第71話聖女と王女とギルドマスターの会談


「アルメ。この人は本当にこのギルドの長なの?」


 ギルドマスターのイルフィさんの年端もいかない少女然とした姿を見て、目を丸くした王女様が私に訊ねてくる。ともすれば無礼とも言える対応だが、困惑した末に私に助けを求めたというのが正確な気がした。


「え、ええ……一応」

「一応ってひどいなー、アルメ」

「す、すみません、イルフィさん……」


 あ、私まで「一応」なんて言ってしまった。私はイルフィさんに大恩ある身なのに……。どれだけイルフィさんの外見が幼い少女であったとしても私などより遥かに格上の存在かは分かっているのですが……。そもそも私だって15の小娘に過ぎない。


「エレジア殿が不審に思うのも無理はありませんが、ギルドマスターはギルドマスターで間違いありません」


 フィリムさんの言葉はイルフィさんと十年来の付き合いらしい彼女ならではのものだった。


「そ、そうなのね……。失礼しました、イルフィ様。私は……エレジアです」

「名前は聞き及んでおります。エレジア様」


 偽名を名乗る王女様に、さっきのことも、そして、おそらくは偽りの身分を名乗っていることも看破した上で気にしていない、と言うようにイルフィさんは微笑みを返す。


「エレジア様とボクでこの国の未来のためにお互い、知恵を出し合いましょう。アルメもいますし、有益な時間になると思います」

「そうですね、エレジア様。及ばずながら、私もできる限りの知恵を振り絞ります」

「ありがとう、イルフィ様、アルメ。そう言ってくれると心強いわ。……フィリム様は?」


 咎める意図はないだろうが、純粋に不思議に思った様子で王女様がフィリムさんを見る。


「……私は剣を振るうしか能のない武骨者ですので。頭を使ったことはギルドマスターやアルメに任せておきます」


 フィリムさんが剣を振るうだけしかできないなんてことは絶対にないのですけど、本人があえてイルフィさんに任せると言っているのだから、そこは私が口を出すことでもないでしょう。


「そうですか。分かりました」

「……じゃあ、お話を始めましょうか、エレジア様。そうですね。とりあえずはアルメを陥れたと思われるゴルドバーグ公爵に関して」


 頷いた王女様にいきなりざっくらばんに本題を突くイルフィさん。もう少し回り道してから、とも思う私だが、王女様もあまり長々と話を続けるワケにもいかない。いきなり本題を話すのがこの場ではベストとイルフィさんも判断したのだろう。


「……なるほど。イルフィ様は色々と知っておられるようですね」

「まぁ、色々と」

「では、こちらとしても話が早いです。……確定とまではいきませんが公爵がアルメを、聖女アルメティニスを陥れたというのは非常に可能性が高いことでしょう」


 はっきりと言い切る王女様。私の正体を堂々と口にしておられるが、それに関してはイルフィさんもフィリムさんも、さらに部屋の外で待っている竜の子たちも知っていることだ。今更、何も言うことはない。


「やはり。それでエレジア様から見て、ゴルドバーグ公爵は正常だと思われますか?」

「正常……? どういうことでしょう、イルフィ様」

「言葉通りの意味です」


 謎かけをするようなイルフィさんの言葉に王女様が少し困惑しておられる。王女様の護衛の人たちもイルフィさんに対して、何を言っているんだ、という反応だ。


「ここで自分が口を出すことではないとは存じておりますが、イルフィとやら。ゴルドバーグは正常でしょう。権力欲しさに暴走した結果が今です」

「その通り。あの者は欲望に突き動かされているだけだ」


 護衛の人たちが口々に言い放つ。やはり王女様の護衛として信頼を置かれているだけあり、今の王国で王家の権力を削ごうと暗躍する公爵の行動も知っているようだ。


「そうでしょうか?」


 しかし、イルフィさんは暗にそれを否定する言葉を返す。


「ボクにはどうもそうとは思えないのですよ。公爵の行動も何かの裏があるのではないかと」

「イルフィ様は公爵にも何か事情があってのことだと?」

「そういう意味ではありません。公爵の行動が自身の欲によるものなのは事実でしょう。ただ、欲望を抱きつつもそれを実行するほどではなかったと睨んでおります」


 イルフィさんの言葉はワケが分からない内容で王女様たちだけではなく、私も混乱してしまいそうになるが、言われてみれば頷けることもあった。私が聖女だった頃から公爵のことは知っているが、あの方はたしかに我欲を隠そうとしても、隠しきれないところはあったものの、イルフィさんの言う通り、それを実際に行動に移すことはなかった気がする。

 聖女だった私を陥れて追放し、別の聖女を擁立して権力を握り、さらには王族にまで叛逆する。それだけの大それたことができる人間とは、思えないところがあるのだ。そこに至らないだけの最低限の良心はあったと思うし、それほどのことをやるほどの度量があるとは私の目から見ても若干不自然に感じる。


「イルフィ様。私の目から見てもゴルドバーグ公爵はあからさまに欲望を剥き出しにして動いていると見えますが……」

「ですが、それはおそらくアルメを追放した後……あるいはアルメの追放の直前あたりからそのような動きを見せたということでしょう?」

「……それまで自身の本性を隠していたという線はありませんか、イルフィさん」

「うーん、アルメ。君の言う通りの可能性はある。でも、君はそうは思っていないんでしょう?」


 質問に質問で返されて上手い具合に詭弁を弄されている感じはあったものの、イルフィさんの言葉が全くの見当違いとは思えないのも事実。

 そう思っているとイルフィさんが決定的なことを告げた。


「ボクはこう思っているんです。公爵の行動。それは何らかの邪悪な意思に影響された結果ではないかと、ね」

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