として記録されて、多くの人々に称えられている。

私は復権した初の聖女。第十七代目聖女・アルメティニスとして伴侶を迎えつつ、幸せな結婚生活を送って、アルカコス王国のために尽くすことになった。

王女プリマシア様は女王に即位した後、結婚され世継ぎをお産みになられた。

聡明な少女であり、次代の女王として期待がかかっている。

アルカコス王国を襲った動乱は沈められ、この国は末永く発展する。

そこに『追放聖女』と変わった呼び名で記録されることになった私、アルメティニスの物語はこれで終わりである。

追放されても誰も恨まず、頑張り続けた聖女アルメティニスは報われた。幸せになった。

それを救いに多くの人は人生を頑張って生きるのだった。




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奇跡を失い追放された聖女。古の最強召喚術を得て竜の幼女らと百合しつつ救世主に! 一(はじめ) @kazumihajime

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